第50話 差し出した手 ※ベル視点

 ※流血、残酷な表現を含みます。

 苦手な方はご注意を。


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 最早習慣になりつつあるセトアとベルの訓練はその日も特に問題もなく過ぎていく。


 しかし、ベルにはやらねばならない事があった。

 昨夜、解散した後ヨウに言われたのだ。他意が無かったとはいえ、普通に考えれば恋人同士でもない二人がお口あーんをした事をしっかり謝っておけと。例えベルにとっては嬉しい事でも、今の段階ではセトアの気持ちは分からない。だから誠心誠意頭を下げろときつく言い含められたのだ。


 それもそうだと思い至ったベルは機会を窺っていた。

 そしてその時はやって来る。


 訓練の合間の休憩時間。メイドも下がらせこの場には二人きり。今を置いて他にない。

 そう思うも、やはり照れが勝ってしまってなかなか言い出せずに視線を彷徨わせていると、セトアが不審に思い強引に目線を合わせてきた。


――腹を括れ!


 そう自分に喝を入れ勢いに任せて深く頭を下げ、言い訳がましくなりつつもどうにか謝罪を述べる。歯切れが悪く、自分でもみっともないと思ったが、セトアは笑って許してくれた。


 それどころか、自分も嬉しかったと。また一緒に出かけようと。


 その言葉に浮き足立つ。少なくとも嫌がられてはいなかった事に安堵しほっと息を吐き、「そうか」と呟けばセトアの笑みは深まった。



 さらに翌日、セトアの体調を確認し、再び首都を目指して旅路に戻る。

 今日は初めてセトアと二人きり荷台に乗り込む。最初こそ様子のおかしいセトアだったが教本を取り出して読み始めてからは無言で、馬車の走る音だけが荷台に響いていた。


 ベルは手持ち無沙汰で、今までの事を思い返していた。

 初めて森でセトアを助けた事。

 人拐いの尻尾を掴むためセトアを餌にした事。

 ツェティに来訪者である事を指摘され、保護を申し出たら泣き崩れこれまでの経緯を涙ながらに語った事。

 

 それから一月が経ち、まさかこの自分がこんな小さな少女に恋慕の情を抱くとは思いもしなかった。チラと隣の少女を窺えば、真剣な表情で読書に浸っている。それが面白くなくて何か話題は無いかと慣れない思考を試みる。


――構ってほしいなんてまるでガキだな。


 そう自嘲するものの、この沈黙を壊したくて必死に頭を巡らせる。


 そして、ふと思い至った。

 自分はこの少女の本名を知らない。


 それに気づけば後は止まれなかった。


 逸る気持ちを押さえつけ、何気なさを装い問い掛けてみると、セトアは本から顔を上げこちらを見上げてくれる。そして薄く笑いながら答えてくれた。


 ハナコ・サエキ。それが自分の名だと。

 聴き慣れない響きにその意味を尋ねる。


 本人は意味もない名前だと自嘲していたが、ベルにとっては尊い名だ。

 照れつつも似合っていると呟けば、涙を流して喜んでくれた。


――ハナ。その名前を呼びたいと言ったらどう思うだろう。許してくれるだろうか。


 ガラガラと車輪の鳴る音の中、意を決して口を開いたその時。

 馬の嘶きが響き馬車が大きく揺れて止まる。


 賊かと問えば、どこかで火事が起きていると慌てた口調の答えが返ってきた。更には血の匂いもすると。ヨウは狼の獣人だ。その鼻は確かで疑う余地は無かった。


 セトアと二人で荷台から飛び降りると辺りを見渡す。

 

「ベルさん! あれ!」


 セトアが指差す方角を見ると、森の中に黒煙が上がっていた。

 この辺りに村はないはずだが、ヨウの自慢の鼻は多数の血と鬼族の匂いを嗅ぎ取っている。つまり地図に載っていない村が存在し襲撃を受けているという事だ。


 ベルは「行くぞ!」と一声掛けると御者台に飛び乗り馬車の進路を変え、森に向かう。


 狭い森の道を半ば無理やり馬車で押し通ると程なくして小さな集落が見えてきた。そこは想像通り鬼族の襲撃で騒然としていた。ただ、本能のままに略奪や殺戮を行うゴブリンの襲撃にしては様子がおかしかった。村人の損傷が少なすぎたのだ。


