第39話 芽生え ※ベル視点


 ハウゼンの元領主を捕らえ、事は一旦の結末を得た。

 ベンデードの衛士が元領主を牢へと引き立てて行き、拐われた少女達も無事家路に着くだろう。


 しかし、帰る家もない少女が一人。

 妹ツェリュシェスティア、――ツェティが寄り添う少女を見て、ヴェレルキヌエスは小さくため息を吐いた。


 剣を納め妹達のもとへ近づくと、ツェティが自分と親友であり腹心でもあるヨウを紹介している所だった。背の高いヨウを見上げながら握手を交わす少女を何とはなしに見下ろす。

 次に少女が自分と向き合えば怯えているのか伏せ目がちに見上げてきた。

 ヨウには笑顔も見せていたというのに自分にはいやに緊張しているようで面白くない。

 少女は数度深呼吸をするとようやっと声を絞り出した。


「ベレル、キヌエスさんには度々助けていただいて、本当にありがとうございます。お礼を言うのが遅くなってしまってすみません」


 そう言って深々と頭を下げる少女、セトアは舌足らずな言葉で謝意を表した。

 

「……ヴェレルキヌエスだ。間違えるな」


 発音が間違っている事を指摘すると間抜けた顔で呆気に取られていた。いくらか問答を繰り返すとツェティが割って入り何故かベルと呼ばれる事に落ち着き、いささか歩に落ちないながらもそれ以上問答する気にもならず良しとした。

 

 十中八九来訪者だと睨んでいた少女は、やはり遠い星から来た異人だった。


――今まで見てきた来訪者とは気質が違うのか? 暴れもせずに礼を言うとは対応に困るな。


 独りごちているとツェティが親身になって優しく声をかけていた。

 これまで気を張っていたのかセトアは堰を切ったように泣き崩れ言葉を詰まらせながら今までの経緯を打ち明けた。

 生い立ちや置かれた処遇を思うと居た堪れず、それからはツェティが気にかけていることもあり行動を共にする事になった。


 竜皇国への知らせを早駆けの伝書鳥で飛ばすとこの経緯が分かっていたかのように二日と経たずに了の返事が届き、全てが兄の手の上のようで気に入らない。気に入らないが逆らう事も自分の立場上できるわけもなく受け入れるしかなかった。


――はぁ……、また厄介事が増えたな。これ以上何もなければいいが。


 そう思っていたが、何故かセトアに教鞭を取る事が流れるように決まり辟易しながらもハウゼンの新領主が赴任するまでの間に晶術や格闘術を指南する日々が続く。

 

――面倒だ。

 

 最初はそれだけだった。

 しかし、拙いながらもベルの指導についてこようと必死に勉学に勤しむセトアは、自分にない物を持っているようで眩しかった。そんな風に感じた自分に違和感を感じる。

 この時からどこかが変わっていった。


 晩餐でセトアが纏うドレスは緑に挿し色の銀糸。それが自分の色である事に気づいた時、ツェティの入れ知恵かと恨めしく思った物だ。当の本人は何も気付いていないようでホッとするが同時にイラつきも覚えて見当違いも甚だしく八つ当たり気味に睨んでしまう。それにセトアは怯え、さらにイラつきは募った。


 四日目にして新任の領主が到着すると、すぐに出立の準備に取り掛かる。

 セトアは野営の準備も物珍しいのかツェティに付いて一つ々確認しながら覚えているようだった。


 準備に二日を要しようやく竜皇国へと出立する。

 途中、元領主の残党が襲撃に訪れたが何の気概もなく捕縛すると、セトアはいやに感心した風だった。それが何故か誇らしくて自分の感情が分からなくなる。


 自分はただの化け物だ。

 自嘲しながら芽生え始めた物に蓋をする。

 見ないフリをすればいつものように振る舞えた。

 

 しかし、時はそれを良しとしなかった。

 夕食用にと野草を採集しに行ったセトアの行方が分からなくなったとツェティが青い顔をして飛び込んできたのだ。その時、生まれて初めて絞め殺されるような焦燥感に苛まれた。

