第33話 芽生え


 翌日はあいにくの雨だった。


 シトシトと降る雨は地を濡らし、外では食事もままならないので荷台で円座を組み、みんなで干し肉やチーズ、堅パンなどの携帯食を囓る。いつもの暖かい食事に比べれば雲泥の差だが、想像していたよりもはるかに美味しい携帯食に驚いた。


「……体の調子はどうだ? 揺れる荷台じゃ辛いかもしれないが夕方には町に着く。一日、二日は傷の様子を見て逗留するつもりだが」


 干し肉に苦戦していると不意にベルさんがそう告げた。

 正直に言うとまだあちこち痛むがわたしの都合で行程が滞るのは避けたくて強がって見せた。


「いえ、大丈夫ですよ! ツェティさんの手当てのお陰で痛みもほぼありませんし、予定通りで行きましょう!」


 力こぶを作りながらそうアピールするも、ベルさんは顔を横に振る。


「駄目だ。無理をされて余計な手間を増やしたくはない。おとなしく言う事を聞いておけ」

 

 そうキッパリと切って捨てられた。

 助けを求めるようにツェティさんやヨウさんに顔を向けるが、お二人ともベルさんに同意のようで賛同は得られなかった。

 しょんぼりと座り込むわたしを、ヨウさんが励ますように気遣ってくれる。


「嬢ちゃん、悪い事は言わねぇ。おとなしくしとけって。次の町は宿場町だけあって賑わってる。ベルに連れ出してもらえ。な、ベル。それぐらいは良いよな?」


 思いがけずお役が回ってきたベルさんは珍しく慌てた様子だ。


「いや、療養なのに町へ繰り出すのは……っ」

「まぁまぁ、怪我っつっても打身ぐらいなんだからそう過保護になるなよ。心配なのは分かるがあんまり縛りつけると嫌われるぞ?」


 言い返そうとするベルさんの首根っこを捕らえヨウさんは揶揄からかうように捲し立てた。

 あまりな言い方にベルさんは項垂れている。

 過保護とか嫌われるとか意味が分からない。

 ベルさんも手で顔を覆い心底呆れていると言った風な言葉を発した。


「だから、なんでそうなるんだ……。はぁ、分かった。出店ぐらいなら連れていってやる。それで良いだろ」


 降参とばかりに両手を掲げため息を吐くと、ベルさんは八つ当たりでもするかのように干し肉を食いちぎった。それを横目にヨウさんはわたしにウィンクして笑いを堪えている。ツェティさんも何故か満足げだ。


 わたしとしては申し訳なくもありもそもそと食事に戻る。

 良いのかな?

 そんな事を思いながらベルさんの横顔を覗き見ていた。


 食事が終われば片付けをして出立の準備に取り掛かる。

 ベルさんとヨウさんは雨除けのフード付きのコートを着込み、御者台に乗り込んだ。

 雨も降っているのだし一人ずつ交代で御者をすれば良いのではとツェティさんに尋ねると、万が一脱輪や馬が怪我などした場合、すぐに対応するため二人で御者台に乗り込むとの事だった。街中ではそういう心配も少なく、対応もしやすいため御者が一人の事もままあるとの事。

 

 そういえばここは街道とはいってもただ剥き出しの土の道が続いているだけだ。街中に比べると危険度も上がるのだろう。

 ツェティさんも御者はできるらしいが、さすがに荷台にわたしと男性を二人にするのは気が引けるらしい。確かにヨウさんはともかく、ベルさんと半日以上二人っきりになるのは気恥ずかしい。


 ん?


 気恥ずかしい?

 ふと、自分の思考に疑問が過ぎる。

 

 気まずいならまだ分かるが、気恥ずかしいとは?

 初めての感覚に戸惑いが隠せず、脳内を?マークが飛び交う。


 そんな状態で百面相でもしていたのだろうか。

 ツェティさんが吹き出した。


「どうかなさいまして? お顔が楽しい事になっていましてよ」


 口元を押さえてコロコロと笑うツェティさんに苦笑いを返すほかなかった。

 しかし、わたしの様子を見たツェティさんはどこかおかしいと思ったのか笑いを引っ込め、わたしの目を覗き込んできた。


「本当にどうかなさいましたの? わたくしで良ければなんでも仰ってくださいませ。何かお気に障りまして?」

「いえ、なんでもないんです。気にしないでください」


 本気で心配してくれるツェティさんには悪いが自分でも何が何やら分からないのだ。

 いまだ混乱する頭を抱えて愛想笑いで場を誤魔化す。

 チラと御者台に目をやれば見えるのはベルさんの後ろ姿。

 

 どうしてだろう。

 次の町でベルさんと一緒に出かけられる。

 それが妙に嬉しくて心が騒めいている。


 ヨウさんと一緒でももちろん嬉しいだろう。美味しいものや面白いものを見せてくれそうだし、ツェティさんと女子会よろしくお買い物に行くのも楽しそうだ。


 ただベルさんと出店を覗くだけ。

 それだけの事に浮かれている自分がいる。

 ベルさんとはそう深い話をした事はそんなにない。

 いつも率先して話しかけてくれるのはツェティさんで、ヨウさんも気にかけてくれている。ベルさんは勉強の時や今日みたいにヨウさんから話を振られて会話する程度だ。

 

 なのに、ベルさんの深緑の瞳が頭を離れない。


 もしかしたら二度も危ない所を助けてもらったから知らず頼りにしているのかもしれない。

 うん、それが一番納得できる答えのように思える。


 そう自分に言い聞かせてベルさんから目を逸らした。


「セトアさん、今のうちに包帯を替えましょう。お薬も塗り直さなければなりませんわ」


 ツェティさんに促され上着を脱ぐ。

 今日は包帯の巻き方を教わりながら手当てを受ける。


 宿場町というのは日本にいた頃から馴染みがないし、出店で買い食いというのも密かに憧れていたのだ。ツェティさんに町の様子を聞きながら、馬車に揺られ次の目的地へと向かうのだった。

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