第42話 作戦会議

 カフェでの食事を終わらせて宿に戻ると、すでにツェティさん達の姿があった。

 ベルさんがどういう伝え方をしたのか、ツェティさんがわたしを見るなり駆け寄ってくる。


「セトアさん! お怪我はございませんか!? ベル兄様がご一緒でようございました。わたくし居ても立っても居られず急いで戻りましたのよ」


 そうい言いながらわたしの体を注意深く検分するツェティさん。

 心配してくれる事が申し訳なくもあり、嬉しくもあった。地球では誰も心配なんてしてくれた事なかったから。


 心配気にわたしの顔を覗き込むツェティさんに「大丈夫」と言いながらお礼を告げる。

 その様子を見ていたベルさんが何故か苛立ちながらわたしの手を引いた。


「落ち着けツェティ。こいつに怪我はない。俺がそんなヘマするわけないだろう。それより話したい事がある。来訪者についてだ」


 その言葉にツェティさんとヨウさんが身を固くする。


 しかし、ツェティさんがわたしを気遣い、待ったをかけた。

 先に着替えてくるようにと言ってくれたのだ。確かに埃っぽいしありがたく言葉に甘えてベルさん達の部屋を出て自分の部屋に戻りクローゼットを開ける。


 さっきツェティさんはシックな紺色のワンピースを着ていたから、わたしもそれに合わせて白い襟で薄茶のシンプルなワンピースを選んだ。袖口や裾に透かし刺繍の入ったお気に入りのひとつだ。


 さぁ着替えようとブラウスのボタンに手をかけた瞬間、ベルさん達の部屋から「はぁぁぁぁぁぁっ!?」と言うヨウさんの奇声が聞こえ、ビクッと肩を揺らす。

 ドキドキしながら様子を窺っていたがその後は静かな物で、なんだったんだろうと首を捻りながら手早く着替えを済ませた。


 髪を梳き埃もさっぱりした所で準備も整いベルさん達の部屋に戻ると、何故かベルさんが耳まで真っ赤な顔を手で覆って立ち尽くしていた。


 わたしが来た事に気づいたベルさんは咳払いをして取り繕うように表情筋を引き締めるが、未だに顔は赤く火照っている。


 わたしには状況が飲み込めず頭に?マークが飛び交った。


 ヨウさんがその様子を見ながらニヤニヤしていたが一転、ベルさんが鋭い目つきで場を見渡すと、一同が神妙に顔を見合わせ頷き合った。

 ヨウさんとツェティさんは一人がけのソファーに、わたしをカウチに促しその横にベルさんが腰掛け、口を開く。


「これまで来訪者とは幾度かやりあったが、その全てに逃げられている。だがそれが変えられる事がわかった」


 そう言うとわたしに目配せをする。

 わたしはひとつ頷き話を引き継いだ。


「はい。どうやらわたしをこの星に落とした組織は、他の組織とこの星を巡って争っているようなんです。今日出会った来訪者は代理戦争だと言っていました。この星に落とされた者同士が戦い、勝ち残った組織がこの星の覇権を握ると。ナビにも確認しましたが同様の事を聞かされました。ただ、わたしは今日までこの事を知りませんでした。ナビを問い詰めても契約は交わされているの一点張で。契約書にサインがあるとも言いましたが、そんな物した覚えはありません。大体、こんな子供のサインに執行力があるのか……。わたしの担当官と言う人にも問い合わせようとしたんですが、通信に制限がかけられていて連絡が取れませんでした。本当にすみません。こんな身勝手な事に皆さんを巻き込んでしまいました」


 俯きながら滔々と語るわたしの背をベルさんが優しく撫でる。


「その代理戦争を奴は決戦シーズ・レイと言っていた。敗者はインベントリ・リングとナビを破壊され、無力化されると。これを利用すれば無法者の来訪者を裁きに掛けることができる。こいつの代理人として俺が出ても問題ないようだから、今後も俺が対応しようと思う」


 その一言にわたしは驚きの声を上げた。


「そんな! 無関係のベルさんにそんな事させられません! お気持ちは嬉しいですが、これはわたしがやるべき事です。だからわたしが……!」


 そう縋って言ってもベルさんは首を振り、わたしをひたと見据える。


「そう言うが、投薬での成長にも制限がかかっていると言っていたな。今のお前にああいった手合いの相手が務まるとは到底思えない。ボロクズのように伸されて終わりだろう。俺はそんなのは見たくない」


 そのセリフにヨウさんが軽く口笛を吹くと、ベルさんがそれをキッと睨みつける。

 

 そんなやりとりにも気づかずわたしはベルさんの厳しくも優しい言葉に項垂れた。

 確かにベルさんの言い分は正しい。

 でも、わたしが負けたところでマイナス要素は無いに等しいのだ。ほぼ機能していないインベントリ・リングにスキル、ドーピング。どれを取ってもベルさん達の役に立てていない。


 そう主張するも、ベルさんはまた首を振る。


「そう卑下するな。お前のおかげで来訪者を捕える目算が立ったんだ。それに、これはこちらにも利がある事だ。今まで散々罪を犯してきた奴らを刑に処せられるんだからな」


 それでも、やはり申し訳なさが込み上げてくる。

 何の役にも立てず、迷惑ばかりかけて情けなくなり、スカートを握りしめた。


 そんなわたし達のやり取りを見ていたヨウさんが不意に声を上げた。


「奴らはその決戦シーズ・レイってのでこの星が手に入ると思ってるんだろ? それなら何で嬢ちゃんみたいな非力な子供を使うんだ? 意味がわからねぇ。他に何か目的があるのか、その担当官ってのも怪しいよな。もしかして横領とかしてたり?」


 ヨウさんは笑いながら気軽に声に出したようだが、あいつの態度を思い返せばそれもあり得るかもしれない。わたしの事を猿だと言ったんだから、大金を渡す事に反感を覚えたとしてもおかしくない。

 

 急に黙り込んだわたしをベルさんが訝しみ、肩を叩く。


「どうした。思い当たる節でもあるのか?」


 わたしは今思いついた事をベルさんに告げた。


「思い返せばあちらから何の催促も無かったんです。本来ならこの星の情報を送るというのがわたしに課せられた任務でした。それなのに何にも無い。今確かめたんですが、ここに来て一ヶ月が経ちますが毎月払われるはずの報酬も入金されていません。そちらも通信が制限されています。担当官より上への連絡もできません。ヨウさんの言う事もあながち間違いじゃ無いのかも」


 その言葉に一同が呆れ返りため息がこぼれた。

 もしそうだとしたら本当にバカにされたものだ。わたしにこんなに頼れる仲間ができるなんて思っても見なかったのだろう。最悪、わたしが死んでも報告せず報奨金を着服し続けるつもりだったのか。


 そこでツェティさんが頬に手を当て疑問を投げかける。


「しかし、そうだとしましたらこちらの状況もわかっているのではありませんか? その事に関しても通信は無いのですよね。一体何がどうなっているのか……」


 確かに。

 今のわたしの状況は代理戦争には有利なはずだ。それなのに何の通信もない。

 まさか、こちらの情報も切っている……?

 あいつならやりかねない。猿の動向など些末な物なのか。


 その時、タイミングが良いと言うのかナビが警告を発した。


――警告。リンゼルハイト連合国との通信回線が遮断されました。


 それはある意味、想像通りの展開だった

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