第47話 怪物《ばけもの》

※流血、残酷な表現を含みます。

 苦手な方はご注意を。


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 巣である洞窟からは数え切れないほどのゴブリンがアリの巣を突いたかのように湧いて出てきた。村を襲撃したゴブリンも数十匹の群れだったが、これはその比では無かった。百を超えると思われる大群が犇めき合い、それぞれが手に棍棒を持ち、耳障りな鳴き声を上げ威嚇してくる。

 

 これが多いのか少ないのか、知識の乏しいわたしには判断がつかないが、ベルさん達は至って冷静だ。思ったよりも小規模なのか、ベルさん達だからなのか。


 ギャーギャーと騒々しく騒ぎ立てるゴブリンの群れの中でも精鋭と思われる体格の良い十数匹の個体が先陣を切る。


 それを迎え撃つわたし達は洞窟の入り口から数メートル離れた場所にベルさんとヨウさんが立ちはだかり、その後方にツェティさん、そしてわたしという布陣だ。


 さっきの戦闘で多少の経験を得はしたがまだまだ場数が少ないわたしは、できるだけ邪魔にならないように、でも積極的に晶術で援護に回る。


 ゴブリンは鬼族の中でも知能が低い種族らしく馬鹿正直にもベルさん達に突進していった。


 ベルさんはさっきと同様に一太刀でゴブリン達の命を刈り取っていく。

 時に首を刎ね、胴を切り裂き、心臓を貫く。

 数時間前とはいえ一度戦闘をしたすぐ後だというのに、その太刀筋に疲れは微塵も見られなかった。逆に雑で作業的な手順の繰り返しのようにさえ見える。


 ヨウさんも猛々しく咆哮をあげ拳を振るい地に叩き伏せ、鋭い爪で喉を掻き切り、重い蹴りで骨もろとも打ち砕く。こちらは荒々しくもその金の被毛を靡かせ、まるで舞っているかのような優美さがあった。


 今の所、幸いにも双璧をなすベルさん達を掻い潜りこちらに向かってくるゴブリンはいなかったが、それでもツェティさんは用心深く警戒し、メイスを構えている。


 精鋭と思わしき十数匹を沈黙させるとベルさん達は巣穴の前に固まっている群れに打って出た。ベルさんは変わらず作業的に、だが確実に数を減らし、ヨウさんがそれに続く。

 

 所狭しと犇く群れはまさか先兵がやられるとは思ってもいなかったのか、散り散りになり逃げ惑っていた。しかし、それも虚しくベルさん達の手で屠られていく。巣穴前はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化して辺りにはゴブリンの死体の山が築かれていった。


 半数が倒されこのまま何事もなく終わるか。

 そう思われた時、巣穴の奥から凄まじい雄叫びが響いてきた。地さえも震わせるようなその雄叫びで弱腰になっていたゴブリン達が俄かに勢いを増す。


 手にした棍棒を地面に打ち鳴らし、歓声を上げまるで鼓舞しているかのようだった。


 そして洞窟の奥からゆっくりと、巨大な影が這い出てきた。

 身の丈三メートルはあろうかというドス黒く変色した肌の醜悪なゴブリンだ。

 

 その姿を見たゴブリン達は色めきだち歓喜の声を上げると、途端に迎撃へと移行する。

 逃げ回っていたゴブリンさえも目を血走らせベルさん達に襲いかかっていったのだ。


 更には今までわたしとツェティさんなど目にも入っていないようだったのに、その中の十匹程がこちらに向かってきた。その様子にツェティさんの瞳が好戦的に煌めき、唇が弧を描く。


 ツェティさんは晶術を展開し、無数の水の矢を作り出すと次々とゴブリン達を貫き数を半数にまで減らした。そしてメイスを閃かせると残る数匹めがけて突っ込んでいった。

 わたしも遅れじと晶術で援護する。ツェティさんの背後から襲い掛かろうとするゴブリンを爆砕し、炎で牽制する。数匹程度ならわたしの援護がなくてもツェティさんは歯牙にも掛けないようだったが、それでもこちらを振り返り「ありがとうございます」と声をかけてくれた。


 こちらの敵が片付き、ベルさん達の方に目をやると巨大な影とベルさんが対峙していた。


「なるほど、魔晶化の個体か。道理でゴブリン如きが統率されている訳だ」


 ベルさんは合点がいったとばかりに呟いた。


「こいつは俺が相手をする! お前達は雑魚を頼む!」


 そう言い放つと巨大なゴブリン、どうやら魔晶化した変異体であるらしい個体に向かっていく。


 その声にわたしとツェティさんも前に出て雑魚の掃討に加わった。


「セトアさん、あまり無理をなさらず、わたくしの後ろにいてくださいませ。先程の要領で援護していただけると助かりますわ」


 ツェティさんの言葉に頷き晶術の準備に入る。

 チラとベルさんに視線をやればその体格の差に一抹の不安が過ぎる。でも、早くこちらを片付ければわたし達も加勢できるだろうと今は目の前の敵に注力する。

 

 しかし、鬼族に出会でくわしたのも初めてだが、更に魔晶化した個体までこの目にしようとは思っていなかった。魔晶化自体珍しい現象のようで晶素を過剰に取り込んだ際に変異するらしい。魔晶化した個体はどうやら凶暴化しその見た目も大きく変わるようだ。普通のゴブリンは緑がかった体色をしているのに比べ、この魔晶化した個体は黒く変色し体も数倍大きく、その手には巨大な鉄の戦斧を握っている。知能も若干上がっているらしく、普通のゴブリンが単純な攻撃しかしないのに比べ、晶術も混ぜ込んだいやらしい攻撃をしていた。