 ベルは疑問に思いつつも、村の門で馬車を飛び降り一気にゴブリンの群れに斬り込んでいく。


 鬼族の中でも雑魚と言えるゴブリンだがその数は数十匹にも及び、一匹に多くの時間は割けない。一太刀毎に確実に数を減らし殲滅していく。しばらくするとセトアも晶術で村人の援護に回り、ベルはその気丈さに感服した。鬼族などいない平和な世界から来たセトアが戦っているのだ。黒狼の時もそうだったが、命のやり取りすらした事がない少女が敵とはいえ危害を加えるのには相当な苦痛を伴うだろう。その苦痛を少しでも減らそうとベルは一匹でも多く血祭りにあげる。


 途中、逃げ出すゴブリンが出始めたので村の出口を炎で塞ぐよう指示すれば、セトアはすぐさまその意図を汲み取り見事成し遂げた。晶術を維持するのには技術を要する。それを実戦のぶっつけ本番で成功させたのだ。なかなかできる事では無いだろう。


 炎の壁に阻まれ行き場をなくしたゴブリン共を掃討し、一息つくと村長という人物が名乗り出て謝辞を述べる。事情を聞けば定期的に襲撃を受けていると言うでは無いか。ゴブリンは集団で生活するが計画的な行動は取らない。襲撃するなら一度で全てを奪い去るのだ。


 それが定期的に?


 ゴブリン共の異質な行動にこれは万が一も考えた方がいいかもしれない。ベルはそう考え巣を潰す事に決めた。

 

 セトアの事を思えば置いていく方が良いかとも思ったが、この少女はきっと聞かないだろう。その身を危険に晒したくは無いが。


――俺が守ればいい。

 

 そう考え、連れていく事に決めた。それが間違いだったとも思わずに。


 

 巣の場所を知っていると言う村人に地図を書かせ、現場に着いたのは夕暮れが迫る頃だった。


 草むらに隠れて想像以上に大きな巣を前に陣形の最終確認をする。

 先陣を切るのはベルとヨウ、ツェティはその後ろで漏れた雑魚を叩いてもらい、セトアには後方からツェティの援護に回ってもらう。


 勿論、セトアに醜悪なゴブリンを近づかせる気は毛頭無い。

 

 そう告げると真剣な表情で頷くセトアの頭を撫で、ヨウと二人茂みから躍り出ると、見張りをサクッと片付け、巣から湧いて出てくるゴブリン共を相手どる。


 数こそ多いがベルにとっては大した問題でもなく余裕を持って片っ端から屍を量産していく。単純な作業の繰り返しだ。半数ほどに減った所でこのまま終わるかと安堵しかけた。


 その時。


 巣である洞窟の奥から獰猛な咆哮が鳴り響いた。

 その声に劣勢だったゴブリン共が俄かに勢いを取り戻す。


 手にした棍棒で地を打ち鳴らし歓声を上げる。

 その様はまるで英雄を待ちわびた観衆のようだった。


 そして洞窟の奥に二つの鬼火が浮かび上がり、ゆらりと揺れながらその巨体は姿を現した。

 浅黒く変色した体、通常の個体よりもはるかに勝るその体は分厚く鋼のようで、その身の丈は洞窟の天井にも届きそうなほどの巨躯を誇っている。


 一眼で分かるその異常な容貌は魔晶化によるものだと瞬時に悟った。


――なるほど。これで納得がいった。こいつの指示で計画的に略奪を繰り返していたのか。どおりで、ゴブリンの割に統率が取れている訳だ。


 ゴブリンの異質な行動の裏が分かり独りごちると、雑魚をヨウ達に任せ、ベルは一人己の倍はあるゴブリンの大将に対峙した。


 魔晶化しているとはいえ、ベルの敵ではない。

 ほんの少し力を使えば数分もせず片手間で処分できるだろう。

 

