第35話 会食


 あの後、結局大勢のメイドさんに代わる代わる髪を丁寧に洗われ、体も磨かれて香油でマッサージまでされ艶々に仕上げられた。


 それから部屋に戻るとドレスを着付けされる。

 今回は宿だからか、軽めのワンピースだ。

 若草色のAラインが美しいパフスリーブのドレスに髪をアップにしてゆるく纏める。

 仕上げに銀で作られた花の髪飾りを刺して完成だ。

 それは美しい曲線を描く花弁にルビーが散りばめられている物で、見慣れない意匠に何の花かと尋ねると白粉花ミラビリスだと教えてくれた。


 時を同じくしてツェティさんの支度も整ったようだ。

 ツェティさんはマーメイドラインのワンピースドレスを着こなしていた。

 淡いイエローのドレスで華奢な肩を惜しげもなく晒している。袖は総レース。手の甲まであり、透けて見える鱗が宝石のように輝いていた。髪にはわたしの物とは意匠の異なる花の髪飾りが輝いている。金細工に青い宝石が施されていて、気になったわたしはなんの花か問うとブローディアトリテレイアというらしかった。


 何か意味があるのかと興味を引かれるわたしにツェティさんは悪戯っぽく笑い、「内緒です」とはぐらかした。


 正装に身を包んだわたし達は、二人並んでメイドさんに食堂まで案内される。

 ここの食堂はどこも個室のようで格式高い宿なのだなと改めて思い知る。

 着いた食堂はそんな宿の中でも最高級の部屋だと小市民のわたしにさえ窺い知れた。

 まず扉が凄かった。大きな二枚扉は重厚で繊細な装飾に彩られ、部屋に入れば壁には金銀の縁取りがあり、長いテーブルには皺一つない真っ白なテーブルクロスがかけられて、椅子も天鵞絨が貼られ豪奢な細工が施されたいる。

 綺麗なドレスを着せてもらっているが、所詮は庶民のわたし。場違いも甚だしかった。

 

 そんな食堂には先にベルさんとヨウさんが揃っていて、お二人ともハウゼンの屋敷で見た時のように身綺麗に装っていた。

 ヨウさんは絹のシャツに皮のズボン。シャツは前を寛げ金の毛並みが溢れている。もしかして閉まらないのだろうか……。

 ベルさんはシャツの首元もしっかり閉じ、黒いクラヴァットを巻いている。真紅の宝石が着いたブローチが印象的だった。

 こういう畏った会食の時は前髪を上げるのが通例なのか、ベルさんの深緑の瞳が惜しげもなく晒されていて嬉しい反面、どこかこそばゆく落ち着かなかった。


 しかし、わたしの姿を見たベルさんは何故かいつもの仏頂面をさらにしかめ、不機嫌そのものといった風情だ。

 何かおかしい所があるのか、何か無礼を働いたのか、それさえわからないわたしはオドオドとするばかりでツェティさんに助けを求める。

 様子のおかしいわたしにツェティさんは優しく背中をさするとキッとベルさんを睨んだ。

 

「ベル兄様、セトアさんがせっかくお粧ししましたのよ? 可愛いの一言ぐらいあっても宜しいのではなくって?」


 えぇ〜、なんと的外れな事をと半ば呆れているとヨウさんも同じように囃し立てた。


「そうだぞベル。嬢ちゃんがせっかく可愛く着飾ってるのにお前が褒めないでどうすんだよ? シェス、そのドレスよく似合ってる。オレの目に狂いは無かったな。ますます惚れ直すぜ」


 ベルさんにひとしきり文句を言うと、途端に様相を崩しツェティさんの装いを褒め始めるヨウさん。その顔はデレデレだ。


「ヨウ様、お見立てくださってありがとうございます。このレース素敵ですわ。ヨウ様もブローチよくお似合いでしてよ」


 そう聞いてヨウさんの胸元を見ると、水色の透き通った宝石が主張しすぎず品よく収まっていた。菱形に成形され銀の花で縁取られたそれはツェティさんの言うように、金色の毛並みによく映えるブローチだ。話を聞くにお互いが贈り合ったのだろう。

 改めてお二人の仲睦まじさに微笑ましくなる。

 

 そんなお二人を他所にベルさんは運ばれてきた料理を乱暴に口へ放り込んでいく。

 わたしもツェティさんに促され、ベルさんの向かい側へと座った。

 チラとベルさんを盗み見ると、一瞬目が合った。

 しかし、その目はわたしを責めているようでサッと逸らした。


 何かしてしまったのだろうか。

 気もそぞろに運ばれてきた料理を口に運ぶ。


 まずは前菜から。

 ハウゼンの屋敷で料理のマナーも一通り習っていたので今ではなんとか形になっているだろう。

 

 そこでふと、先送りにしていた疑問が頭を過った。


「そういえば……、ベンデードではどうして、あの、なんと言うか、あんな宿に泊まっていらっしゃったんですか? 皇族の方ならこういう宿の方がしっくりくるんですが」


 そう、ベンデードではオンボロな安宿に泊まっていたのだ。

 後で聞いた話では借家を借りていたとか。

 あの時は深く考えていなかったが、この宿を見たら疑問も大きくなる。


 その問いに答えてくれたのはやはりツェティさんだった。


「あの時は誘拐犯を探しておりましたから、誘き寄せるためにあの宿を拠点としておりましたの。なかなか現れてはくださいませんでしたが、セトアさんのご協力で解決できましたわ」


 なるほど。

 あれは確かベンデードの領主の評判を落としたかったハウゼンの前領主が誘拐を繰り返していたとの事だったし、領民に紛れなくてはならなかったのだろう。

 しかし、わたしが言ってはアレだがツェティさんは貧しい領民には到底見えない。隠しきれない品の良さがあるのだ。それで釣れなかったのかもしれない。

 正直あの安宿ではツェティさんは浮いていた。

 そこにいかにもなわたしが現れたから都合よく拐われたと。

 同情を誘うため子供の方が都合が良かったのかもしれない。


 これで合点がいった。

 帰路は隠れる必要もないからこの宿というわけだ。

 という事は、この先竜皇国に着くまでもこのグレードの宿なのだろうか。

 庶民派のわたしには荷が重いが慣れなければいけないだろう。

 こんな事でみなさんの手を煩わせたくはない。


 竜皇国に着くまでは、みなさんと一緒にいられるのだ。

 それだけでも心が満たされる。

 まだ共に過ごした時間は一月にも満たないけれど、みなさんの存在はわたしの心を大きく占める。竜皇国に着いたら……、それはいつも頭の片隅にあるけれど今だけはこの暖かな輪の中にいたい。

 

 ベルさんとも、もっと仲良くなれたらいいな。

 少し落ち着きを取り戻したベルさんを覗き見ながら、明日のお出かけに想いを馳せる。

 

 どんな所に行くんだろう。

 どんな事を話せるんだろう。

 どんな顔が見られるだろう。


 明日は晴れるといいな。

 そんな事を考えながら美味しい食事と団欒に浸っていた。

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