第49話 彩られる心 ※ベル視点


 大剣を見せびらかせるように構える来訪者、ユウザとやらを前にベルは小さな短剣のみを携えその身を晒した。ニヤニヤといやらしく嗤うユウザは現地人であるベルを見下し、これから始まる戦いに心躍らせているようだった。


 ベルは気負った風でもなくゆるい足取りでユウザとの間合いを詰める。


 周りを観衆に囲まれまるで闘技場のようで、その主役は自分であると信じて疑わないユウザは意気揚々とベルを挑発する。


 ベルの足がユウザの間合いに入った瞬間、ユウザは大剣を上段に掲げ突進してきた。


「はっ! そんな玩具で俺様とやりあおうってか⁉︎ カッコつけやがって。ずたぼろにしてやんよ!」

 

 芝居がかった所作で大声を張り上げると力任せに大剣を振り回し、周りの露店を粉砕していく。迷惑極まりない攻撃だが単調でベルは難なく躱し続ける。


 しばらく様子を見つつ剣を交えていたが、やはりというか来訪者としても下の中。大した力量もないユウザにとどめを刺すべく一気に距離を詰めその喉元に短剣を滑らせる。


 しかし、あと少しの所でユウザが晶術で鎌鼬を放ち、ベルは一旦距離を取るべく高く飛び退った。


 正直、晶術を使った所でなんの意外性もなく、ただただ面倒臭いというのが感想だ。

 だが今自分の手にあるのは小さな短剣のみ、素手で殴打するにも近づく必要があった。


 あの程度の晶術なら食らった所で何の痛手もない。

 だから。


 「邪魔だな。それ


 その一言だけを呟き、無防備に近づく。

 その舐めた態度にユウザは激昂し何事か喚いていたが、下段から振り上げられた剣劇を軽くいなし大剣に拳を叩き込むと分厚い鉄の塊は難なく音を立てて崩れ落ちた。


 それを目の当たりにしたユウザは、まるで子供の癇癪のように当たり散らしている。

 その目前に迫り耳障りな声を半ば無視してベルは低く呟く。


「高い玩具だったな」

 

 その一声と共にユウザの顔面を左の裏拳で殴れば、その巨体は軽く吹き飛び露店へと派手に突っ込んだ。


 セトアを侮辱したユウザを生かしておく気は無く、できる事なら追撃し確実に息の根を止めたかったが、先ほどのやり取りでは殺しは禁じられているような事も言っていたなと思い直し、セトアに迷惑がかかる危険性がある以上とどめを刺すのは控えた。


 気絶したユウザを横目にセトアの元へ足を運べば、走り寄って忙しなくベルの体を検分してくる。何事かと思えば自分が怪我をしていないかと心配しているらしかった。


 そしてこの騒動の責任を感じ肩を落とすセトアはただでさえ小さいというのに、その重責を背負うとまで言ってくる。


 そんなセトアを落ち着かせていると、今頃自警団がのこのこやってきた。

 一旦セトアをその場に残し、自警団の元へ事情を説明しにいくが、近づいてきたベルに警戒した一人の自警団員が静止の声を上げる。


「止まれ! なんだ貴様は!? この騒動の首謀者か!?」


 その言葉に胡乱な目をやり花紋の指輪を見せると、自警団員は途端に態度を改め敬礼を返してくる。その自警団員にユウザが来訪者であり騒動の元である事、そしてもう来訪者としての力は失っている事を説明し、前科の有無の調査や被害に遭った人々への賠償を指示して踵を返す。


 再びセトアの元へ戻ると不安そうな顔で佇んでいた。

 なんとか元気付けようとカフェでの昼食を提案するとパッと明るくなる。

 その変化にホッと胸を撫で下ろすと、伝書鳥を呼び、ヨウ達に伝令を飛ばす。これで事の顛末は伝わるはずだ。ヨウ達にも昼食を済ませるように記したのでこちらもゆっくりと羽を伸ばそう。


 そう思いセトアを誘い向かったのはあまりに可愛すぎるカフェだった。

 昨夜、ヨウに教えてもらったカフェだ。

 

 店に入った途端、店中の視線が自分に集中したかのような錯覚に襲われる。

 店内には女性しかいなかったのだ。


――あの野郎……!