 なんとかツェティを落ち着かせヨウに託すと、セトアを探すため飛び出した。


――どこだ⁉︎ ツェティの話通りならばそう遠くはないはずだ。この森には肉食獣もいる。早く見つけなければ! 早く――‼︎


 目的地も何もない。ただ気配を探りながら森を巡る。

 数刻後、やっとセトアの微かな気配を掴み一直線に全力で駆けた。


 「セトア!」


 初めて呼んだその名前に胸が熱くなる。

 しかしそんな感傷に浸る間はない。

 

 そこには四頭の黒狼に囲まれ孤軍奮闘するセトアの姿があった。

 一頭は倒した様子で着実に訓練の成果が出ているようで嬉しくもあったが、残る四頭に手が出せない状況のようだ。傷つき戦うセトアの姿に怒りが湧き上がってくる。

 殺気を狼に叩きつけると血気に逸って襲いかかって来た一頭の首を断ち切る。劣勢を悟ったのか残りは森へと逃げ帰っていった。


 「怪我はないか?」


 そう問いかけると張り詰めていた緊張が解けたのかセトアはその場に尻餅をついた。

 体を検分するとあちこち青痣だらけではあったが大きな怪我が無いようでホッと溜息を吐く。


 歩けるかと問うと震える足を堪えて立とうと頑張る姿が可愛く思えた。

 今までそんな風に感じた事などなかったベルは、やはり自分は兄の手の上で踊らされているのだろうと詮無い事を考えながらセトアに背を向ける。


 背負って行こうと思っただけだが何故かセトアは焦り、ベルの服を掴んできた。

 不思議に思い背に乗るよう促せば、セトアは顔を真っ赤にして俯いた。


「し、失礼します」


 そう言いながらおずおずとベルの背中に身を預けるセトアになんとも言えない優越感を覚える。自分で自分が分からなくなる不思議な気持ちにベルはこそばゆくなり、他愛もない話で場を繋いだ。


 野営地に戻るとツェティがセトアに抱きつき散々甘やかし、ヨウはベルをからかいながらも安心した様子で笑っていた。

 

 それから二日後。

 宿場町のフォウに着くと何故かセトアと二人で出かける事になってしまった。

 年若い少女と出かける事など今までした事もないベルはヨウに助けを求めた。もちろん、そんな醜態はセトアには見せない。しかし、運悪くというのか部屋までヨウに会いにきたツェティにはしっかり見られ、翌日悔しい思いをするはめになるのである。


 翌日、待ち合わせをした宿の入り口で待っていると息せき切ってやってきたセトアに目を見張る。今朝方は変だと評してしまったが軽く化粧された顔は元々の可愛らしさを増し、ドレスとは違った質素だが華のある装いはとてもよく似合っていた。

 無言で見つめるベルを疑問に思ったのかセトアが首を傾げるとバツが悪そうに顔を逸らす。

 

「行くぞ。ボーッとしてたら置いていくからな」


 照れを隠すために素っ気なく言えばセトアは慌てて追ってきた。

 それさえも嬉しく思う自分がいる。本当にどうしてしまったのか、何がそうさせるのか考えても分からないことだった。

 町に出れば人でごった返していて気を抜けば流されそうになるセトアに服の裾を摘めと言えば、意外にクルものがあり一瞬足が止まる。それでも悟られぬように歩き出す。


 今日は穏やかに過ごせそうだ。

 そう思っていたのに。


 人波を掻き分け一人の大男が立ちはだかった。

 大男は大仰な手振りで何事か叫ぶとセトアに食ってかかった。

 

 どうやら来訪者同士の取り決めのようだ。

 この星の覇権を握るなど聞き逃せない情報もあったが何より気になったのはセトアの様子だ。チラとセトアに視線を移せば晴天の霹靂とばかりに青い顔でベルに縋ってくる。


 大男に視線を戻すと屋台を出たら目に破壊して回っている。

 こいつは血走った目でセトアを倒すと宣言した。

 メスガキと罵って。


――ぶっ殺す。


 ベルの怒りは一気に頂点に達した。


「なんでもありだったな」


 そう呟くと、短剣を抜きセトアを背に庇う。


 セトアはベルの手を取り巻き込みたくないと訴えてきたが、そっと押し返し頭をやんわりと撫でる。


 来訪者がどれほどの物か、数度に渡り対峙してきたベルには容易に測れた。

 セトアを愚弄した事を後悔させてやる。

 ベルはその時初めて明確な殺意を持って来訪者に向かい合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る