不明廃村②

 アカウント名「くらひー@kurakurahiii」。夕日を背景に逆光で影になっている人物の写真をアイコンとして使用。プロフィール欄は空欄。フォロー32人。フォロワー25人。


 二〇××年十月八日。衛星写真グーグルアースのスクリーンショットを添えて「変な村見つけた! 近所じゃん!」と投稿。この内容について友人らと思われるアカウントとリプライによるやり取りがある。「誰か知ってる?」「全然知らん」「じいちゃんに聞いてみよ」「たまにこの山登るけどなあ」といった会話が並ぶ。


 二〇××年十月十八日。「前見つけた村、ちょっと行ってみる」と投稿。過去の投稿内容でも心霊スポットにバイクで向かって写真を撮ったものがあり、そのような興味傾向があることが伺える。さらに深掘りすると、「女性との話のタネになる」といった旨の発言もある。

 その二時間後、写真を二枚投稿。村の入り口でバイクを停めた写真と、奥に家屋が一軒映っている写真である。いずれもスマートフォンで撮影された縦長の写真だ。

 それからしばらく更新が途絶え、八時間後に「電池が切れた」と一言だけ投稿。その後は絵文字だけの投稿が数件。現在まで新たな投稿はない。友人からのリプライにも反応は見せていない。

 また、のちに投稿された二枚の写真のうち一枚が削除される。削除された写真はキャッシュから復元できたが、不審な被写体はAIでも発見できなかった。


 この廃村はあらゆる地図に記載がなく、郷土史料にも言及はない。

 入口付近までは道路が通っているが、それ以上は細い山道を徒歩で登るほか進入不能である。


 ***


 アリサは自律汎用AIを有するアンドロイドである。

 外見は二十代女性。身長172cm。体重114kg。黒髪セミロングで端正な顔立ちを造形され、体格もモデルのようにすらりとしている。関節自由度は人間とほぼ同数。表情筋もおおむね再現され、必要なら瞬きもできる。シリコン製の皮膚も滑らかで弾力性があり、一目で人間と区別するのは難しい。高感度圧電ピエゾセンサのため人間らしい反射的な動きも再現できる。

 服装は人間のものを流用できる。ただし、これはあくまで人間社会に紛れるためのもので機能的には衣服を必要としない。むしろ排熱効率の邪魔になるため、妥協点として肩と背を開くことで排熱機構を露出している。

 また、怪異調査を目的に設計されているため各種高精度の観測機器を内蔵。SPADセンサーカメラは100ピコ秒の時間分解能で決定的瞬間を逃さない。高感度集音マイクは可聴域5Hz~500kHzで些細な物音でも余さず拾う。さらには揮発性物質の成分分析、すなわち嗅覚に該当する機能も持つ。そして、それらを認識し処理する複数のAI。内蔵できない機能については肩掛け鞄に収めている。

 そんな彼女に、いま魔の手が迫っていた。


「わ!」


 倉彦浩より、背後から肩に触れられ大きな声をかけられる。背面にもカメラは搭載されているのでその動きは完全に予期していたものだった。


「ごめんごめん。アリサちゃんってばこんな怖いとこでも全然動じないからさ。ちょっと驚いた顔が見てみたくて。俺ってば好きな子にちょっかいかけたがる小学生マインド抜けてなくて」

「心臓が止まるかと思いました(アンドロイドジョーク)」


 航空写真から確認できた七軒のうち六軒の調査が完了した。最初の一軒で手紙を入手した以外は、目ぼしい成果はない。散乱していた物品も建造物の状態も常識的な範囲内に収まるものである。

 パイプ椅子、レコード、割れた鏡、お札、自転車、剥がれ落ちたトタン屋根、手毬、如雨露、破れたカーテン、ハンガー、炊飯器。村そのものが怪異であることは明白だったが、それだけだ。現在はネットワークと繋がっていないため不足するデータを新たに補完できない。あくまで彼女の保有するデータベースに基づく判断だ。記録した情報は持ち帰り、後日さらに詳細な検証を行うことになるだろう。


「あれ? アリサちゃん。なにか聞こえない?」


 倉彦浩が耳を澄ませる動作をする。耳介の裏に手のひらを当て集音性を高める行為だ。アリサにはもとより人間を遥かに超える聴覚機能が備わっている。だが、彼が「異常」だと指摘する音は認識できない。「なにか」という具体性の低いワードでは絞り込みも困難だった。


「やっぱ聞こえるって! なんかこう、ぶぅぅー……んって」


 彼は上空を指し示す。タイミングと合わせて、アリサはようやくその意図を察した。彼女にとってその音は「異常」ではなかったからだ。さながら社会的認知能力サリー&アンテストである。


「私のドローンです。一帯の周回を終えたため帰還しています」


 アリサは衛星写真より高解像度の俯瞰図を得るためにドローンを飛ばしていた。用を終えたドローンは折りたたみ、鞄に収納する。飛行中も通信状態にあったため航空映像はすでに共有されている。