 しかし。

 

 チラとセトアを視界の端に捉える。


 真紅の少女は懸命に晶術を放ち、ツェティやヨウを援護している。

 その姿は痛々しくもあり、それでいて凛々しくもあった。

 

 その小さな体にいくつもの重責を背負わされ、それでもその足で立ち理不尽に立ち向かう姿は守るべきものであり、そして心を尽くしてもなお足りない程の愛しい存在。


 そんな少女に醜い自分の姿を晒すのが心底恐ろしかった。

 こんなにも自分は弱かったのかと改めて思い知る。


 だから。


 愚かにも保身に走ってしまった。

 

 細い剣で巨大な戦斧に真正面からぶつかり合う。

 足元を重点的に狙うも、魔晶化ゴブリンはその巨体からは想像できない素早さを見せ、ベルの攻撃をいなし時折晶術まで使いベルを翻弄する。


 通常のゴブリンは晶術を使わない。そこまでの知能がないからだ。ただ奪い、殺戮を楽しむ。そこに知性は必要なかった。

 しかし、この魔晶化ゴブリンは効果的に晶術を放ち、更にはフェイントも入れてくる。

 それを鑑みてもこの個体は知能が数段上がっているのだろう。


 雑魚とはいえ、魔晶化の怖い所だ。

 

 幾度も打ち合い、剣劇を躱し、晶術で隙を突く。

 だが、そのどれもが効果を上げる事はできずにいた。


 武器破壊も積極的に狙っていくが素早く躱される。

 鬼族は本能に忠実で生に執着している分、来訪者などよりよっぽど厄介な相手だ。


 一旦距離を取り、どう攻めるかと思考を巡らせていると、不意に悲鳴が上がった。


 サッとそちらを振り返ると、ツェティの攻撃を掻い潜ったと思われるゴブリンの一撃を受けたセトアが倒れ込んでいるではないか。その額からは一筋の赤い筋が滴り落ち立ち上がる事もできずにいた。


 幸いツェティがすぐに追撃し事なきを得たが、セトアが傷ついた事に衝撃を受け一瞬動きが止まってしまった。


 それを見逃さず魔晶化ゴブリンの一撃がベルの身に迫る。

 慌てて剣で受けようと身構えるも、その凶刃はベルの右腕を捉え一閃の元に刎ね飛ばす。


――チッ。


 己の迂闊さに舌打ちをしながら飛び退ると、セトアの無事を確認して再び巨体に対峙する。


――俺のせいだ。俺が自分可愛さにチンタラやってるから、あいつが傷ついた。馬鹿か俺は!


 自分の不甲斐なさから愛しい少女を傷つけた。

 その自責の念と、少女を害した憎き鬼族への憤怒でベルの体は静かに怒気を孕む。


 遠くで自分を心配するセトアの声も耳に入らなかった。


 ざわりと総毛立ち、血が沸き立つのが手に取るように分かる。

 いつもの力を使う時の馴染んだ感覚だ。

 その瞳は銀へと変わり、爬虫類のそれのように瞳孔が狭まる。

 ざわつく気配を吐き出すように開かれた口元には牙が覗き、力を解放し変化を遂げたベルの姿は獰猛な肉食獣を思わせた。


 それでもほんの一割にも満たない解放だ。

 ベルはその銀眼で追い討ちをかけようと戦斧を振り上げる巨体をひたと見据えるとゆらりと揺れた。切断された腕が疼くがそれにも構わず素手で魔晶化ゴブリンへと突進していく。


