第124話 付き合った次の日の朝
「莉音くん、おはようございます」
「…………あぁ、おはよ、」
結愛と付き合った次の日の朝、莉音はその柔らかな声を耳に通しながら重たい瞼を上に開く。
「…………あれ、結愛?」
「おはようございます」
莉音が瞼を完全に開けば、目の前には結愛がいた。
しかもただそこにいるだけではない。莉音と同じベットの上に体を横たわらせ、同じ布団の中に入っている。
布団の中に身体を隠した結愛はたいそう幸せそうな顔をしていて、頬はもちろんのこと、顔全面をゆるゆるにして、今にも莉音に抱きついてきそうな勢いすらあった。
「な、なんで結愛が俺の布団に?」
まあそんな状況で戸惑いがないはずもなく、莉音は驚きを隠し切れずに結愛に尋ねる。
「莉音くんがいつになっても朝ご飯を食べに来ないので、起こしにきました」
「いやまあそれは分かるんだけど、」
結愛が莉音を起こしに来てくれたのなんて、今の時刻と1番最初の一言ですぐに分かった。
だから問題はそこではなく、何故に同じ布団にいるのかが疑問だった。
「そうだとしても、なんで俺の布団に入ってるの?」
結愛はあくまでも起こすのが目的だと述べるが、普通に考えて起こしにくるだけじゃ布団に入ることなんてない。
夜から同じ布団に包まれて寝ているならまだしも、莉音達は同じベットどころか寝ている部屋すら違う。
となれば、結愛が莉音の布団に潜り込んだことには別の理由があるということは火を見るより明らかだ。
それを探るように莉音がジッと結愛の顔を隅々まで見つめれば、少女は目のやり場に困ったように視線を泳がす。
布団の中では、結愛が手探りで何かを探しているかのようにあちこちに手を動かし、莉音の手を見つければ、ぎゅっと握った。
「笑わないでくださいよ?」
「笑うわけないだろ」
莉音は結愛に握られた手を優しく握り返して、そう言う。
結愛はゴクリと喉を鳴らし、そして小さな口をちょこんと開いた。
「…………莉音くんからしたら信じられないかもしれないですけど、その、、、付き合ったことがあまりにも嬉しすぎて、莉音くんの優しい寝顔を見てたら、莉音くんに包まれたくなっちゃいました」
長い睫毛は伏せ、頬はじんわりと染まっていく。瑞々しい唇をぷるっと弾ませ、長い髪を莉音のベットの上に咲き乱らせる。
そのどこか甘えるような口調に、緊張からか少し震えた声。それでいて何かを期待するような声色は、朝から莉音に大打撃を与えた。
(…………かわい)
ちょっぴり恥ずかしがっているのか、居場所がなさそうに布団の中に体全部を隠そうとするのだから、それがまた可愛らしい。
結愛は握り合った手をほんのちょっぴりと強く握り直したら、変わらず視線をそらしながら、数回ぱちぱちと瞬きをした。
「そ、それにしても莉音くん、今日は起きるの遅かったですね」
結愛は若干慌ただしさを残したまま、分かりやすく話を変える。
「あーまあ俺は昨日、結愛と付き合ったことが嬉しすぎて中々寝付けなくてな」
「子供ですか!?」
「俺からしたらそれくらい嬉しかったんだよ。結愛からしたら子供っぽいのかもしれないけど」
今日莉音が寝坊したのにはそういう理由があった。というのも、結愛と付き合えた嬉しさや今後の期待や不安。
それらを考えながら過ごしていたら、いつの間にか日は変わっていて、すっかりと遅い時間になっていたのだ。
まあその8割以上が嬉しさに悶えていたということは、結愛には言わずに胸の奥底に隠しておく。
「り、莉音くんってそういう可愛いとこありますよね。私は逆にこれからの毎日に期待を抱いていたので、すぐに寝れました。……幸せに、してくれるんですよね?」
「そのつもりだし、そう約束したからな。約束は絶対に守るぞ、俺は。」
「私は莉音くんのそういう所を知ってますから、ちゃんと信じてますよ」
お互いに未だにベットの上に体を横に向けた状態で向かい合う。
結愛のはにかんだ笑みを正面から見て、綻びのある表情を愛でるようにそっと指先で触れる。
ふに、と柔らかな触り心地を誇る頬は、触れれば触れるほど結愛をとかすようにその面を緩めた。
目を細めて「んぅ」と声を漏らし、触れられることが嫌じゃないんだと思わせる。
調子に乗って手の平で触れてみれば、結愛はそこに頬擦りをし始めた。そんな結愛を抱きしめたいと思うのは、男なら、、彼氏であるなら当然だろう。
「な、なので私は嬉しすぎて眠れないとかはなくて、ですね……。むしろ莉音くんに会いたすぎて、早く明日にならないかと祈りながら寝て……なんでもないです」
莉音に頬を緩められたことで気も緩んだのか、聞いていて体温の上がりそうな発言を、照れた表情と共に繰り出した。
「同じ家だから、すぐに会えるのでは?」