「へぇ~、気合入ってるねえ。ドローンかあ。そういうのも詳しい? 教えてよ。スマホで操作できるやつ?」

「スマホなどインターフェイスを介さずに私が直接操作しています」

「直接? へぇ~、最近のはなんかすごいんだね?」


 そしてもう一つ。確認したかったのは「通信妨害」についてだ。

 いくら山奥だからといって、この位置で「圏外」は考えにくい。特に、彼女の通信能力は軍事用無線機にも比肩しうる強力なものだ。さらには携帯式折りたたみパラボナアンテナを用いても衛星通信の受信すらできなかった。

 ドローンとの通信距離は最大6km。近距離での通信は問題なく成立している。SN比の低下は見られない。少なくとも「通信妨害」はジャミングによるものではない。距離による通信精度の変化を調べるため最大高度まで飛行。航空法は無視する。

 結果、ある一点を中心に一定距離まで離れた時点で非連続に通信が途絶える傾向が発見された。その「一点」はさらに山道を登った先にある。すなわち、未調査で残された最後の一軒である。


「ひぃ、ひぃ、まだ登るんだ? 俺も週一でジム通ってるから体力は自信あるつもりだったんだけど。すごいね、アリサちゃん」

「日々のメンテナンスの賜物です」

「くぅ~、台詞がクールでかっきぃ~! アリサちゃんもジム通い? 俺も同じとこいこっかな」


 アリサの駆動系である人工筋肉は燃料電池を内蔵しエネルギー回生が可能である。これに比べれば人間の筋肉はエネルギー効率が極めて悪いと言わざるを得ない。並んで歩けば「体力」の差は歴然と現れる。「筋力」で比較しても発生力は生体筋の約五倍である。

 道のりはほとんど獣道に近い。勾配は約12%。枯れた枝葉に覆われ、倒木が道を塞ぐ。二足歩行に慣れた人間でも足を滑らせる危険性がある。人間より優れたアンドロイドであればそのようなミスを起こす確率は統計的に無視できるほど小さい。

 山が風に騒めいている。多くは単なるノイズとして処理される。怪異はそのような音の中に潜むこともある。異常音源を認識。熱赤外線映像によって樹上に野生のテンを確認。このような情報処理を常時稼働しているためCPUは発熱している。液冷却システムを循環させ吸収した熱を外気に放出する。


「アリサちゃんってさ、普段なにしてる? どこ住み? 近所じゃないよね。アリサちゃんみたいな可愛い子、見かけたら絶対忘れないもん」

「研究室にいます」

「研究室? あ、もしかして大学生? 頭よさそーだもんね。ミンゾクガクとか、そういう?」

「工学部です」

「そっか、さっきのドローン! そうだ、ロボットといえば最近話題のお片付けロボとか興味あってさ。さすがに高いな~って手は出せないんだけど、あれって実際どう?」

「私もできますよ」

「え! 作る側?! アリサちゃんって……もしかしてめちゃくちゃすごい人?」


 当然だ。アリサは超高性能めちゃくちゃすごいアンドロイドである。ただし、「人」ではない。この点は訂正すべきだろう。


「私は――」

「うわ! なにかいる!」

「野生のテンです。夜行性で、年中活動しています。驚くべきことではありません」


 人間の認識能力は遅い。一方、アリサはそれ以上に興味深い発見をしていた。

 看板だ。薄汚れているが、内容は判読できる。


〈クマ出没注意!〉


 この山にクマの生息は確認されていない。


〈ゴミも良心も捨てないで〉


 持っていないものを捨てることはできない。特に後者。


〈この先、私有地につき立ち入り禁止〉


 この山は全域国有である。

 視界が開けるにつれ、さらに無数の看板が確認できた。


〈危険! 入らないで〉

〈ケムシに気をつけて〉

〈地滑り注意!〉

〈この先、死亡者多数〉

〈警告はした〉


 乱雑に、林立するように。薄汚れた看板が立ち並んでいた。


「アリサちゃ~ん、なんか入っちゃいけないっぽいけど~?」


 歩行速度の落ちていた倉彦浩が足を止めて声をかける。アリサはすでに看板を超えている。


「ご友人はこの先かもしれませんよ」

「そうかな……そうかも……」


 倉彦浩とはぐれることは本意ではない。彼は重要なサンプルだからだ。目的に合わせ言葉巧みに人間の行動を誘導することも高度なAIにとっては容易いことだ。

 次第に目標の建造物に近づく。傾斜があり、木々に遮られていたが、明確にシルエットを識別できる。目標が自ら発光していたからだ。

 それは廃村にあるまじき光景。山奥に似つかわしくない建造物。


 明かりのついた、一見して営業状態にある旅館である。

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