第48話 静かな夜


 ゴブリンの巣を壊滅させたわたし達は、その後処理に追われていた。百を超えるゴブリンの死骸を魔晶化ゴブリンの元に集め、その上に薪を積み上げ火を放つ。ベルさんが放ったその炎はわたしの物とは比べようもないほど強力で一気に燃え広がっていく。全てが灰になるまでそう時間はかからないだろう。


 こうして火葬するのはそのまま放っておくと野生動物に食い荒らされ死臭が更に凶暴な鬼族を呼んだり、死霊になったりしてまたあの集落に悪影響を与える可能性があるからだそうだ。


 死骸によっては目も当てられない様相で、ツェティさんは無理せず休んでいるようにと言ってくれたが、この先また同じ事が起きる可能性もあるのだからと言い張り、込み上げる酸っぱい物を飲み込みながら淡々と作業を繰り返した。


 ベルさんは晶術で生んだ水で身を清めてはいたが、返り血の名残が未だに残るその体で同じように死骸を運んでいた。

 その作業中にも、ベルさんはわたしを見ようとしてはくれず、まるで初めて出会った頃のような余所余所しい態度に胸が痛む。


 でもそれも全部わたしのせいだ。

 怪我をしたわたしを心配してくれたのに失礼な態度を取ってしまった。


 千切れた腕が一瞬でくっついた事には勿論驚いた。

 以前、ツェティさんに治癒術でも一気に回復させる事はできないと聞いていたから、異常な事ではあるのだろう。

 

 でも、ベルさんが無事ならそんなのは些細な事だったのに。

 魔晶化ゴブリンの腕を引きちぎり、返り血にその身を真っ赤に染め銀色に輝く瞳をギラつかせ、圧倒的な力で強大な敵をねじ伏せるその様はまるで別人のようで、わたしは恐ろしくて身震いしてしまった。

 本当に馬鹿だ。

 例え恐ろしいほどの力を持っていようと、ベルさんは見ず知らずのわたしを助けてくれて、勉強や訓練に親身に付き合ってくれる優しい人なのに。今もこうして人助けのために面倒な作業を黙々とこなしている。


 そんな人を怖がるだなんて。


 そして、わたしが愚かにも拒絶してしまった時の泣きだしそうな顔も頭から離れなかった。

 すぐにでも謝りたいとベルさんに話しかけようとしたが、後処理に追われ未だ叶わずにいる。


 日も既に暮れ、辺りは闇に閉ざされていて、今から森に入るのも危険だという事で即席で野営をする事になった。その際に役立ったのはインベントリ・リングだ。万が一の携帯食料や食器類がこんな形で役に立つとは思わなかったが、ほんの少しでも貢献できた事に嬉しくなる。


 ゴブリンの死骸を火葬するというなかなか物騒な中での野営だったが、風上に陣取ったお陰か異臭に悩まされる事なく何事もなく時間は過ぎていった。


 謝るなら今だと意を決して隣に座るベルさんに向き合う。


「あの、さっきはすみませんでした……。失礼な態度をとってしまって。でも……!」

「気にするな、誰でも同じ反応をする」


 なお言い募ろうとするわたしを遮り、冷え々としたベルさんの声が有無を言わさずわたしは喉を詰まらせる。それでもなんとか気持ちを伝えようと口を開くが、出てくるのは意味をなさないものばかりで、しだいに口数が減っていく。その間もベルさんはこちらを見もせずただじっと焚き火を睨んでいて、その目はやはり長い前髪に覆われて心情を読み取る事はできなかった。


 そんなわたし達を見守るツェティさん達もかける言葉が見つからないのか、ただ俯いている。


 ベルさん達に出会って、こんなにも静かな夜は初めてだった。


 ベルさんを傷つけた事が何より辛く、伝えきれない自分が歯痒くなる。ギュッと握った木のカップを見つめる視界は涙に滲み、ただ木のはぜる音だけが辺りに響く。


 その夜もベルさんとヨウさんが交代で見張りをする事になり、わたしは硬い地面に布をひいただけの寝床に横になると、ベルさんを気にしつつも気を張っていたせいもあってかすぐに眠りに落ちた。

 

 

 翌朝、早くに目が覚めたわたしは朝の番をしていたベルさんと期せずして二人きりになった。気まずい空気の中、この機を逃せば次はないと意を決してもう一度謝ろうと向かい合う。


