残された人々

 母、佐伯 夕子はホクホクだった。長女である可愛い姫の奴隷が思いのほか高く売れたのだから。


 ある日、政府の関係者と名乗る男がやってきた。

 作り物めいた美しい顔を柔和に緩め、優しい口調でゆっくりと説明していく。

 あまりの美しさに夕子は魅了され、年甲斐もなく乙女のような心持ちで男の言葉に耳を傾けた。


 その男が言うには、次女をとある仕事に抜擢したいと言うのだ。

 このとき夕子は迷った。次女を差し出せば姫の奴隷がいなくなってしまう。そうなれば可愛い我が子がいらない苦労をすることになるだろう。あの白魚のような手を家事で汚すことや、ましてや仕事で身を削るなんて耐えられない。私の姫は一生優雅に暮らす価値のある子なのだから。自分は姫を可愛がるので手一杯。だから奴隷を作った。その奴隷を失くすのは痛手になる。本気でそう考えていた。


 しかし、男は鈴のような澄んだ声で言った。国から莫大な謝礼金が出ると。そのお金があれば夕子や夫も仕事をせず、姫と共にもっと華やかな生活が送れると。


 魅了されていた夕子はなんの疑いも持たずにその甘言に飛びついた。


 そして、謝礼金が振り込まれると約束されたその日。

 歓喜は絶望に変わる。通帳にはなんの記載もなかったのだ。


 既に花子は生贄に差し出している。

 その対価が無いのだ。


 当然、夕子は役所に怒鳴り込んだが、担当者を名乗った男はどこにも存在せず、書類も出鱈目で虚言癖の戯言と追い払われ、近所中に騙されたと喚き散らせば、佐伯夫妻の悪行は知れ渡っており皆一様に自業自得だと一笑した。


 その後、全て花子に押し付けていた家事に追われて夕子は憔悴していった。

 料理なんてこの十年近く、包丁さえ握った事はない。

 慣れないなりに調理しても姫は美味しくないとテーブルをひっくり返し駄々を捏ねた。

 

 洗濯もそう。分別もせず適当に洗濯機に放り込み、姫の大事な衣装を痛めた事も数知れず。それを見た姫は癇癪を起こす。そんな我が子に手がつけられず、手当たり次第に物に当たり散らすので部屋も様々な残骸が積み重なって散らかり放題だ。

 夫に相談しても、姫のためなら我慢しろと言い放たれた。


 夫は夫で散財する姫に辟易していた。

 いくら稼いでも雀の涙だ。

 今までは花子に早朝の新聞配達をやらせてその全てを姫に貢がせていた。ほぼ休みなしで働かせていたからそれなりの収入になっていた。それを賄わなければならないのだ。元々少ない給料は吸い上げられ生活もままならない。


 佐伯夫妻は贅沢を覚え我慢を知らない自慢の可愛い姫を抱え、骨の髄まで搾り取られる生涯を送ったという。

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