第123話 一緒に暮らす許嫁。俺を堕落させようと甘やかしてくる
「後夜祭、始まりましたね」
「始まったな」
いよいよ後夜祭も始まり、この日も最大の盛り上がりを見せていた。広い校庭にはキャンプファイヤーが行われて、その周りに人は集まる。
流れるワルツと共に踊る人もいれば、今日の出来事を思い出話として話す人々もいて、それぞれの楽しみ方をしていた。
莉音と結愛はそのどちらでもあり、ただ少し離れた場所で、踊ったり話したりをしていた。
まあ音楽は聞こえるしキャンプファイヤーも見えてはいるので、そこまで遠すぎるというわけではない。
「結愛、ヘアピン付けてくれたんだ」
「はい……。もう私達の関係を隠す必要はありませんから」
今莉音の目の前にいる少女は、前にあげたヘアピンをつけており、ようやくその時が来たんだと思った。
「可愛いし、似合ってると思うぞ」
「ありがとうございます」
莉音があげた白のヘアピンは、相変わらず結愛との相性は良く、より女の子らしさを強調した。
それでいて数名の女子にこの時のためにアイロンでもかけてもらったりその他にも色々としてもらったのか、いつも綺麗な結愛の髪は、より艶やかだった。
そして自分があげたものを付けてくれるということを周りに知らせることが出来ることが、男ながらの独占欲を刺激した。
「莉音くんは、何だか髪がカッコよくなってますね」
莉音が結愛の容姿やらを褒めれば、今度は結愛が莉音の髪型に触れる。
「これ、如月さんにしてもらったんだけど、俺なんかに似合うかな?」
後夜祭の前に約束通り如月さんの場所に行ったら、何が始まるのかと思えばヘアセットだった。
如月さん曰く、ずっと莉音は髪型をいじれば雰囲気が変わりそうだったからと、この時を機にヘアセットしたくなったんだとか。
なので本当に、
今の莉音の髪型は、前髪が少し上げられ、毛先をワックスで遊ばせた、小洒落た髪型になっていた。
そのせいか、いつもは暗かった視界も、ちょっとだけ明るくなった気がする。
少しばかり視線を集めているように感じるのは、隣に結愛がいるからか。
「似合いすぎてます。カッコ良すぎです」
「それは言いすぎ」
結愛は莉音の顔を見てから、そう言った。好きな女の子にカッコいいと言われるのは正直嬉しかった。
雲一つない嘘なんてつきそうもない結愛が言うからこそ、心が躍ったように喜びを感じる。
だがまあそれも結愛なりの贔屓混じりなのは、少なからずあるだろう。
「でも莉音くんが周りの人からカッコいいって思われたのは、事実ですよ」
「そうなの?」
「えぇ。少なくとも今日の教室での莉音くんを見ていた人達は、見方が変わったと言っていました」
莉音は結愛からの贔屓だと思っていたが、案外そうでもないのかもしれない。
今の結愛の発言からは、そう感じさせられた。
確かに、今日の教室での莉音を見れば、これまでとは見る目が変わるかもしれない。
だからと言って結愛以外に靡くつもりも、目移りする可能性も、極めて低い。というか最早0なのだが。
「もう莉音くんは私のものなので、渡すつもりはないですけどね」
結愛は、少し唇を尖らせ、可愛らしい独占欲を莉音に見せてくれた。莉音の服を指先で掴み、照れたような表情で言われては、莉音だって悶える。
あどけなさの残った愛らしい顔でそんな事を言われては、つい期待してしまう。
「…………結愛は、俺のこと好き、なの?」
莉音は、目の前にちょこんと立って莉音を見上げる結愛に、そう尋ねた。
もしかしたら確信が欲しかったのかもしれない。これから想いを伝える上で、結愛なら受け入れてくれるという確信が。
莉音からの質問に、結愛はゴクリと息を呑んでから答える。
「好き、ですよ? 友達としてでも許嫁としてでもなく、莉音くんという男の人のことが、好きです」
「そっか……」
そう話した結愛は、どこかソワソワとし、その先の言葉を莉音から望むような、羨望の眼差しを向けた。