 隣に座るベルさんに深々と頭を下げると、土下座をしているような形になったが、それも気にせず言葉を紡ぐ。どうかこの気持ちが伝わりますようにと願いを込めて。

 いきなり頭を下げるわたしに息を飲む気配が頭上から降ってくる。


「ベルさん、昨日は本当にすみませんでした。わたしを気遣ってくれたのに、あんな態度をとってしまって。魔晶化したゴブリンを倒せたのもベルさんのお陰なのに。あの、腕は大丈夫ですか……? どこか怪我していたりしませんか?」


 そっと覗き込むようにベルさんの様子を窺えば、そんなわたしの行動にベルさんはひとつため息を吐き、やはり冷たい声で呆れたように呟いた。


「気にするなと言ったはずだ。あんな醜い様を見せられたら誰でも気味が悪いに決まっている。分かっただろう。俺は人並外れた化け物だ。避けられる事には慣れている。お前が謝る必要は無い。分かったら俺に構うな」

 

 切断されたはずの右腕をひらひらと振りながら、ベルさんは事もなげにそう言う。

 大丈夫だという事だろう。


 しかし、その様子が何故だかひどく落ち込んでいるように見えてわたしは切なくなる。


「そんな事ありません。ベルさんはベルさんです。わたしを助けてくれた優しい人です。避けたりなんかしません。ベルさんが嫌がろうとわたしはベルさんに構います」


 気を抜くと込み上げてくる涙をぐっと堪え、笑いながらそう言うわたしをベルさんはあっけに取られたような顔で眺めていた。まるでわたしの方が気味が悪いとでもいうかのように。


 そんなベルさんの顔を見てわたしはさらに笑う。ベルさんは「勝手にしろ」と呟くと焚き火をつつき朝食の準備を始めた。


 ベルさんの態度は相変わらず余所余所しくてつれない。言葉も少なく自ら話しかけてくれたりはしなかったけれど、わたしは気にせずどんどん話しかけた。それはほぼ独り言になってしまっていたが、また前みたいに笑いかけてくれるようになってほしいという思いからで。


 自分が傷つけたくせに身勝手で図々しいかもと思いもしたが、口を閉ざし視線を逸らすベルさんは怒っているというより、自分を責めているように見えて放っておけなかったのだ。


 自分を鼓舞したかったのかもしれない。

 このままベルさんと離れるのがとても怖かった。


 少し経って目覚めたツェティさんとヨウさんはそんなわたし達の様子を不思議そうに見つめていたが、しばらくチグハグなやりとりを観察していたツェティさんは不意に目を細め嬉しそうに微笑んだ。



 それから手早く朝食を済ませたわたし達は森を抜けて落ち人の村まで戻ってくると、数十匹はいたであろうゴブリンの死骸は片づけられて地面に染み込んだ血の跡だけが襲撃の名残となっていた。どうやら村の外に穴を掘り死骸を埋めて処理したようだ。

 ベルさんが村長さんに事のあらましを伝え、危機が去ったと分かるや否や村人達は歓喜に沸き、皆で涙し抱き合って喜んでいた。


 しかし、ベルさんは忠告する。


「今回はたまたま俺達が通りがかったから良いものの、次も都合よくいくとは思わない事だ。魔晶化したゴブリンがいたという事は今後も同様の危機は訪れるだろう。フォウの町に助けを求めるか、お前達自身で身を守るか、よく相談する事だな」


 そう言い置いて、わたし達は馬車に乗り込む。

 ベルさんは血塗れの服を手短に着替えると御者台に座る。その隣はヨウさんだ。


 ベルさんと二人っきりで荷台に座っていたのはほんの昨日の事なのに、まるで遠い昔のように感じる。


 村に戻るまでの道中もベルさんは言葉を発さず、淡々と步を進めていた。


 魔晶化ゴブリンを倒した時の血に染まり、まるで別人のような力を発揮したベルさん。

 銀の瞳と泣きそうな顔が忘れられない。

 あの時のベルさんが一体何なのか、今のわたしには分からない。

 でも、ベルさんが何者であろうとわたしには関係ない。

 ベルさんはベルさんだ。それに変わりはない。

 例えベルさんがどんな姿になろうとも、わたしにとってベルさんは特別な人だ。

 どんな時でもわたしだけはベルさんの味方でいよう。

 どれだけ避けられようが構うもんか。

 

 根拠のない自信を持ってそう心に誓う。

 旅路はまだまだ続くのだから。

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