 それでもベルさんは攻撃をいなし、晶術を躱し果敢に攻め込んでいく。

 しかし、攻撃を叩き込もうとするものの、その巨体に見合わぬ素早さで防がれてしまい、なかなか思うようにダメージを与えられていないようだ。武器を見ても細い剣と鉄の頑丈な戦斧では競り負けてしまい、ユウザの時のように武器破壊を狙うもいなされている。


 この様子を見ても来訪者より魔晶化の方が断然厄介なようだった。もしかしたら生に対する貪欲さが違うのかもしれない。来訪者はチートの余裕が油断に繋がることもあるだろう。ユウザの例にしてもスポーツ感覚で参戦している者も多いのかもしれない。それに比べたら野生で生きる鬼族の方が生に執着しているだろう。

 

 わたしはゴブリンの相手をしながらそんな事を考えていた。

 ただでさえ初心者なのに余計な事を考えてしまって、それがいけなかったのだろう。ツェティさんの脇をすり抜けてきたゴブリンの一撃を頭に喰らい吹き飛ばされた。ツェティさんが慌てて追撃し事なきを得たが額から一筋の血が流れ落ちる。


「――っ!」


 それを横目に見たベルさんの気が一瞬逸れた。

 そこに間髪入れず戦斧の一閃が撃ち込まれ、それを防ごうとしたベルさんの右腕が刎ね飛ばされる。


「っ! ベルさん!」

「チッ」


 ベルさんは舌打ちすると後退し振り返るとわたしの無事を確認し、再び魔晶化ゴブリンと睨み合う。その背中は静かに怒気を孕んでいた。


――どうしよう!? わたしのせいだ……、わたしのせいでベルさんの腕が……!


 青ざめるわたしの手を取ってツェティさんが囁く。


「ベルさん……、ベルさん!」

「セトアさん、大丈夫ですから。落ち着いてくださいませ」

「でも、腕、ベルさんの腕が!」

「大丈夫、大丈夫ですわ。ヨウ様、そちらはお任せしてもよろしいですか?」

「あぁ! もうオレ一人で十分だ!」


 雑魚の数はもう数匹にまで減っていたのでツェティさんは残りをヨウさんに任せてわたしの気持ちを落ち着かせるために肩を抱いてくれて、そのままベルさんの戦いを見守るように寄り添った。


「ベルさんに加勢しましょう! あの腕じゃ満足に戦えないでしょう!?」


 わたしはそう言ってツェティさんの腕を振り解こうとしたがツェティさんは首を振り、わたしをしっかりと抱き抱える。


「大丈夫ですわ。これは必要な事です」


 わたしは言われた言葉の意味が分からずまたベルさんに視線を戻す。


 ベルさんの切断された右腕からは血が滴り落ち、武器も無しにあの怪物と戦うのは無理だと思った。しかし、ベルさんはそれすら気にした素振りを見せず突っ込んでいく。


 魔晶化ゴブリンが戦斧を振り上げベルさん目掛けて振り下ろすも、それをすんでで躱すと脇で受け力任せにその太い腕を引きちぎった。辺りに血飛沫が飛び魔晶化ゴブリンが呻き声を上げる。さらに膝に蹴りを叩き込むと骨の折れる嫌な音がこだまして巨体は膝をつき前のめりに倒れ込んだ。すかさずその背に駆け上り心臓めがけて左の手刀を突き入れると魔晶化ゴブリンの断末魔が洞窟に鳴り響き大音響となって耳を打つ。

 

 分厚い体を貫いた腕を引き抜くとそこにはドス黒く蠢く塊が握られ、繋がった血管が千切れ血が舞う。左腕は肩まで朱に染まり、返り血を浴びて凄惨な姿のベルさんの瞳は銀色に輝いていた。


――銀色? ベルさんの瞳は緑じゃ……。


 それにさっきまでは攻めあぐねていたのに今は完膚無きまでに圧倒している。

 そのあまりに様変わりした姿に恐怖心さえ抱き、困惑するわたしを他所に、蠢く塊、心臓であろうそれをベルさんが炎で焼き尽くすと魔晶化ゴブリンは痙攣を繰り返し沈黙した。


 ベルさんはその背から飛び降りると落ちていた自身の右腕を拾い、傷口に押し当てた。

 すると瞬く間に傷は消えくっついたではないか。

 その衝撃的な光景にわたしは驚きが隠せなかった。

 しかし、ベルさんは何事もなかったかのように握ったり開いたりを数度繰り返し具合を確かめるとわたしの方にやってきた。


「怪我は大丈夫か……?」


 屈み込み気遣わしげにそう言うベルさんの瞳はまだ銀色で、差し出された右腕にびくりと肩が揺れた。

 わたしの反応に伸ばされた右腕は空を切り、握り締められる。


――違う……!


 俯くベルさんにわたしは間違えた事を咄嗟に理解した。


「ベルさん、ちが……っ!」


 ベルさんは立ち上がると、もうわたしの顔は見てくれずヨウさんの元へ行くとこの後の算段をつけているようだった。


――ベルさんを傷つけた……。馬鹿だわたし。


 こぼれそうになる涙を必死に堪えて立ち上がると、ツェティさんが心配そうに覗き込んでくる。そっと背中を撫でてくれるツェティさんに「ごめんなさい」と呟くのが精一杯だった。

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