(結愛はずっと俺にそれを伝えようとしてくれてたよな……今回は俺が頑張らないと)
ここで逃げて、ここで話を逸らすような情けない真似はしない。
いつも結愛にリードしてもらい、結愛から勇気をもらったからこそ、その先の言葉は莉音から言うべきだろう。
「俺さ、今までずっと自分が幸せになったらいけないと思ってた。両親が亡くなった日から、ずっと……」
「そう、前にも言ってましたね」
「あぁ言ったな」
莉音は結愛を逃がさないように、さっきよりも強く抱き寄せて、空いた隙間を埋める。
細い華奢な身体が苦しくならないよう、包み込むようにして包容した。
結愛からの好意に莉音が気付いているのに気付いていないかのように振る舞ったのは、少なからずそれの影響もあっただろう。
「前と同じような話を聞かせてしまって悪いけど、俺はもう人と距離を近付けることも、好きになることもないと思ってたんだ」
本当の両親を失い、義親に引き取られてからの数年、莉音は本心からそう思っていた。
結愛のようにどこか期待する事もなければ、期待するようなこともない。
修馬という友達はいたが、心のどこかでは寂しかった。
「実際結愛と出会うまではそうだったし、そんな暗い世界の中を俺はしばらく過ごしてた」
「…………辛かったですよね」
「いいよ、もう過ぎたことだから」
莉音の言葉に感化されたのか、結愛は少し悲しげな顔をする。
結愛を和らげるように、頭に触れ、そっと撫でる。毛先まで柔らかく、そしてふんわりとシャンプーなのかヘアオイルの良い匂いを、莉音の鼻に伝えた。
「でも、その暗かった世界を明るくしてくれたのは結愛だった。結愛といたら、どんな事も楽しくて、ちょっとしたことで嬉しかった。……俺が勝手に思い込んでた世界は、すぐにひっくり返されたんだ」
それが莉音からしたらどれほど救われて、どれほど報われたか。多分結愛には分からないだろう。
ずっと簡単なことだったのだ。自分を産んで育ててくれた親が、子の幸せを願わないはずがないのだ。
そんな簡単なことを、親からの愛がなかった結愛に教えてもらった。
他でもない結愛から伝えられたからこそ、莉音は結愛のことを見守りたくなったし、もうこれ以上は悲しい気持ちにさせたくなかった。
これまで報われなかった分、莉音だけはちゃんと結愛のことを1人の少女として見てあげたいと。
莉音の話を聞いていた結愛は、絆されたような顔付きをしながらも、長いまつ毛をピクリと揺らして口を開けた。
「…………一応言っておきますけど、私も似たようなものですよ? もう人を信じる事なんて、これから先ずっとないと思ってました。でも莉音くんは、そんな私を見離さず、見守ると言ってくれました」
「俺、ちゃんと守れてた?」
「守られ過ぎました」
これまで莉音に抱かれていた結愛は、ボフっと音を立てて顔を胸元に埋めてから、今度は自分から腕を回し、強く抱き寄せた。
結愛の柔らかな体は、薄い生地ではその弾力や感触を遺憾無く発揮する。それが故意的に押し付けられては、多少はそっちにも意識がいく。
しかし、きちんと守れていた、本人から直接言われると、どうも口元が緩んでしまった。
お互いがお互いの体を相手に押し付けるように抱き合い、密着した肌からは、胸の内側の思いも体温と共に伝わりそうだった。
「最初はちょっと素っ気なかったし、直接仲良くなる気はないって言われたけど、少しずつ隠した内面を見せてくれる結愛に、惹かれていった」
それが莉音には嬉しかったし、素直に可愛かった。当然だろう。結愛みたいな滅多に見ない美少女が、自分にだけ見せる表情をどんどん増やしていく。
そして自分の過去も優しく包み込んでくれて、何もかもを見捨てずに受け入れてくれる。そんな事をされて、惹かれないわけがなかった。
「私、今思えば最初からそんな酷いこと言ったんですね」
「昔は昔だから。今良ければそれでいいだろ」
「…………結果論」