 まさかこんな可愛い店を紹介されるとは思ってもみなかったベルは思考の中でヨウの首を締めた。帰ったら覚えていろよ。そう思いつつも、ついと隣の少女を見下ろせばその目はキラキラと輝いている。その顔を見れただけでも満たされるような思いだった。


 店員に促され席に着くとメニューを渡される。

 そのメニューもまた色とりどりに彩色され、いかにも女性が好きそうな感じだった。セトアも気に入ったようで見入っている。それがまた可愛くて思わずニヤけてしまう顔を引き締めるのに神経を使った。


 注文を済ませて食事が届くまでの間に少し来訪者の事を尋ねる。するとセトアはまた肩を落とし申し訳ないと頭を下げた。謝ってほしくて尋ねたわけじゃない。内心焦りながらも少しでも心が軽くなるようにと優しくその頭を撫でた。


「そうしょぼくれるな。あの程度の来訪者なんて片手間で事足りる。お前はなんの心配もしなくていい。今回も俺が相手して問題は無かったんだ。これからも俺がお前の代わりに出る」


 それは本心だった。その声は自分でも驚くほど甘い響きを持ち、心に沁み渡る。

 セトアが傷つくくらいなら自分が戦って、守りたい。自分が傷つくのは一向に構わなかった。どれほど自分の手が血に塗れようともセトアの笑顔を守れるなら、それがこの上ない幸せだ。そして、その笑顔がもし自分に向けられるなら……。


 その時初めて自分の気持ちに気づいた。


――あぁ、そうか。俺はこいつに惚れてるんだな。

 

 その感情は自然に体を行き渡り、ふわふわとした心地良さに包まれる。

 しばしの間、生まれて初めて感じるその高揚感に酔いしれていた。もしかしたら締まらない顔をしていたかもしれない。


 しかし、そんなベルの様子を訝しんだのか何事か言いかけたセトアだが、それを遮り食事が運ばれてくる。そこでつまらない話題は脇にやり、食事を楽しむことにした。

 

 セトアはさっきまでの神妙な面持ちとは打って変わって、クロテッドクリームと蜂蜜がふんだんに使われたパンケーキをこれまたキラキラした瞳で見つめている。そしてベルの元に運ばれたポークステーキにも同じように目を輝かせていた。


 自分の気持ちに気づいた今となっては可愛いとしか思えなくてだらしなく顔が緩む。

 そこでふとヨウとツェティがよくしている行動が頭を過った。


「食ってみるか?」

 

 ポークステーキを小さく切り分け差し出してみる。

 最初はキョトンとした顔で訳が分からないという風だったが、ベルが再度手を伸ばすと口を開け、フォークに齧り付いた。


――なんだコレ。可愛い。


 内心、悶絶するほど発狂しかかったがなんとか押し留め体裁を保つ。

 そしてさらに踏み込んだ。


「それも旨そうだな。少しくれ」


 セトアのパンケーキを指差して催促すれば、挙動不審になりながらも切り分けたパンケーキをおずおずと差し出してくる。

 それに食いつき味わった。


「甘いな」


 元から甘いパンケーキだが、セトアの手で口に運ばれた事でさらに甘さを増し幸福感で満たされ、自然と笑みがこぼれた。

 セトアは何やら真っ赤になっていたが、それにはなんの疑問も抱かず自分の食事に取り掛かる。しばらく百面相をしていたセトアも何やら頭を振るとパンケーキに挑んでいた。


 そして、早めに食事を済ませ美味しそうに頬張るセトアの幸せそうな顔を存分に堪能していると、その口元にクリームが付いている事に気づき親指で拭うと何も考えず、ぺろりと舐めた。

 すると瞬く間にセトアの顔が紅潮する。


――? 俺何かしたか?


