第34話 鱗


 夕暮れも迫る頃、遠くに町の影が見え始めた。

 街道も荒れた土の道から舗装された石畳に変わっている。

 雨に濡れぬかるんだ道から抜けると揺れもおさまり人心地ついた。

 

 しばらく走り町に近づくにつれ、複数の街道が集まり大きな道路となっていた。

 人の往来も増え、商隊や荷車を押す人、旅装に身を包んだ人など多彩だ。

 荷台から眺めているといよいよ門が目前に迫る。

 その門の前には検問を待つ人垣ができていた。

 宿場町なだけあり町に入るにはそれなりの身分証が必要で、その検分に時間がかかるようだ。

 門の傍にも出店が立ち並び、店員がまるで駅弁のように片手間で食べれるような物を売り歩いていて、入門を待つ人々のお腹を満たしている。

 まだ町中でもないのに賑わう門前にいやでも期待は高まった。

 

 ベンデードの街も大きく賑わっていたが、このフォウの町はどこかお祭りじみた雰囲気がありワクワクと心が踊る。ハウゼンの街では勉強と訓練に明け暮れ街に繰り出す事はなかったので久しぶりの喧騒だ。


 そんな様子に目を奪われている間にもわたし達の馬車は人垣を他所に門の脇にある小門へと向かう。

 ベルさんが門番に何やら見せると、敬礼一つであっさり町に入ることができた。

 

 門を抜けると一気に視界が開ける。

 門前の広場には大勢の人が行き交い、大きなさざめきとなって押し寄せた。

 朝から降り続けた雨も止み、濡れた路地や建物をランプの灯りが照らし輝いて見える。


 もう夕刻だというのに人の波は衰えず、町中が浮き足立ったように賑わっていた。

 

 荷台から身を乗り出すようにしてキョロキョロと辺りを眺めていると、ツェティさんがくすりと笑い、やんわりと注意してくれる。


「あまり身を乗り出すと危険ですわよ。慌てなくても明日お出かけできますから、存分に楽しめますわ。そのためにも今夜はゆっくり休んで英気を養いましょう」


 子供じみた行動にわたしは恥ずかしくなり縮こまった。

 まぁ、実際に子供なのだから許してほしいと心中で言い訳しておとなしく馬車に揺られる。


 街に入って数十分、町の中心部にある宿に着いたようでツェティさんと共に荷台を降りた。

 そこは豪奢ながらも華美すぎない洗練された宿だった。


 厩舎に馬と馬車を預けて宿に入る。

 中も外見に負けじと煌びやかで、軽装のわたし達は浮いて見えた。

 それでも宿の人達は恭しく接してくれる。

 わたしは気後れしたがツェティさん達の態度は堂々とした物で、粛々と手続きを終え部屋へ通される。ベルさんとヨウさん、わたしとツェティさんの二部屋だ。


 部屋ももちろん豪華な物で、備品を壊さないかと慄いてしまう。

 そんなわたしを他所にメイドさんが荷物を運んできて、ツェティさんは早速その荷を解くとドレスを取り出した。

 

「さ、セトアさん。これから晩餐ですわ。お召し替えいたしましょう。まずはお風呂で旅の疲れを落とさなくては。この宿のお風呂は広くて気持ちいいんですのよ。御髪やお肌のお手入れもしなくては。さあさ、セトアさん、参りましょう?」


 そう言うが早いかわたしの手を取って足早にお風呂へ向かうツェティさんに、文句も言えるはずはなく言われるがままに手を引かれた。


 お風呂に着くと、そこは大浴場といっても良いような場所だった。薄い浴衣を纏った大勢のメイドさんが立ち並び、手をこまねいている。この時間はわたし達だけだったようで広い浴場を堪能できたが、隙あらばメイドさんが髪や肌の手入れをしようとにじり寄ってくる。

 ハウゼンの屋敷でもそうであったから多少は慣れたが、やはり気恥ずかしくて逃げ腰になってしまう。

 この三日は旅路でお風呂なんて入れず体を拭く程度だったのでお風呂に入れるのは嬉しいが、正直ゆっくり自分のペースで入りたい気持ちの方が大きい。人の手で洗われるという事に慣れていないのだ。


 そこで初めてツェティさんと一緒にお風呂に入ったのだが、そのスタイルの良さに改めて驚いた。そして、服に隠されていたその下の姿に。


 ツェティさんの体には鱗が散りばめられていた。体に、腕に、脚に。透明な水色のそれは、浴場の灯りを受け光を放ち、気味の悪さより、ツェティさんの美しさをより引き立てていた。

 同性なのにうっとりと見惚れてしまうほどの美しさに呆けていると、ツェティさんは申し訳なさそうに項垂れた。


「ご気分を害したなら申し訳ありません。竜族は普人族に近い外見の者が多いのですが、わたくしのように竜の特徴を持つ者もおりますの。セトアさんは特に見慣れないでしょうし、嫌われてしまわないかと言い出せずにいました……」


 そう申し訳なさそうに呟くツェティさんにわたしは慌てて弁明する。


「そんな……! 違います! 気持ち悪くなんてありません! ツェティさんがあまりに綺麗だったから見惚れてて! その、不躾に見つめてしまってごめんなさい!」


 わたしが勢いよく頭を下げるとツェティさんは心からホッとしたように顔を綻ばせた。


「良かった……。わたくしセトアさんに嫌われたらと思うと怖くて。竜皇国に行けばもっと竜の姿に近い者もおりますわ。ベル兄様の上に双子の兄がいるのですがそのお二人もそうです。早いうちにお教えしなければとは思っていたのですが。でもセトアさんが優しい方で良かった。思いきってお見せして憂いが消えました」


 そう言うツェティさんは心底安心したのだろう涙で瞳が潤んでいる。

 しかし、その安心感も長くは続かなかった。意を決したように唇を噛み締めると真摯な眼差しで語り始める。


「竜族はその外見もですが力も強大なので恐れられる傾向にあります。竜皇国も属国を多く抱えた世界に名だたる大国です。ベル兄様はそんな竜族の中でも抜きんでた力の持ち主ですわ。ですが、どうか恐れないでくださいませ。セトアさんがセトアさんのままでいてくださる限り、ベル兄様の心も安まります。どうか、どうか、お願いいたします」


 ツェティさんはわたしの手を強く握り、そう懇願した。

 わたしには何のことか知る由もなかったけれど、ツェティさんのあまりに切実な言葉に頷くしか出来なかった。

 いつの日にかその意味がわかるのか。

 その日が来ても、誠実であろう。そう心に誓った。

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