「結果論でいいんだよ。ちゃんと結果が出てるんなら」
だから莉音は別に結果論でもいいと思った。莉音は結愛の事をその過去も含めて好きになったんだから、後悔なんてさせたくはない。
それがあるからこその今で、今が幸せなら、過去を悔やむ必要なんてないのだ。
「そして気が付けば、結愛に悲しい思いをさせたくないとか、寂しそうな顔はさせたくないとか、そういう気持ちも芽生えてきた」
もうその時から完全に惹かれていたのだろう。そんな感情は、友達としては行き過ぎている。
その前からも意識しつつはあったが、結愛という女の子に興味を持ったのは、莉音の過去を打ち明けてからだった。
この少女を見守りたいという、固い決意に変わったのは。
結愛は莉音の胸の中に顔をうずめたまま、うんうんと頷いて耳を傾ける。
「いつしかそれは幸せにしたいという感情に変わって、もっと触れたいし、もっと知りたいし、もっと甘やかしたいって思うようになった」
好き、と自覚はしていなかったが、結愛の明け透けな態度や表情を向けられては、莉音の中にもそういった感情が湧いてくる。
「…………この子を、自分の色に染めたいって」
そう思う頃には、好きという自覚はあったのかもしれない。そんな大胆な独占欲があり、好きという自覚がないはずがない。
「でもずっと我慢してた。最初に友達になろうと言い出したのは俺だし、そもそも許嫁という関係だから付き合うとかもよく分からなかったから」
ただ自覚はあっても、認めようとはしなかった。いや、認めてはいたけど、自分の感情に見て見ぬフリをした。
「まあなによりも、俺の勝手な気持ちでその関係を壊すのが良くないと思った。心地良くて温かい、俺と結愛が静かに望んでいたものを」
莉音にはその一歩を踏み出す勇気がなく、怖かった。両親のこともあり、また大切なものを失うのが嫌だった。というのもあるが、1番は関係性が崩れるのが嫌だった。
勝手な思い上がりで気まずくしたくないし、莉音の言葉一つでその関係は一気に崩れてしまいかねない。
お互いにその場を気に入っていたからこそ、莉音は臆病になっていた。
まあ最終的には結愛からの行動や手助けもあり、自分の感情に素直になることが出来たのだが。
「そうですね。私も迷いましたよ。莉音くんにどう攻めれば良いのかと」
「…………攻めた自覚あったのか」
「当たり前です。それなのに莉音くん、全然反応を見せてくれないから、私一時期本気で落ち込んだんですよ?」
「それは悪かったよ」
結愛は少しふくれっ面をしながら、莉音を見上げてそう言う。確かに結愛からしたら、あまり反応を表にしない莉音には不満や不安があっただろう。
頑張る女の子の心情的にそうなるのは想像がいく。
最近では結愛の破壊力やらが増すので、意識せざるを得ない状況が多々あったが、それでも今までは意識しないように気をつけていた。
でももう違う。好きとも自覚したし、これからそう伝える。
だから「これからはちゃんと女の子として見るから」なんて言葉と一緒に結愛の機嫌を直すようにまた頭に触れてみれば、「もうっ!」と不服そうな声を漏らしながらも、顔には幸福感が満ち溢れていた。
「…………本当の俺はさ、優しくなんてなくて、自分勝手で、結愛の優しさに付け入るようなやつだよ」
「知ってますよ? それでいて陰ながら支えてくれたり、いつも見守って、そして柔らかく包んでくれるってことも」
莉音が少し自分のことを卑屈になって言えば、結愛はすぐに莉音の美点を見つけて口にする。
だが、結愛からの発言からも分かるように、これまで莉音はあまり胸を張って結愛を見守っているわけではなかった。
目を逸らしていたから、というのもあるが、自ら大胆な行動を取ることはなかった。
ただ結愛の表情から色々と察して、手を差し伸べる。莉音がやってきたのはそれだった。
でももう莉音を縛るものも、抑えるものも何もない。そう思うと、胸を張れるような気がした。
