第38話 遭遇


 人波の中、突如として現れたのはガッチリとした体格の良い身の丈2mの大男。

 長身の男性はヨウさんで見慣れているとはいえこの男は横幅も広く、より大きく見えた。男臭い顔は髭に覆われ、いく筋もの傷が顔面を走っている。

 居丈高に腕を組み佇む男はその全身を黒鋼くろはがねの鎧で武装していた。

 背中には男の身長を優に越す大剣を佩き、わたしを見下したいやらしい笑みを浮かべている。


「おいおいおい、俺様の初戦がこんなメスガキとはな。ステータスも下の下。弱っちいな〜。ま、俺様もつくづく運がいい。さぁ、さっさとおっ始めようぜ」


 男は大きく腕を広げ大仰にのたまう。

 

 おっ始める?

 ナビもさっき戦闘態勢とか言っていたが、なんの話か見当もつかないわたしはオロオロするばかりでベルさんの服を摘む手に力が入る。

 

「お? なんだ? もしかしてお前も決戦シーズ・レイは初めてか? 見たところ投入されて日も浅いみたいだしな。まだガキだから把握しきれてねぇんだろう。うんうん、そうかそうか。んじゃこの俺、ユウザ様が直々に教えてやろう」


 男は相変わらず大仰な手振りでまくし立てる。それはどこか芝居じみて胡散臭かった。


決戦シーズ・レイってのは各国の代表が国の威信をかけて戦う、いわば代理戦争だ。相手を殺しさえしなければなんでもありのバーリトゥード! そのために銀河中から猛者が集められてる。敗者はナノマシンとインベントリ・リングを破壊されスキルも失う。更には持ち金も勝者の取り分だ。裸一貫でこの原始的な星に取り残されるって〜訳だな。最終的に勝ち残った国がこの星の覇権を握るって寸法だ! 勝ち抜けば報償金もたんまり貰える。こんな田舎の星で暮らすのは正直ごめん被りたいが大金とチートが手に入るなら御の字だ。俺様はのし上がるぜ! 英雄になるんだ! 偉そうに踏ん反り返って俺様を嘲笑った王族共も跪かせてやる!」


 ベラベラと饒舌に演説を垂れていたかと思うと、その脳裏にかつて味わった屈辱が蘇っているのか、血走った眼に狂気じみた物を感じ背中が粟立つ。


 決戦シーズ・レイ

 各国の代表?


 なにそれ。

 そんなのわたし知らない。

 ナビもそんな事一言も言わなかった。

 何故わたしは何も知らされていないのか。

 震える手でベルさんに縋りながらもなんとか声を絞り出す。


 「何の、話ですか……? 課せられた使命はデータの収集だったはずです。わたしは代理戦争だなんて、そんな話は聞いていません!」


 そんなわたしの様子を見て男はしらけたように肩を諫めた。


「はぁ〜? データ収集だ? んなのただの大義名分だろ。ま、領土拡大の大切な任務にお前みたいなメスガキが登用されるってのも確かに変な話だが」


 男は呆れたように罵りながらも首を傾げ疑問に思っているようだった。

 

 これでどうにか争いは避けられないか。

 そう期待するわたしの思惑は見事に外れる。


「でもま、んなのは俺様には関係ねぇわ。相手がどんなに無知なガキだろうと叩き潰すだけ。持ち金もしょっぺぇが勝ち星のために手は抜かねえぜ。さぁ、構えろよ」


 そういうが早いか背中の大剣を抜刀する。

 何事かと遠巻きに眺めていた聴衆が騒然とした。

 そりゃそうだろう。あんなバカでかい剣をこんな町中で振り回したら被害も甚大な物になる。そんな事すらこの男には些細な事なのだろうか。


 どうするべきなのか。

 戦うべきか。

 

 しかし到底太刀打ちできそうにはない。


 視界には男の物だろうステータスが表示されているのだ。

 男の名はユウザ・ミリク。二十五歳。見た目より若い。

 敏捷と知力がE、それ以外全てD+ランクだ。

 この男がどのくらいこの星で生活しているのかは知らないが、この星の一般成人男性のステータスは平均でEだから来訪者としてはそう高い方ではないだろう。

 ステータスランクは上がるほどに必要な技量も上がっていくからいくらチートがあっても一朝一夕には伸びないのだ。

 

 スキルは剣術がレベル五。その他は体力や筋力を増強させる構成になっている。

 所謂いわゆる脳筋だ。

 

 しかし、それに比べてわたしはドーピングを用いても軒並みF+ランク止まり。

 理由は簡単。子供だから。

 体の負荷に耐えうる制限レベルキャップに達しているのだ。

 ただし知力はその範囲に該当しないのか伸び続けてEランクまで上がっている。

 それに比例して晶術の威力だけはまだまだ伸び代があった。


 ステータスを見比べただけでは勝てる見込みはゼロに近い。

 唯一活路を見出すなら晶術だが、何よりこんな町中でやり合うのは避けたかった。

 

「あの、せめてここではやめましょう! 後日日を改めて……!」


 数時間でも時間を稼いでナビに事の次第を問いただしたいし、ベルさん達と相談して何か一矢報いる術もあるかもしれない。そう考えてどうにかこの窮地を抜けようと提案したが一笑された。


「はぁ? こんな町がどうなろうが俺様は一向に構わんぜ。低能な猿共なんぞ何人死のうが知った事か」


 そう言いながら近場にあった露店の柱を切り倒す。

 屋根が崩れ並べられた商品が潰されると、持ち主であろう町人が悲鳴を上げた。

 その行動に野次馬たちも散り散りになっていく。


「やめてください!」


 わたしは必死に訴えるが男は聞く耳を持たず次々に露店を潰していく。


 どうしよう。

 やるしかないのか。

 やるなら多少なりと勝機のある晶術で……。

 いや、そんなことしたら更に被害は広がるかもしれない。


 わたしが躊躇しているとそれまで静観していたベルさんが言葉を発した。


「なんでもありだったな」


 その手には短剣が握られ、わたしを庇うように前に出ていた。


「あぁん? なんだ。弱っちぃ原始人がお相手してくれるってか? 俺様が来訪者と知っての戯言たわごとかよ? ま、俺様はどっちでも構わんぜ。どうせ俺様が勝つに決まってんだからよ」


 男は自身の勝利を微塵も疑わず簡単にベルさんの要求に乗った。

 いくらベルさんが強くても相手は来訪者だ。どんな手を使ってくるかも想像がつかない。

 わたしは思わずベルさんの腕を取った。


「ベルさん……! 危険です! ベルさんを巻き込む訳にはいきません!」


 そう言い募るわたしの手を優しく押し返し、頭を軽く撫でるとベルさんが諭すように言った。


「心配するな。あの程度の輩にやられはしない。少し離れていろ」


 ベルさんは短剣を片手に何の気負いもなく男に近づいていく。


 それと同時に淡々としたナビの報告が入った。


――ケレイウェイ帝国所属、ユウザ・ミリクより決戦シーズ・レイの申請を受理しました。代理人ヴェレルキヌエスとの戦闘を開始します。

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