第46話 落ち人の村


※流血、残酷な表現を含みます。

 苦手な方はご注意を。


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 森に入ると馬車はさらに大きく揺れた。

 御者台側の小窓から外を覗くと、多少人の往来があるのか細いながらも道と呼べる物が通っていてなんとか馬車を走らせているが、もちろん舗装などされているはずもなく、枝葉が幌を叩く音が耳を打ち、至る所に伸びた木の根に乗り上げ上下に飛び跳ねる。

 わたしは荷台から放り出されないように必死でツェティさんにしがみつき、じっと耐えながら襲撃を受けているであろう人々の無事を祈った。


「見えた!」


 数分経った頃、ヨウさんの声が上がる。

 外を覗けば、丸太の塀に囲まれた集落から黒煙が立ち昇り、逃げ惑う人々の声が聞こえてきた。


 集落の入り口に馬車を停め、わたし達は走り出ると戦闘態勢に入る。


 ヨウさんの宣言通り、多数の鬼族、ゴブリンが食料や物資を強奪し、人々を傷つける騒然とした現場を目の当たりにして肌が粟立つ。こんな凄惨な事態に遭遇した事なんて今まで一度もないわたしは二の足を踏んだ。

 しかし、そんなわたしを他所に、ベルさんは剣を抜き放ちゴブリンの群れに突っ込んでいく。ヨウさんもそれに続いた。


 思いがけない乱入者にゴブリン達は一瞬動きを止めたが、新たな獲物に雄叫びを上げ襲いかかってくる。


 ベルさんは群れなす敵を物ともせず一太刀で首を刎ね、心臓を突き、胴を薙ぎ斬り伏せていく。

 ヨウさんも普段の温厚さからは想像もつかない荒々しさで拳を叩き込み、その鋭い爪で切り刻んでいた。


 そんな中で棍を握りしめ立ち尽くすわたしの肩をツェティさんが優しく叩き、力強く頷くとわたしを背にして向かってくるゴブリン相手に、手にしたメイスをまるで新体操のクラブのように軽やかに操り、狙い定めて頭蓋を粉砕していく。


 わたしは頭を振り恐怖を無理矢理押し込めると深呼吸をして術を練り上げ、村人に襲いかかるゴブリンを爆散させる。

 

 狼の時もそうだったが、今回は人型の敵だ。それを傷つけるという行為に罪悪感は増すが、相手は鬼族。手を緩めればこちらが死に目に合う。わたしのせいでベルさん達が傷つくのは絶対に我慢できなかった。


――敵。敵だ!


 そう言い聞かせてゴブリンを炎で巻き、爆発を叩き込み死に追いやる。

 辺りは血と生き物の焦げる異臭が立ち込め凄惨を極めた。


 ゴブリン達は半数が倒されると流石に分が悪いと悟ったのか逃げ腰になってきて、森へ逃げ出そうとする者も出てきた。

 それを見てとったベルさんが声を張り上げる。


「逃すと面倒だ。出口を炎で塞げ!」


 その指示に従ってわたし達が入ってきたのとは反対側、森の奥へ続く門を炎の壁で塞ぐ。

 術の維持には晶力を継続的に消費するので他の術は使えないが、今はゴブリンを逃さない事に集中する。

 知識では得ていた技術だが実戦で試すのは初めてだ。上手くいったことに安堵した。


 ゴブリン達は炎に突進する勇気はないのか、門の前で右往左往している。

 そこへベルさんとヨウさんが斬り込み次々と死体の山を築いていく。


 そうして三十分ほど経った頃、ようやっとゴブリンの群れを一掃できた。

 少しばかり逃してしまったのは惜しまれるが、これで安心できるだろうと肩の力を抜く。

 

