残された人々2
イコナ・ハインコーフは辟易としていた。
鈍色の個性のない事務用の椅子に座り、長い足を組みコーヒーをすする。
その手元には一人の少女の調書が握られていた。
興味なさげにページを
――くだらない。領土拡大? 天然資源? お偉方には重大事項かもしれないが末端の僕には何の腹の足しにもならない。無能な猿に莫大な金を出すくらいなら僕みたいな優秀な人材に投資すればいいのに。
彼は放り投げた資料を憎々しげに睨みつける。
イコナ・ハインコーフは所謂試験管ベイビーだ。
政府の施設で優秀な遺伝子を組み合わせて作られた、純粋培養の政府構成員。
だが今の地位に満足していなかった。
士官候補生として高い教育を受けてきたのだ、本来ならもっと上の、幹部にだってなれるスペックを持っていると自負している。
しかし、与えられた仕事は未開惑星の陣地争いに投入する現地工作員の管理。
――こんなの僕の仕事じゃない……! 今までだってごく簡単な事務仕事ばかり! 僕には人一倍優れた能力があるのに! なのに与えられる仕事はまるで子供の遊びだ!
苛立ちを隠そうともせず机を殴りつける。
ここは宿舎に設けられた自室だ。プライバシーも守られているため誰の目も気にせず存分に悪態をついた。
――ふん。まぁいいさ。工作員の選定を担当官に一任するなんてお歴々もボケたものだよね。下手に延命するから脳も寿命なんじゃないの。ま、お陰で今回も儲けさせてもらったし、後は適当に報告して報奨金も僕の物。小猿なんかには五百万ジード(日本円で約五千万)なんて勿体ない。こういうの小猿の星の言葉でなんて言ったけ。あ〜そうそう! 豚に真珠! 猿じゃなくて豚だったか!
薄暗い部屋で遺伝子操作で作られた綺麗な顔を歪め嘲笑う。
猿と交信なんて鳥肌物だと双方の通信は切っていた。
花子を工作員に選んだのは単に買いやすかったから。
あの家族は花子を蔑んでいたし、金をチラつかせれば容易に食いついた。
子供にしたのも騙しやすかったから。
イコナはくつくつと笑う。
――豚の分際で僕の手を煩わせたんだ。せいぜいもがき苦しむがいいよ。
イコナが不承不承この仕事を引き受けたのは花子に渡るはずだった大金を横領するため。
自分にも任官用のナノマシンが潜んでいるが、クラックして偽装してある。
今までだって誰にも気づかれず悪事を働いてきた。
そう高を括っていたのだが。
突如、ドアが火花を散らした。
重い自動式のドアは内から鍵をかけていたのに、それを無理矢理破壊して突入してきたのは重装備に身を固めた国家憲兵供だ。
数人の男達が盾を構え入り口を塞ぐ。その手には重々しい銃が握られイコナに標準を定めている。その後ろから隊長らしき人物が声を張り上げた。
「イコナ・ハインコーフ! 貴様を業務上横領、並びに背任罪で逮捕する! 抵抗すれば容赦なく射殺するからそのつもりでいろ!」
隊長らしき男が手で合図をすると隊員が銃を突きつけイコナを机に張り付けると、腕を捻り上げ後ろ手に手錠をかけた。
「連れて行け!」
イコナは突然の出来事に混乱していた。
――何故!? バレるはずない! 巧妙に細工をしてきたのに!
引きずられるように連行される様を遠巻きに同僚達が眺めている。
指差し嘲る同僚たちの顔。その屈辱にイコナの顔は赤黒く染まり美しい顔を醜く歪めた。
――こんなはずじゃ……! 僕はもっと上に行くべき人間なんだ!
しかし、これだけの規模で逮捕に踏み切った憲兵共を思えば、確固たる証拠が揃っているのだろう。
自分の行く末には無残で惨めな制裁が待っている。
そう確信したイコナは項垂れるしかなかった。
そうしてイコナが連行されて行った後の部屋では家宅捜査が行われていた。
一人の年若い憲兵が机の上の調書に気づき年配の上司に問いかける。
「アイツが担当していたこの子、どうしますか?」
その問いかけに上司は鼻で笑い手で追い払った。
「そんな雑魚構う必要はない。こっちにはイーズって大本命がいるんだからな。面倒だから回線切っとけ。遅かれ早かれ勝手に野垂れ死ぬだろ」
下っ端だった年若い憲兵は哀れに思いつつも、自分如きが反論できるわけもないと机上のコンソールを叩いた。
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