第37話 ベルさんとデート(?)


 腫れ上がった目元を冷ましどうにか体裁を保ったものの、やはり腫れは完全に引かずメイドさんが化粧で誤魔化してくれた。ツェティさんは似合うと言ってくれたけど、化粧なんてしたのは初めての経験でどこかおかしくはないかと気になりソワソワと落ち着かない。


 そんなわたしの手を引いてツェティさんは足取りも軽く朝食のために昨夜と同じ食堂に向かう。食堂の扉を開くと、やはりベルさんとヨウさんは先に席に着いていて、わたし達の到着を待っていた。

 

 するとベルさんがわたしの顔をじっと見て怪訝な顔をする。


「どうした。何か顔が変じゃないか?」

 

 ド直球にそう言われてやっぱり変なんだと顔から火が出るほど恥ずかしくなり俯く。

 どうしよう。今からでも化粧を落としてもらおうか。

 初めての化粧でどこか浮かれていた気持ちは一気に萎み、スカートを握りしめる。

 やっと引いていた涙がまた込み上げてくる。泣いちゃダメだ。


 そんなわたしの肩をひと撫ですると、ツェティさんはツカツカとベルさんに歩み寄り思いっきり頭をはたいた。


 その行動に度肝を抜かれた。

 ベルさんは痛がる風では無かったが酷く驚いた顔でツェティさんを見上げている。


「いきなり何を……っ」

「なんて事を仰いますの⁉︎ ベル兄様にはデリカシーというものがないのですか⁉︎ せっかくセトアさんがベル兄様のためにお化粧までされたというのに! 言うに事欠いて変だなんて……!」


 え、いやそれは違う。

 ツェティさんを止めようと手を伸ばしかけるとヨウさんまで責め立て始めた。


「ほんっとひでぇ奴だなお前。嬢ちゃんはお前とのお出かけを楽しみにしてくれてるっていうのによ〜。化粧までするなんざ可愛いじゃねぇか。気が利かないっつーか、そういうとこポンコツだよな」


 両側から責められ珍しく怖気付くベルさんに申し訳ないが可笑しくなってしまった。

 一人笑いを堪えていると、ベルさんも反論を試みる。


「別に化粧なんてする必要ないだろ。まだ若くてか、いやとにかくただ出かけるだけでそこまで洒落なくても……」


 さらに言い募ろうとするが喧々轟々と騒ぎ立てられとうとう降参だと両手を上げる。


「わかった。俺が悪かった。気を悪くしたなら謝る。すまん」

 

 そう言いながらわたしに頭を下げてくれた。

 そもそもわたしの化粧は顔の腫れを誤魔化すものなのだ。それなのにベルさんが責められるのはお門違いもいいところ。

 

「いえそんな! ベルさんは悪くありませんよ! わたしが似合わないお化粧なんてしたばっかりにベルさんが責められるなんて、こちらこそごめんなさい」


 わたしも深く頭を下げ謝罪した。

 そしてツェティさんを軽く睨む。


「ツェティさんも悪ふざけが過ぎます。別にベルさんのためにお化粧した訳じゃ無いんですからそんなに言わなくてもいいじゃいですか」


 ツェティさんはでもでもだってといじけていたが、ヨウさんに慰められ気を取り直したようだ。

 その横でベルさんが複雑そうな顔をしていた。

 不思議に思い首を傾げるとサッと視線を逸らされる。


 場の空気はなんとか普段通りのそれになり、やっと朝食の時間となった。

 昨夜同様、前菜から運ばれてくるコース料理に舌鼓を打ちつつ会話も弾む。


 ツェティさんとヨウさんも一緒に出かけるようで、あの店に行こう、あの公園に行こうと言葉を交わしていた。

 ベルさんも気を使ってくれたのか、わたしに行きたい場所はないか聞いてくれる。

 でも来たことのない場所だし、どこへ行っても物珍しいわたしには選べないからベルさんにお任せしますと返した。ベルさんは少し考えると「わかった」とだけ口にする。


 朝食を終え、身支度を整えるとベルさんと待ち合わせたロビーへ向かう。

 ツェティさん達はとうに出かけたようだ。


 ロビーへ行くとベルさんは既に待っていた。

 壁に背を預け、気怠げに佇むベルさんは開襟シャツに黒のズボン、革のベストという軽装で待っていた。その腰には護身用だろうか短剣を佩いている。

 急ぐわたしの姿を認めると歩み寄ってきた。


「すみません! 遅くなりました!」


 息を切らして走ってきたわたしはしばらく呼吸を整える。

 改めてベルさんを見上げると、じっとわたしを見つめるていた。

 どうしたのだろうかと首を傾げるとバツが悪そうに目を逸らした。

 なんだか今日は似たような事が多いなと思っているとベルさんに手招きされた。


「行くぞ。ボーッとしてたら置いていくからな」


 そう言いつつもわたしの歩調に合わせてくれる優しさに心が暖かくなる。

 先を行くベルさんの横に並ぶと身長差がよくわかって大人の男性なんだなと何とはなしに思った。


 宿を出るとそこはもう人の波に溢れて混雑していた。

 この町は円形をしていて、放射線状に伸びた道路が中央の広場に集まっている。その中央広場に堂々と建っているのがわたし達が泊まっている宿だ。


 中央広場には出店が集まりそれに比例して人の数も凄かった。

 あちらこちらから客寄せの声が聞こえ、買い物をしている人、食べ歩きをしている人、走り回る子供達。宿の中が静かだったのでこれほど賑わっているとは思わなかった。


 あまりの喧騒にふわふわとした心地になり人波に流されそうになった時、ベルさんが手を引いてくれた。ごうごつとして硬く大きな男の人の手に心が跳ねる。


「はぐれたら面倒だ。俺の服でも摘んでろ」


 騒々しく鳴るわたしの心臓に気付くこともなくベルさんは事も無げに言う。

 そっとベルさんのベストの裾を摘むと一瞬ベルさんの足が止まったが、気を取り直したように歩を進める。


 まずは雑貨屋でも覗いて、昼食はカフェにでも行こうか。その後は観光名所にもなっている神殿や展望台も行ってみよう。意外にもちゃんと考えてくれていたベルさんの提案にわたしは嬉しくなり素直に頷いた。


 しかし、そんな浮かれた気持ちはすぐに消えることになる。


――警告。


 突如、ナビの警戒音が鳴った。


――索敵圏内に敵影を察知。


 敵、敵⁉︎

 思いもよらない言葉に動揺が走る。


――10m、7m、5m、3m。接敵確認。所属、ケレイウェイ帝国の現地工作員と判定。戦闘態勢に移行してください。


 人でごった返す通りがまるで波が引くように割れていく。

 そこに現れたのは一人の大男だった。

 

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