 もじもじとするセトアを他所にベルは何も分かっていなかった。


 楽しい時間はあっという間に過ぎ、宿で四人が揃うと早速話し合いを始めようとしたが、そこにツェティの待ったが入り、セトアは身支度をしに急ぎ部屋を出た。


 その間、ヨウが二人きりでのお出かけについて聞き出そうと迫ってくる。


「で? どうだったよ。楽しかったか?」


 その質問にベルは呆れながら答えた。


「楽しいも何も、来訪者と出会でくわしてそれどころじゃなかったのは伝書でも伝えただろう」


 しかし、ヨウは諦めず尚も追い縋る。


「でもよ、飯は食いに行ったんだろ? そこではどうだったんだよ!」


 そう聞かれても、ベルには至極当たり前なことしか無かった。

 だから馬鹿正直に答えたのだ。


「どうって……、別に普通だ。お前達もよくやってるだろ。俺の飯を食わせたり、食わせてもらったり。それくらいだ。何も無い」


 それにはヨウが仰天し、奇声を上げた。


「はぁぁぁぁぁぁっ!?」


 その声にベルの肩がびくりと揺れる。

 ずいっと迫るヨウの長い口元がベルの顔に食いつかんとするほど間近で驚愕に開かれる。


「お前……! そんな事したのか!? え、お前達って付き合ってんの!?」

「なっ、そんな訳ないだろう。……、何故そんなことを聞く? 普通だよな」


 ヨウの剣幕に若干顔を青くしてベルはたじろぐ。

 そんなベルの様子にヨウは呆れるばかりだ。


「あのな、そーいうのは恋人同士がやる事なんだよ! 俺とシェスは婚約者だろうが! お前と嬢ちゃんは違うだろ? それともそんな良い雰囲気なのか?」


 ヨウの言葉にベルの顔は段々と赤みを帯びてくる。

 ベルの身近にいる男女は全てカップルだ。兄夫婦然り、ヨウとツェティ然り。

 その仲睦まじい様子を見て育ったベルはその辺りの距離感がおかしかった。それが今回浮き彫りになったのだ。


「ベル兄様、セトアさんのご様子はいかがでした? 嫌がっておいででは無かったですか? そして、これが一番大事ですが、ベル兄様はどう思われましたか?」


 ツェティの踏み込んだ質問にベルは考え込む。


「あいつは、どうだろうな。赤くなっていたようだが。俺は……、その、何というか」


 珍しく言い淀み、耳まで赤く染まるベルの様子にツェティはピンと来た。


「なるほど。ベル兄様はセトアさんの事がお好きなのですね。まぁ、わたくしとヨウ様は以前から気付いてはいましたが、ご自覚なされたのなら何よりです」」


 ど直球に言い当てられてベルは思わず顔を手で覆う。

 しかもツェティ達は以前からその兆しに気付いていたと言う。


――俺、そんなに分かりやすいのか?

 

 いつもは表情に乏しく、何を考えているのか分からないと評される自分の恋情がだだ漏れだったのだ。それがこんなにも恥ずかしい物だとは思いもしなかったベルはただ立ち尽くし、顔を上げられずにいた。


「ベル兄様がその気なら今回の事は大目にみましょう。初恋ですものね。浮かれて当然ですわ。ただ、セトアさんを泣かせたらわたくし許しませんわよ」


 ツェティの追撃に撃沈したベルは弱々しく「はい」と返事をするのが限界で。

 そこへタイミング悪くとでも言おうか、セトアが準備を終え部屋に入ってきて、ベルはありったけの勇気を持って顔を上げ、顔を引き締めるもまだ火照った熱は冷めないのだった。



 改めて四人が揃い、神妙な面持ちで視線を交わす。

 まず口を開いたのはベルだ。


「これまで来訪者とは幾度かやりあったが、その全てに逃げられている。だがそれが変えられる事がわかった」


 そう口火を切ると隣に座るセトアへと目をやり、続きを促す。

 そうしてセトアが語った来訪者とそれが所属する組織の目的、そしてセトアに対する仕打ちにヨウとツェティは憤慨し、静かに怒りを募らせていた。


 何かと卑下するセトアの背を撫でながら、ベルは気遣い優しい言葉を紡ぐ。

 今までの自分では想像もつかなかったであろうその態度に自身でも驚きが隠せない。


 ベルはただセトアを傷つけようとするものを叩き潰し、その安寧を願った。


 途中、不意にこぼした言葉にヨウの茶々が入ったが一睨みして黙らせると再び、自分は役立たずだと嘆くセトアを労る。


 そんな中、ヨウが冗談じみた口ぶりで口を挟んだ。


「奴らはその決戦シーズ・レイってのでこの星が手に入ると思ってるんだろ? それなら何で嬢ちゃんみたいな非力な子供を使うんだ? 意味がわからねぇ。他に何か目的があるのか、その担当官ってのも怪しいよな。もしかして横領とかしてたり?」


