第40話 獅子奮迅
大剣を携えたユウザと、短剣を手にしたベルさんが対峙する。
それを遠巻きに大勢の野次馬が取り囲み、通りは封鎖されているような状態に陥っていた。
手にした獲物を比較しても一見してベルさんが不利なのは多少学んだとはいえまだまだ素人の私でも分かる。あまりに間合いが違いすぎたから。
ベルさんは確かに強いがステータスが無いので力量差が掴めないのも不安を掻き立てる要因だ。
どうしよう。これは本来ならわたしが片付けなければならない事なのに、情報と状況の混乱で頭が回らない。
そうこうしているうちにベルさんがユウザの間合いにまで迫った。
「はっ! そんな玩具で俺様とやりあおうってか⁉︎ カッコつけやがって。ずたぼろにしてやんよ!」
ユウザは大剣を上段に構えて駆ける。
周りの屋台も巻き込みながらベルさんに迫り大剣を振り下ろすがさらりと躱され勢い余って石畳を粉砕した。それでも意に介さず大剣を引き抜くと力任せに振り回しベルさんを追い立てる。
ベルさんは短剣の間合いに入れず苦戦を強いられているように見えた。
近づこうとするものの間髪入れずに猛攻撃が体をかすめ、間合いを取らざるを得なくしている。
「どうした⁉︎ ちょこまかと逃げ回りやがって。威勢がいいのは最初だけか⁉︎ 原始人が来訪者様に楯突くから痛い目見るんだよ! とっととくたばりやがれ!」
ユウザが横に薙いだ剣戟を身を屈め躱すと、脚の屈伸を利用して一気に間合いを詰め瞬時に胸元に潜り込むと首元めがけて剣先を滑らせる。
しかし、突如風が巻き鎌鼬となってベルさんを襲った。ユウザが晶術を放ったのだ。
ベルさんが高く跳び疾風から逃れるとまたしても両者に距離が開く。
脳筋だと思っていたユウザが晶術を使うとなるとベルさんもやりにくいのではないか。
そう思いハラハラしながら見守っているとベルさんがポツリと溢した。
「邪魔だな。
そう呟くと構えもせず、スタスタとユウザに近づいていく。
「あぁ⁉︎ 舐めてんのか⁉︎」
激昂したユウザは剣を斜に構え腰を落とす。
「次で決める」
ユウザはニヤリと嗤い大きく一歩踏み込む。
「爆砕……奮迅!」
必殺技のつもりなのか声を張り上げ、疾風を纏った切っ先を下段から斬りあげる。
アニメや特撮なんかではよく聞く必殺技も、実際に目にすると興醒めするものだなと、他人事のように思った。もし呪文が存在する世界なら、わたしもアレをやらなきゃいけなかったのかと末恐ろしく感じる。
ベルさんに迫る凶刃に、ユウザは勝利を確信したのか愉悦に顔を歪めた。
しかし、ベルさんはそれを事もないように紙一重ですり抜け、拳を大剣に叩き込むと、巨大で分厚い鉄の塊が甲高い音を立てて根本から砕け散る。
剣戟も、切っ先に纏わせた鋭い風も、ベルさんの毛先一本すら傷つける事は無かったのだ。
耳障りな音を立てながら金属の欠片が辺りに飛び散る中、その様子をユウザは呆然と見つめていた。周りを囲う野次馬も息を呑み、一瞬の静けさが場を支配する。
「……は? なんだよおい。テメェなんなんだよ! ふざけんじゃねぇ! 二百万もしたんだぞ! それを……なんなんだ!?」
ユウザは剣先を失った柄を握りしめ、
そんなユウザの目前にベルさんは無言で立ち塞がり、そして地を這うような低い声音で。
「高い玩具だったな」
一言呟くと、いまだ喚き散らすユウザの横っ面を張り飛ばせば、巨躯を誇るユウザが
ガラガラと残骸が崩れ落ち、もうもうと砂埃が舞う中、しばらく様子を見るがユウザが立ち上がる事は無かった。
ホッと息をつけば、ナビがけたたましくファンファーレを響かせる。
例えるなら某最終幻想のアレだ。
――ユウザ・キリクの戦闘不能を確認。勝者、代理人ヴェレルキヌエス。事後処理に移行します。所持金の徴収、……
盛大なファンファーレのわりに淡々としたナビの音声が勝利を告げる。
しかし、わたしは素直に喜べなかった。
本来であれば、これはわたしが片付けなければならない問題で、ベルさんにも町の人々にも迷惑をかけてしまったのだ。知らなかった事とはいえ許される物でもないだろう。
服についた埃を払いながら、わたしの元へ戻ってくるベルさんに駆け寄る。
ユウザの攻撃は全て避けていたように見えたが、かすり怪我でもしていたら手当てをしなければと、ベルさんの周りをうろちょろしていると、呆れたような溜息が聞こえ大きな手が頭を撫でた。
「心配するな。どこも怪我はない。お前こそ巻き添えで傷でも
ベルさんの言葉に嘘はなく、服に
巻き添えを喰らったのはベルさんの方なのに、優しくわたしの心配をしてくれる。それが逆に辛くて涙が滲み、それを見られたくなくて下を向く。
「ごめんなさい。わたしのせいですね。町もこんなになっちゃって……。あの弁償とか出来る限りやらせてください!」
勢い込んでベルさんに訴えるも、おでこを小突かれ一笑に付された。
「お前は何も知らされていなかったんだろう? それを責めるほど落ちぶれてはいない。弁償なら、一生を賭けてでもあいつに償わせる。それより、事の成り行きをナビとやらから聞き出さなければならないな。残念だが、今日の散策は終了だ。宿で話し合おう」
そう言ってわたしの肩を一撫ですると、ちょうどそこへ衛士が駆けつけた。
ベルさんは事情を説明するために衛士の元へ向かい、何やら見せると急に衛士の態度が畏まったものになる。よく見るとベルさんの右手人差し指には指輪があり、どうやら身分を証明するものらしい事が見て取れた。この町に入る時も、あれを見せていたのだろう。
話が一段落すると、ベルさんは再びわたしの元へやってきた。
「待たせたな。もう昼も近い。せめてカフェで飯でも食って行こう。ヨウ達も呼び戻さないといけないな」
ベルさんが懐から笛を取り出し鳴らすと、以前の白い伝書鳥とは違った青い小鳥がやってきた。小鳥はベルさんの肩に止まると可愛らしい声で歌っている。
その足に言伝を結びヨウさん達の元へ羽ばたかせた。
ベルさんに促され近場のカフェへと歩を向ける。
振り返ってみれば、瓦礫の中からユウザが掘り起こされていた。意識は戻ったようだが、スキルを失い底上げされていた体力が落ちたのか、鎧の重みで身動きができない様だった。
ユウザはこれから衛士所に運ばれて裁かれるという。あの言動から前科も怪しい。
初めて遭遇した来訪者は、聞いていた通りの無法者だった。ユウザの話では、まだ他にも似たような連中がいるらしい。わたしは出来るだけ出会いたくないものだと、祈らずにはいられなかった。
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