「…………そうじゃないんです。莉音くんから、会いに来てほしいんです、、」
莉音が照れ隠しにそう言ってみせれば、結愛はむぅと唇を尖らせる。
乙女的には、、彼女的にはやはり男にリードされたいし、甘やかしてほしいのだろう。
莉音は心の中の紐をビシッと結びながらも、気を引き締めた。
「なら、明日の朝からは結愛の部屋に迎えに行けばいいか?」
「そ、それはそれで刺激が強そうなので、今はやめておきます……」
莉音がそんな提案をしてみせれば、結愛は顔を真っ赤にする。
つい両手で顔を隠すくらいには、結愛は耳から赤く染まっていた。
「ところで莉音くん、そろそろあの約束も果たしてもらいますからね」
「あの約束?」
「…………いつかのテストのご褒美にしてくれると約束した、添い寝、、です」
「あーそんな約束したな」
結愛は今の状況を見て思い出したのか、あるいはずっと胸の内に潜めていたのか。
少し前に約束した添い寝、というものを莉音に思い出させた。
確かに今なら付き合っているし、添い寝をしようがその先にまで発展しようが問題はない。
ただまあ平常心で出来るかと言われたら無理だろう。そもそも女の子と2人きりで密着するのでさえ緊張するのだ。
添い寝なんてしてみれば、間違いなく心臓は飛び出るだろう。
とは言っても今はそれに近いというか、ほとんど添い寝のようなことをしているので、割と耐性はつきそうではある。
しかし、今よりも肌と肌の距離を縮めると考えると、男性的な欲求が頭を巡った。添い寝よりも、もっと先の……。
「まあ、そのうち……する」
「約束は絶対に守るそうなので、期待してますね」
結愛は莉音に断られたりするとでも思ったのか、パァと顔を明るくした。
そこまで嬉しいのかと疑問に思ったが、これまで1人で夜を過ごしてきたからこそ、寂しい夜に人肌を求めたくなるのかもしれない。
「さ、目が覚めたのなら朝ご飯にしましょ?」
すでに満足そうな結愛は、朝ご飯を食べようとベットから降りて、莉音に起こすために手を差し出す。
「…………もう少し寝てたいと言ったら?」
「いくら堕落させてあげると言ったからって、もう甘えちゃうんですか?」
「じゃあ、結愛のことを包みたい」
まだ寝ていたとかそういう欲求は抱いていないが、まだ結愛と共に横たわりたいという、そんな欲求は抱いていた。
「…………それは私も嬉しいので、もう少しだけ休んでいきましょう」
結愛はもう片方の手で口元に手を当て、また恥じらいが見える初心な表情を浮かべる。顔は全面に赤みが行き渡っており、多分これ以上染まることはないだろう。
莉音は結愛から伸びた手を握り、自分の体の方へと引いた。
結愛が朝ご飯を食べようと差し出してくれた手だったが、すっかり自分が堕ちる方へと引いてしまう。
莉音に引かれた結愛の体はベットに勢いよく乗り、ボフッと布団の上に音を立てて沈む。
少し乱暴だったか、積極的な莉音の行動に「きゃっ、」と上擦った声を上げた。
再びベットの上に戻ってきた結愛は、今は決して莉音と面と向かって瞳を合わせようとはせず、背中を向け、体を縮こまらせた。
莉音はそんな結愛の華奢な体を、後ろから抱擁するようにして抱く。後ろから回した腕は、結愛の細い指がそっと触れた。
「結愛さん、これは添い寝とは違うんですか?」
「ち、違います。これは莉音くんが私を背中から包んでるだけなので、決して添い寝じゃないです」
もうすでに添い寝をしてしまったのではと思ったが、結愛は首を振り、長い髪を揺らして顔全体で否定をした。
「つまり、添い寝する時は結愛も正面から俺と抱き合ってくれるということか」
「そっ、、そう、なり、ます……ね」
結愛はそう言ってちょっぴり後ろを振り向き、莉音にその染まった可愛らしい顔を見せてくれる。
もうすでに恥ずかしさが限界に近づいるのか、それが顔にまで表れていた。
ぷるぷると震えていて、ちょっとでも触れれば崩れてしまいそうである。
さらに少し潤んだ瞳に血色の良い赤い唇を見せられては、その破壊力は凄まじく、どこか色っぽい。
そんなのを健全な男子高校生が耐えられるわけもなく、莉音の腰は結愛の体から少し引いた。
(…………こんなの耐えれるか?)
そう思いながらも、莉音は朝食までに1人そのほとぼりを冷ますのだった。
【あとがき】
休載中ですが、少し時間があったので書いてみました。
*結愛ちゃんの中の添い寝は抱き合って一緒に寝ることなので、これは添い寝じゃないです。はい。
一緒に暮らす許嫁。俺を堕落させようと甘やかしてくる〜同じ家で暮らすことになった学校一の美少女が、俺の身の回りの全ての世話をしてくれる〜 優斗 @yutoo_1231
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