 そんなヨウが思いつきで発した言葉に、セトアが反応する。

 しばらく考え込み、もしかしたらその可能性もあると、ベルの目を見つめ真剣な眼差しで訴えた。


 そして、その数瞬後、セトアの肩が大きく揺れ勢いよく立ち上がり棒立ちになった。

 その様子は尋常ではなく、ベルは心配げにその顔を覗き込むと真っ青になって小さく震えている。


 優しく肩を抱き寄せると、ゆるゆるとこちらを見て泣き出しそうな、そんな顔をしていた。


「どうした? 何かあったのか?」


 努めて優しい声色で尋ねると、あちらとの通信が途絶えたと未だ震える声で返答する。

 きつく結ばれた手を取ると、ゆっくり腰を下すように導き、その背を撫で落ち着くのを待った。

 

 しばらくそれを繰り返していると、徐々に息を整え「ありがとうございます」とふわりと笑みを浮かべた事に安堵する。

 

 それからひとつ息をつくと、詳しい事情をナビから聞き出そうと目を瞑り沈黙するセトアの横顔を見つめ、じっと待っていると目に見えて意気消沈していく。


 ツェティが気遣い声をかけると、健気にも笑みを浮かべ状況を語り出した。


 それはあまりに身勝手で到底看過できる事では無かった。この星を賭け事に使い、あまつさえセトアを粗末に扱う組織など万死に値する。ベルの頭の中ではまだ見ぬ敵が幾度も切り刻まれていた。


 普段温厚なツェティでさえその怒りのぶつけ所が分からず、口調も荒々しく憤っている。

 しかし、ヨウが名案とばかりに上げた声に俄かに光明が差す。


「ん? ちょっと待てよ。って事は例の決戦シーズ・レイってのも外されんじゃね? ならず物を捕らえられないのはちと残念だが、嬢ちゃんの安全のためにはその方がいい」


 ツェティもその案に乗り気で笑顔を取り戻していた。


 確かに、来訪者共には散々逃げられてきたが最終的には殺してしまえば事は足りる。今までは処罰する事に重きを置いていたが、セトアが危険に晒されるというのなら殺す事に躊躇は無かった。


 そう思いセトアに確認させるが答えは否。

 その言葉に再び場の空気は怒りを孕む。


 本当にどこまでも愚かな奴らだ。

 ヨウなどは机に当たりベルに食ってかかった。


 ベルとてこのままバカにされて終わらさせるつもりなどさらさら無かったが、今敵は手の届かぬ遥か彼方だ。悔しいがどうすることもできず唇を噛み締める。


 とにかく今はセトアを竜皇国に連れていく事が先決だ。

 それは何故かと言えば、来訪者は竜皇国に近づく事が無かったから。理由は定かではないが竜皇国に着きさえすればセトアを守る事も容易いだろう。勿論ベルはどれだけの敵が攻めて来ようと自分が矢面に立って迎撃する気満々だったが。


 その思いも込め、竜皇国行きを示すとセトアは意外だとばかりに呟いた。


 お荷物でしかない自分にどうしてそこまで良くしてくれるのかと。


 ベルにとってはその言葉こそ意外だった。

 セトアはまだ子供で、それだけでも守るに値するがベルにとっては最愛の人なのだ。まだ気付いたばかりのその想いを伝える勇気はなかったが、保護すると言った事を建前に守ると誓った。


 しかし、セトアは守られているばかりでは嫌だと涙をこぼすではないか。俯き嗚咽を漏らす小さな少女はただ守られる事を良しとしなかった。


 その気丈さにベルの手は自然とセトアの頭を包んでいた。


 どうか泣かないでほしい。

 どうか笑ってくれ。


 そう想いを込め優しく撫でると、セトアは顔を上げ、その深紅の瞳でベルを見つめる。

 間近で見るその瞳は涙で潤みベルの姿を映していて、それはなんとも言えない幸福感でベルを満たす。


 しばらくその余韻に浸っていると、ヨウがわざとらしく咳払いをしてセトアはハッと飛び退くように距離を取った。

 

 ベルは憎々しげにめつけるが「そういう事は二人きりの時にしてくれ」とヨウはからかう。普段、自分こそが周囲を気にしろと非難するが当の本人はどこ吹く風と開き直っている。


 だが、正直あのままだったら勢い余って口付けしていたかもしれないとベルの心臓は早鐘を打っていて、人前で蛮行に及ばなかった事に胸を撫で下ろしていた。


 そうして一悶着あった後、改めて話し合いをし、いくつかの条件付きでセトアの参戦が許可され、それを踏まえた上で、翌日から早速訓練が開始された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る