 ベルさんとヨウさんも残党がいないか確認しつつこちらに戻ってきてホッと息を吐いた。


 辺りを見れば、村人達が遠巻きにこちらを窺っている。

 その中から一人の初老の男性が恐る恐るといった体で進み出てきた。


「あの、ありがとうございます。お陰で助かりました。なんとお礼を言ったら良いか……。私は村長をしておりますカイロと申します」


 村長と名乗るその男性は深々と頭を下げ感謝を述べた。

 ベルさんはそれを横目に見ながら剣を納めると村の惨状を見渡す。


「これが初めての襲撃か? ゴブリン共は慣れている様子だったが」


 その言葉に村長さんは項垂れ首を横に振る。

 村人達からも諦めの空気が漂っていた。


「いいえ、この半年程、定期的に襲撃にやってきます。僅かな備蓄も奪われどうすることもできず……」


 その重い空気にヨウさんは呆れたように肩を竦めた。


「なんでフォウの町に助けを求めねぇんだ。ここから半日も経たない場所だろうに。自警団を雇うのに金はかかるが根こそぎ持ってかれるよりは良いはずだろ。何か理由でもあんのか?」


 村長は視線を彷徨わせ言葉を詰まらせている。

 その様子にわたし達は目線を通わせ村長さんが口を開くのを待った。


「……ここは、その、犯罪者の家族が集まってできた村なんです。町で迫害を受け逃げ出さざるを得なかった者や、訳ありの者が集まって細々と暮らしています。この村はフォウの町でも無い物とされていて、助けになど来てはくれません……」


 そう言って肩を落とす村長さんにわたしは言葉が出なかった。

 確かに犯罪者の家族というのは肩身が狭い物だろうけど、だからといって見殺しにはできない。ベルさんに目をやると、彼も思う所があるのか顎に手を当て少し考え込んでいるようだった。


「巣の場所は分かるか」


 唐突に切り出すベルさんに村長さんは目を見開いて驚いていた。まさか手助けしてもらえるとは思ってもいなかったのだろう。村人達からも俄かに歓喜の声が上がった。


「よろしいのですか? 私達には何もお渡しできる物は何も無いのです。本当に……」


 目を潤ませ震える村長さんにベルさんは頷いてみせた。


「まぁ、仕事の一環だ。放っておけばフォウの町にも被害が出るかもしれないしな。日が暮れる前には到着したい。地図が書ける者はいるか」


 善は急げとばかりに村は活気付いた。

 涙を流して喜び合う村人達に、わたしも少しばかりだけど役に立てた事が嬉しくなる。


 もう昼時を過ぎている。日暮れまでに巣に着くにはすぐにでも出発せねばならなかった。早速書いてもらった地図を受け取り、森の奥へ向かい出発する。


 地図のとおりに細い獣道が続いていて、2度ほど目印の大木を過ぎれば開けた場所に出た。そこには大きな洞窟が口を開いており、数匹のゴブリンが見張りに立っている。


 わたし達は茂みに隠れて様子を窺い作戦を立てた。

 時間は村を出てから数時間経っており陽も傾きかけているから急がなければならない。鬼族は夜にその真価を発揮するから。


「やり方はさっきと同じだ。俺とヨウが先陣に立って斬り込む。ツェティはこいつを援護しながらすり抜けたやつを叩け」


 ベルさんはひとつ息をつくとわたしを見つめ、励ましも込めて言葉をかけてくれた。


「さっきはよくやった。あの調子で後衛から術を使え。俺達も絶対奴らをお前に近づけさせはしない」


 力強いベルさんの声にわたしもしっかりと頷き、覚悟を決める。

 その決意が伝わったのか、ベルさんはわたしの頭を撫で微かに微笑んだ。


「夜までに終わらせるぞ。あの巣のデカさだ。何が出てくるか分からない。気合入れろよ」


 今までにないベルさんの言葉にごくりと喉がなった。

 皆で視線を交わし合いいざ、敵陣へと乗り込む。


 まずはベルさんとヨウさんが飛び出すと、それを見つけた見張りが耳障りな警戒音を上げる。向かってきた見張りを素早く片付けるがその断末魔を聞きつけたゴブリン達が巣からワラワラと溢れ出してきた。


 わたしもツェティさんと共に戦場に足を踏み入れると呼吸を整え、術に集中する。


 こうして戦いの火蓋は切って落とされた。

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