「だから今度からは、堂々と結愛を守れるように、、、幸せに出来るようにするよ」
「…………はい」
莉音の声は震えていた。というよりも緊張していた。相手に自分の素直な気持ちを伝えるというのが、心臓の鼓動を高くし、体温を上げた。
そう言い終われば、これまで苦しくしないように柔らかに包んでいた結愛の体を、力一杯に抱き締めた。
まるで、これが俺の気持ちだ。とでも言わんばかりに、ぎゅっと。
そして結愛の期待する、今後の2人の最初のステップを表す言葉を、莉音が言う。
「許嫁だからとか関係なく、俺は1人の女の子として結愛が好きだ…………こんな俺で良ければ付き合って欲しい」
自分の腕の中にいる結愛に、莉音は囁くように言った。その言葉が結愛に耳に届けば、顔を上げて莉音と瞳を合わせる。
どこまでも美しく綺麗で潤んだ瞳には、ただでさえ蒼い結愛の目の色をより鮮やかで澄んだものにした。
それと対比するように結愛の頬は赤く染まり、その瞳を隠すことなく、結愛は緩めた表情で微笑んだ。
「…………私も、莉音くんが好きです、、、大好きです」
結愛も小さく囁くようにそう言い、2人だけの世界を彩りの豊かなものにする。
莉音の背中に回る手は、莉音と同様に自分の気持ちを表しているかのように、ぎゅっと強く掴んで離しそうもない。
恥ずかしさからか、莉音に返事をした結愛は、また胸元にもたれかかった。
「それは付き合ってくれるということでいいんだよな?」
「い、言わせないでくださいよ…………それ以外にないでしょう?」
「だったら、もう一回言って欲しい。嬉し過ぎて、一回じゃ信じられない」
「…………喜んで、お付き合いします」
あまりの嬉しさに、莉音は夢を見ているのかと思った。確認のためにもう一度聞いてみるが、嘘ではない。
抱きつく結愛からの柔らかさも伝わっているので、夢でもない。
つまり、自分と結愛の想いが同じで、重なったという事だ。
「…………ありがとう。こんな俺を選んでくれて」
「こちらこそ、こんな私を選んでくれてありがとうございます」
もうこれより強く抱きしめる力なんて残っていなかった。空いた隙間もほとんど埋まったし、その密着具合は理性を削る。
それなのにも関わらず、まだ強く抱けるような気がしたし、抱きしめられているような気がした。
「つ、付き合ったからには、今まで以上に甘えさせてあげますからね? もういっそ、堕落させてあげますよ」
「そうならないように、俺も結愛のことを幸せにするよ」
しばらくして、抱き合っていたお互いの体を離せば、目を合わせた結愛は莉音にそう告げた。
今でも十分に甘やかされているのに、これ以上何をされるというのか。
恋人という関係になった今、その辺の妄想は膨らむ。が、その誘惑に負けてやるわけにはいかない。
今は、結愛が莉音を甘やかす資格があるが、莉音が結愛を甘やかす資格もあるのだ。
莉音だって好きな女の子の1人くらい、何不自由なく幸せにしたい。
「ふふ。私は幸せ者ですね」
「これからもっと幸せになるんだよ。これくらいで満足するな」
「…………はい」
莉音と結愛はそんなやり取りをして、お互いの体を行き場のない手で触れる。触り方が少しよろしくなかったのか、結愛は「んっ、」と声を漏らす。
そして周囲がキャンプファイヤーの前で、踊ったり告白したりされたりをしている中、2人だけがそっと唇を重ねるのだった。
【あとがき】
・ここまで読んだいただき本当にありがとうございます。まさか付き合うまでに40万字も書いてしまうとは……。
さて、ここまででようやく準備も終わった事ですし、とことんイチャイチャしてもらいましょうか。
今後は恋人にしか出来ないシーンも多々書いていきますので、これからもどうぞご期待ください!
ですが、とりあえず今は、2人の交際を暖かく祝福してあげてください!
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