対怪異アンドロイド開発研究室②

「で、こうなったんすか」


 と、新島ゆかりはボロボロの状態で吊られているアリサの機体を見てそういった。両腕と下半身は取り外され別々に修理されている。皮膚を剥がして人工筋肉を一本ずつ動作確認し、不良品は取り替えていく。胴体はまだ手つかずで、皮膚素材が破けて人工筋肉と骨格が露出したまま放置されていた。

 そして、頭部は例によって机の上に置かれてPCに接続されている。


「落下先は川だった。少なくとも40m上空から落下したらしい」


 と、答えるのは青木大輔だ。院生で修士。新島ゆかりにとっては「先輩」に当たる。大柄な体格で肉体労働を任されることも多い。教授が不在の今、アリサの記録解析は彼が担当していた。


「新島さんもすっかり馴染んだね。まだ正式に配属は決まってないのに」

「え、別にいいっすよね」

「いいよ」


 新島は当たり前に白川研究室に出入りしているが、実のところまだ「部外者」である。


「ところで、貝洲理江子さんはどうなったんすか。一緒に落ちたみたいでしたけど……」

「彼女は消失しました。原因は不明です」

「わっ」


 答えるのはアリサの生首だ。新島は未だに慣れない。


「消失?」

「私は彼女の身を守るため、彼女を上に抱き、私の背面から落ちるよう空中で体勢を調整しました。しかし、闇を抜けた段階で彼女の姿はありませんでした」

「も、もしかして……貝洲さんも怪異おばけだったとか……」

「その可能性は12%と低い数値が出ています」

「12%……ちなみに私は何%なんすか?」

「8%です」

「ううむ……」


 判断に困る数字だ。0%でないのが納得いかない。人間は誰しも怪異おばけである可能性を持っているということなのだろうか。


「それにしても今回、たまたま運よく帰れただけですよね。闇の中に飛び込んだらたまたま帰れたってだけですし。もし帰れなかったらどうなってたんすか」

「そのときは大損失だね。アリサ、機体だけでも億はくだらないから」

「そんなに?!」

「今回の修理でも目玉が飛び出すほどの額だよ」

「はえ~……。そんな予算、どこから出てるんです?」

「教授がどこかの企業の弱みを握って予算を脅しとってるとかなんとか」

「はは……冗談ですよね?」

「実際、うちはアミヤ・ロボティクスと提携してるんだよ。ほら、お片付けロボットを出したとこ。あの開発にも白川教授が関わってる。他にも教授は大量の特許を取得してるらしくて、そのへんで予算には困らなそうだなあ、とは思ってる」

「なるほど」


 怪異調査目的のアンドロイドを開発したりと奇行の目立つ白川教授だが、やはりすごい人なのだと新島は改めて思った。でなければ「おばけを調査するアンドロイド」などつくれるはずがない。


「……ところで、聞きたいことがあるんだけど」


 と、青木はキーボードでなにか操作したうえで、改まったように尋ねた。


「この前の廃村について、教授はなんと話してた?」

「え?」


 これまではモニターを眺めながら話していた青木だが、その質問の際には新島の目を見て真剣な眼差しを向けていた。


「調査を中止した理由だよ」

「えっと、もう衛星写真には写ってないから、廃村は消えてしまって調査はできないとか……」

「それはおかしい」


 と、再びモニターに向き直る。


「あの廃村の端緒はくらひーのツイートだ。その添付画像をもとに場所を特定したわけだけど、僕たちが同じ場所をグーグルアースで確認したときにはすでに廃村の姿は写っていなかった」

「……え?」

「グーグルアースの更新間隔は数ヶ月から半年。くらひーのツイートを僕たちが発見するまで一週間の時間差ラグはあった。その間に更新があって消えてしまったのだろうけど……いずれにせよ、あの調査は消えてしまったことを前提に進められていた」

「それじゃあ、衛星写真に写ってるかどうかなんて関係なく、まだ廃村は残ってるかもしれないってことですか?」

「そうだね」

「だったら、なんで教授は調査の中止を……?」

「わからない。アリサがこの点に疑問を挟まなかったのも、事前に言い含めていたか情報を与えていなかったか……」

「それ、アリサちゃんに聞いてみたらどうです?」

「今は眠ってもらってるよ」


 そこで、先の操作がアリサをスリープモードにするものだったと新島は気づいた。


「教授は、どうにもあの村に関して事前に知っていた様子がある。そして、そのことを僕らに隠してる。なにか怪しいと踏んでいるんだよ」

「怪しいって……どんな陰謀があるんです?」

「さあ。ただ、素直に正面から問い詰めたとして答えてくれるとも思えなくてね」


 だから探りを入れているのだ、という。


「そもそも、怪異検出AIというのも謎が多い。あれは教授が独自開発したものでね」

「仕組みとかわからないんすか?」

「仕組み自体は難しくない。画像・音声・自然言語・嗅覚を統合して答えを出す深層学習ディープラーニング。そしてその開発には、おそらくなんらかの教師データがあったはずだ」

「教師?」

「猫を識別するなら、あらかじめ『これは猫だ』『これは猫でない』と人間側が正解を用意しておく手法だ。AIは正解画像と比較して特徴量を分析する」

「怪異検出AIにも教師がいた……」

「新島さん。君は、怪異なんてものが本当にあると思うかい?」

「それは……」


 どう答えていいのか、困る質問だ。ここは「怪異」の存在を前提として調査する研究室だからだ。しかし、そういった忖度を抜きにしても、新島の考えは混乱していた。すでに二件、「怪異」と呼ぶほかない記録を目にしているからだ。