 振り下ろされた戦斧を軽いステップで躱すとその太い腕を脇で受け止め、力任せに引きちぎった。


 その激痛に呻き声を上げる巨体の脚に蹴りを打ち込み叩き折る。

 たまらず前のめりに倒れ込んだ巨体の背に素早く飛び乗ると、心臓めがけて左手の手刀を突き入れる。それは何の抵抗もなく心臓に達し、鷲掴みにすると一気に引き抜いた。


 ドス黒い心臓は醜く蠢き、繋がった血管がぶちぶちと音を立てて千切れ飛ぶ。

 吹き出した血を浴びながら朱に染まるベルは炎で心臓を灰にする。


 魔晶化ゴブリンはしばらく痙攣していたがやがて沈黙した。


 ひとつ息を吐き、屍と化した背から飛び降りると、落ちていた己の右腕を拾い傷口に押し当てる。すると瞬く間に繋がり具合を確かめると座り込むセトアの元へ足を向けた。


 ツェティに肩を抱かれ、半ば呆然と自分を見つめるセトアの額からは今なお血が滴り落ちて痛ましい。


「怪我は大丈夫か……?」


 傷の具合を確かめようと、身を屈めそっと伸ばした右手は、しかし、その頬に届く事はなかった。

 セトアの肩がびくりと揺れ、その目は畏怖の念に支配されていたから。


 虚しく空を切った右手は、感情を押し込めるように握り込まれる。


――何を勘違いしていたんだ。俺は。


 初めて淡く色づいた恋心に舞い上がって、自分を縛り付ける足枷の存在を頭の隅に追いやっていた。このまま、この少女と穏やかな日々を送れると信じた。


 だが、それは脆くも崩れ去る。

 いや、彼女を責めるのはお門違いだ。

 自分のような化け物が人並みの幸せに身を置けると思ったのが間違いなのだから。


 その顔を見るとまた期待を持ちそうになる心を押さえつけて、無言のまま立ち上がるとこの惨状の後片付けの算段をつけるために踵を返し 少し離れた場所で様子を窺っていたヨウの元へ向かう。


「ベルさん、ちが……っ!」


 その背にセトアの声が投げられるが、振り返る事はできなかった。


 親友の元に辿り着けば、心配げな顔でベルに問いかける。


「おい、大丈夫か……? 顔色悪いぞ。……嬢ちゃんはちょっと驚いただけで、こんな事でお前を嫌うような子じゃ……」

「分かってる」


 そう、頭では分かっているのだ。

 セトアは優しい少女だから、きっとヨウの言うように自分を嫌ったりはしないかもしれない。


 しかし、恐怖は抱いた。

 それは紛れもない事実だ。

 怯えた瞳が脳裏に張り付いて、ズキズキと胸が痛む。


 竜族の中でも異端として生まれたベルは、家族の愛情こそ受けたが友人と呼べるのはヨウだけ。他の人々はベルの力を恐れ決して近づく事は無かった。


 それはベルにとっては当たり前の日常で、こんなにも心が揺さぶられたのは始めての経験だ。それだけセトアという少女の存在が自分の中で大きなものとなっていたのだろう。


 まさか自分にこんな感情があったなんて。

 まざまざと見せつけられた己の弱さに自嘲した。



 ゴブリン共の後処理に追われている間も、セトアは物言いたげにベルの様子を窺っていたが、その視線をベルは意図的に避け黙々と作業に集中する。


 作業が終わる頃には既に陽も落ち辺りは宵闇に包まれた。

 今から森に入るのは危険だと判断し、このままここで野営する事に決める。


 その時、思いがけず万が一にとインベントリ・リングに携帯していた物資が役に立ち、セトアは張り切りながら夜営の準備にかかっていた。その様子は微笑ましく、ベルは緩みそうになる頬を引き締め無表情を装う。


 静寂に包まれたまま、食事を終えるとセトアがベルに向き直り謝罪を述べてきたが、ベルは目線すら合わせずいつもの事だと短く切って捨てた。

 セトアはなお言い募ろうとするが、その声はだんだんと勢いをなくしついには沈黙する。

 

