第43話 エマージェンシー
――警告。リンゼルハイト連合国との通信回線が遮断されました。
突如入った報告にわたしは思わず立ち上がる。
遮断……、完全に見捨てられたという事?
いや、考えようによってはあちらと関係が絶てるならいい事なのかもしれない。
でも、そうなればただでさえ役立たずなのに、多少なりと得られていた情報も引き出せなくなりさらにベルさん達の足をひっぱてしまう事になるかも。わたしは何よりそれが怖かった。
青ざめた顔で震えるわたしの肩を横に並んだベルさんが優しく抱く。
「どうした? 何かあったのか?」
ゆるゆると視線を横に向ければ、余程酷い顔をしていたのだろう、ベルさんの瞳が揺れ気遣わしげにわたしを覗き込んでいた。
わたしはひとつ息を飲んで、まだ止まらない震えを抑え口を開く。
「あちらとの通信が途絶えました。詳細はまだ聞き出せていませんが……」
立ち尽くすわたしの手を優しく取り、ベルさんはゆっくりと座るように導く。
腰を下ろすと何も言わず、わたしを落ち着かせるように背を撫でてくれるベルさんの暖かな手に段々と緊張が解けていった。
ゆっくりと深呼吸を繰り返し息を整える。
「ありがとうございます」
震えが止まった手を確認してそうベルさんに微笑みかけると、ベルさんも安心したように頬を緩めた。
そして改めてナビに問いかける。
――ナビ、状況はどうなっているの?
するとすぐさま返答が返ってきた。
――担当官イコナ・ハインコーフが背任の責で逮捕された模様。現場の状況判断により回線が遮断されました。緊急モードに移行します。
あいつが逮捕?
やっぱり何かしでかしたんだという思いと、淡々としたナビの声がまた緊張を呼ぶ。
じっとナビの声に耳を傾けるわたしを、ベルさん達は辛抱強く見守ってくれていた。
それだけで心を強く持てる。
ひとつ息を吐き、続きを促す。
――緊急モードだと何が違うの? スキルとかは購入できる?
ベルさん達への恩返しのためにも重要な事だ。
しっかり確認を取るべきだろうと問いかけると、帰ってきた答えに肩を落とす事になる。
――スキル購入は可能ですが制限あり。バックアップ用の圧縮データを解凍する為インストールに時間がかかり、完全に適応されるまでにタイムラグが発生します。ドーピングに関しても、圧縮収納されている薬剤の供給が途絶えるため投薬回数に制限あり。データを参照します……、残り投薬可能回数五回。購入にかかる金銭はデータ上でのやりとりとなり、通常モードに戻り次第リンゼルハイト連合国へ送金されます。なお、月々の報奨金は回線遮断のため受け取り不可能となります。また、インベントリ・リングの機能は使用できますが相互間での転送は利用できません。
詰んだというのはこういう事だろう。
金は取るだけ取って実際使えるようになるまでに時間はかかるは、報奨金は支払われないは、いい事がひとつも無い。ドーピングもあと五回って……五ヶ月で底をつくじゃ無いか。
まぁ、インベントリ・リングが使えるだけマシか。
あまりの対応に頭を抱え項垂れているとツェティさんが声をかけてくれた。
「セトアさん? 如何されました? お気を確かに」
その声になんとか笑みを返して事の顛末を掻い摘んで説明する。
「なんて事ですの!? 勝手にセトアさんを採用しておきながらこの始末!
ツェティさんは爪を噛み憤っている。
こんなツェティさんは見た事が無くて、わたしのために怒ってくれる事に不謹慎かもしれないが嬉しく思ってしまった。
ベルさんとヨウさんも一様に怒りを露わにし、怒気のこもった眼差しでここにいない相手を睨んでいる。
と、不意にヨウさんが閃いたというように手を打った。
「ん? ちょっと待てよ。って事は例の
その言葉にベルさんも考え込んでいる。
「そうですわね。いざとなればベル兄様がどうにでもできますもの」
ツェティさんも同意しながら頷いている。
その様子を見ながらベルさんはわたしに無言で視線をよこしてきた。
目を合わせながらひとつ頷くとナビに問いかける。
――
その回答は期待外れもいい所で。
――否。
それを皆さんに伝えるとまた怒りの空気が場に満ちる。
ヨウさんなんかは頭を掻き毟りながら怒りの矛先を見出せずにいるようだ。
「ほんっと身勝手な連中だな! んな奴らが竜皇国にいようもんなら晒し首だぜ。おい! どうするよベル。まさかこのまま引き下がる訳じゃねぇよな!?」
ヨウさんが机を強く叩きながらベルさんに詰め寄る。
しかし、ベルさんは苦々しくも吐き捨てた。
「俺だってできる物なら粉々にブチまけてやりたいが、いかんせん相手は遠く離れた場所にいるからな。今は手が出せん。とにかくこいつを無事に竜皇国に送り届けるのが先決だ」
不承不承というように頭を振りながらヨウさんに言い含める。
その言葉にヨウさんは苛立ちを隠せないようだった。
わたしは逆に意外に思った。
ベルさん達にとってわたしの利用価値は来訪者としての力だけだ。
それなのに、こんな何の力も無くなったわたしをまだ助けようとしてくれている。
そう思うと言葉が
「なんで……、わたしなんて、もうなんの利用価値も無いんですよ? それどころか厄介事しか持ち込まない。それなのに何故わざわざ竜皇国まで連れて行ってくれるんですか。どうして……」
半ば呆然と呟くわたしにベルさんは不思議な顔をした。
まるでそんな事を言うわたしの方が理解できないかのように。
「何故って……、俺たちの方からお前を保護すると言ったんだ。こんな状況だからこそ尚更だろう。お前は何も心配する必要はない。俺……達が守る」
ベルさんはそう言いながらわたしの頭を撫でた。
ヨウさんも「任せとけ」と胸を叩き、ツェティさんは微笑む。
でも、わたしは首を振った。
「嫌です。守られるだけなんて! わたしもお役に立ちたいんです。お願いします。どうかわたしも……」
仲間に。
その言葉は喉に
自分でも己の非力さは痛いほど分かっている。
まだまだ子供で体も小さいし、力も無い。
それでも、この人達とは同じ場所にいたかった。
ただ守られるだけでは満足できなくて、身勝手な我が儘だと分かっていても望まずにはいられなかった。
俯き、嗚咽を漏らすわたしの頭をベルさんは優しく包んでくれた。
労わるように、慈しむように、ゆっくり撫でてくれる。
思いもよらないその行動にわたしは身を固くし、恐る恐る顔をあげると間近にベルさんの顔があり、深い緑の瞳がわたしを見つめていた。
暖かく、いい香りがするベルさんの腕の中、ふわふわとした心地になる。
しばらく見つめ合っていると、ヨウさんが咳払いをしてハッとしたわたし達は慌てて距離を取った。
「そういう事は二人っきりの時にしてくれ」
呆れたように肩を竦めるヨウさんに「お前にだけは言われたく無い」とベルさんが食ってかかっていた。
ヨウさんは隙あらばツェティさんの腰を抱きキスをしているから、それをベルさんが指摘すると「俺は良いんだ」と胸を張って開き直った。
そんな二人を見ながらツェティさんと笑い合う。
一頻り
「お前の言いたい事は分かった。だったら晶術を磨け。スキルに頼らず、お前が力を得るにはそれが一番いいだろう。協力なら惜しまない。なんでも言え」
ベルさんのその言葉はわたしの希望になった。
その日から以前にも増して晶術の訓練に勤しむ事になる。
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