「信じては、いませんでした」

「だよね。僕もだ。良識ある大人なら誰だってそうだ。ホラーや怪談好きでも、本気で信じてる人間なんてそうはいない。だけど、教授は違った。あの人は知っていたんだ。このプロジェクトがはじまる前から。だからこそ、こんなプロジェクトを大真面目に立ち上げたんだろうけど」

「正直なところ、まだ信じられない……というよりは信じたくないというのが本音です。先輩はどうなんですか」

「似たようなもんだよ。僕も実際に怪異の証拠らしきものを見たのはまだ二例だけだ。そしていずれも、まだ決定的とは言い難い。どこかで、なにかを見落としているんじゃないか……なにか、他に合理的な説明ができるんじゃないか……。よくできた手品を見せられてる気分だよ」

「ですよね」


 確かに、廃村についてはよくわからないままモヤモヤが残った。映像記録や料理のサンプルなどは回収できたが、世間的に「怪異の証拠だ」と出せるほどのものではない。今回の電車も同様だ。奇妙な映像は撮れたが、回収された物品はただの落とし物に見える。


「ただ、今回は物的証拠も多い。そこで調べてみた」


 と、モニターにリストを映し出す。表計算ソフトに記述された統計データだ。


「日本の年間行方不明者数は約八万人。といっても、八割近くは一週間以内に見つかるわけだけど。で、県単位でいえば約千人。一日当たりでいえば二人が三人だ。で、問題はこの日――一月十六日。アリサが電車を調査した日だ。県警に二十件の捜索願が出てる」

「……どういうことです?」

「アリサは電車からいくつかの物品を回収した。その数は三十二」

「それがどうしたんですか。結構差があるように見えますけど」

「また、物品のうち四件はかなり年代が古いものであることがわかった。少なくとも五十年以上前のものだ。つまり、三十二引く四で二十八」

「???」

「二十件の捜索願のうち、まったく無関係のものをざっくり三件と仮定して十七件。差は十一。一日で二十件の捜索願というのは異例だ。果たして偶然かどうか」

「えっと、アリサちゃんが回収した物品と、行方不明者数になんの関係が?」

「回収した物品はスマホ、腕時計、本、財布、定期入れとさまざまだけど、いくつかは持ち主の特定できるものがある。わかりやすいのはその名刺かな」


 青木の指し示す先には、回収された物品がブルーシートの上に番号付きで並べられていた。まるで警察がするような証拠品の陳列である。どれも一見して、特に変哲はない。


「附田後衛、ですか」

「そしてこれだ」


 次に映し出されたのは、県警ホームページの行方不明者公表手配だ。


氏名 附田ふだ 後衛こうえい 男性

年齢 46歳(行方不明当時)

身長 168センチ

体重 65キロ

服装 グレーのスーツ 青のネクタイ


「え? ええ? ど、どどど、どういう……」

「さてね。どう解釈したものか……。彼についてはもう少し詳しく調べる必要があるけど、調査を依頼している探偵の中間報告では行方不明になったのは半年以上前らしい。でも、捜索願が出たのはついこの前、一月十六日だ」

「ますますわかんないんですけど」

「行方不明になっていたことに気づかなかったんだよ」


 ぞっ、と――寒気がした。開けてはならない扉を開けてしまったような感覚だ。

 こんなことが、本当にあるのか。あってもいいのか。


「それじゃあ、他の物も?」

「スマホなんかの電子機器は壊れてしまった。データのサルベージもできない。他にも持ち主の特定できるものはいくらかあるが……公示されてはいないんだろう」


 まだ。つまりは残りの落とし物も行方不明者と関連があるだろうということ。そして、回収せずに車内に放置した落とし物も、行方不明者の痕跡である可能性があること。落とし物を回収してこなければ、行方不明は気づかれていなかっただろうということ。


「……あれ? でもおかしくないですか。附田さんの行方不明は半年前なんですよね。でも、貝洲さんは二年前……。えっと、その、なんで……」

「なぜ彼女は、いないのか」


 。奇妙な表現だ。しかし、そう表現するしかない。

 電車に乗り込んでしまった人間は、遺品だけを残して溶けてしまうのだ。その存在の痕跡ごと、人々の記憶からも消え失せる。そのように解釈するしかない。


「そのあたりに、この怪異を解明するヒントがありそうな気はしている。多分、時間感覚が人間とは違うんだろう」

「感覚が違うから、物理法則も異なる、と……?」


 いっそのこと、研究室がグルになって嘘をついているなら――その方が、現実的に理解できる。なにを信じればいいのか、足場がぐらつく気分に襲われる。


「この電車については……再調査するんですか?」

「そうだね。十二日間の試行で電車とは遭遇できたから再現性はかなり高いと思う」

「なるほど。ちなみにどの駅なんですか? テキスト記録ログでは駅名については黒塗りですけど……出版に際して真似する人がいたらまずいからとか、駅の名誉を配慮して、とかですか? それとも、単にそういう演出?」


 青木は、質問に答えなかった。マウスをカチカチと操作して、なにかを探しているようだった。しばらくして、諦めたようにモニターから目を離し、顎に手を当てて顔を顰めた。


「ん。あれ? だ?」

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