 ツェティもヨウも口を挟むことができず、静かな時間だけが過ぎていき、ベルはただじっと焚き火を睨み続けた。


 夜も更けるとセトアは船を漕ぎ出し、ツェティに促され硬い地面に横になる。

 しばらくするとよほど疲れていたのだろう、穏やかな寝息が聞こえてきた。


 その様子にベルはようやっとセトアへ視線を移す。

 愛しげに見つめるその目に、ヨウが口を開く。


「お前、自分が今どんな顔してるか自覚してんのか? そんな顔するくらいならあんな態度取らなきゃ良いのによ。嬢ちゃんならお前を受け入れてくれると思うぞ」


 ベルはその言葉に返事をしなかった。


 ヨウの言う通り、きっとセトアは仲間として側にいてくれるだろう。

 でももう、仲間とかそんなものじゃ物足りなくなっているのだ。

 優しくされればされただけ、もっともっとと貪欲になっていく。


 ただでさえ十以上も歳の離れた男に恋情を抱かれているのだ。その上、気味の悪い力の持ち主だと分かれば仲間としても見てくれなくなるかもしれない。それならばいっそ突き放して自分から手離した方がセトアのためにも良いはずだ。


 一瞬、他の男に寄り添う姿を想像して苛立ちが身を焦がしたが、それも直に慣れる。

 この想いは胸に秘めて生きていこう。


 別れを告げる思いで、安らかな寝顔の頬を撫でる。


「ベル兄様……」


 その様は切なくて、かける言葉も見つからないツェティは項垂れるしかなかった。


 しばらくしてツェティも横になると夜の番をヨウに任せて仮眠をとり、夜半過ぎから交代する。

 

 白んでいく空を眺めながら、セトアと出会ったこの一か月に想いを馳せる。


 たった一か月。

 硬く閉ざしていた心は、いつの間にか柔らかい光で満たされ束の間の幸福を味わった。

 それで十分だと自分に言い聞かせる。


 そんな思考に浸っていると、隣で眠る少女が身動ぎして目を覚ました。

 

 まだ早い時間で、まさかもう目覚めるとは思っていなかったベルはびくりと肩を揺らす。


 寝ぼけ眼の少女は辺りを見回すと、不意にベルを見つめて勢いよく頭を下げた。

 それはまるで土下座のようで、ベルは息を飲む。


 何事かと思えば、セトアは再度謝罪を述べ、あまつさえベルの怪我を心配してきた。

 あの時、傷が瞬く間に治ったのは目の前で見ていただろうに。


 ベルはため息を吐くと、努めて冷たい声で拒絶した。

 それにも関わらず、セトアは笑みを浮かべ言い放つ。


「そんな事ありません。ベルさんはベルさんです。わたしを助けてくれた優しい人です。避けたりなんかしません。ベルさんが嫌がろうとわたしはベルさんに構います」


 呆気にとられていると、さらに笑みを深めあれやこれやと話しかけてくる。

 ベルは意味もわからず、言葉少なに相槌を打つがセトアは気にした様子でもなかった。


 そんなやりとりをしていると、ヨウとツェティも目を覚まし、チグハグな二人のやりとりに微笑んだ。


 翌日、落ち人の村まで戻った四人は事のあらましを村長に告げ、忠告を言い置くと馬車に乗り込み、街道へと戻った。


 御者台にヨウと二人並んで馬を走らせる。


「嬢ちゃんと一緒でなくて良かったのか? お前らはもっときちんと話し合った方がいいと思うぞ」


 そう言うヨウの顔は、親友の心をおもんぱかったもので。


 その言葉を聞き流しつつもベルは朝のセトアの様子を思い返していた。

 こんなどうしようもない愚かな自分の事を傷つけたと頭を下げ、健気に明るく振る舞う姿にベルは強く思う。


 この想いは蓋をしなければならない。

 自分の存在が愛しい少女にとって恐怖の対象になる事は逃れられないだろう。

 ならばせめて、セトアに襲いくるどんな障害も全て払い除ける。

 自分の手がどれほどの血で濡れようと、どれほどの敵が立ち塞がろうとも。

 例え愛されなくても良い。その隣に別の男が立とうとも。

 この想いを遂げようなどとは思わない。

 この少女の笑顔が守れるなら自分の身などどうなろうが構わない。

 そう心に誓ったのだった。

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