第122話 ずっと大切にしていくという想い
「し、白咲さんは、俺よりもコイツと一緒がいいって事?」
「そうです。今の話を聞いて分かりませんでしたか?」
結愛から出た発言に、男は耳を疑っていた。莉音に負ける気なんて一切なかった、そんな表情をしながら、不満を訴える。
「な、何でこんな陰キャみたいなやつと……」
ここにも来て莉音を小馬鹿にするような言い方をその男がすれば、結愛はまた肩をピクリと上げて、「はあ」と溜息をついた。
「陰キャ……。私、そういう言葉はあんまり好きじゃないですよね。それで悲しい思いをしちゃう人もいますし」
そう話し始めた結愛の声は、少しだけ震えていた。表情もちょっとだけ引き攣っているかもしれない。
それを悟られないように気丈に振る舞っているが、それでも声からの恐怖心は消えていなかった。
周りは呆気に取られたように、ただ静かに眺めていた。
「そもそも、そういったもので人を区別したがる貴方の心が方が、誰よりも陰キャラです。誰よりもつまらないです」
結愛も余程苛立ちが溜まっていたのだろう。最初は丁寧に対応していたものの、今は男に対する丁寧さなんてほとんどなかった。
当然だろう。男の力で無理やり腕を掴んでくる人に、丁寧さもお淑やかさもあるわけがない。
あるのは少しばかりの恐怖心と、そして心からの嫌悪だけだ。
「白咲さんは、さっきから俺を全否定して……」
「私と貴方では価値観が合わないんですよ。人に優しくしない人は、絶対に嫌です」
もうその声に、迷いはなかった。ただその男を全面から拒否するために、今の結愛は口を開いていた。
そして表情からもそれを感じさせた。
少し鋭い眼光に、気を許す気なんて微塵もない無愛想な面。おまけにその発言と冷めた声色。
男が結愛に嫌われたんだと分かるには、十分過ぎる要素だった。
「じゃあ今度は優しくするから、ね?後夜祭一緒に参加しよ?」
「嫌です。貴方とは絶対に一緒に参加しません」
「…………くそ、」
頑なに拒否された男は、虫の居所が悪そうな顔をした。きっと彼は、人生で初めてフラれたのだろう。
自分の思い通りにならない展開に、苛立ちを隠し切れていなかった。
多分、彼はもう前のような日常に戻る事は出来ないだろう。何しろフラれたショックからのとてもじゃないが紳士的とは言えない対応。
女子に対する口や態度の悪さ。それらの人間性の浅さが全て露呈したのだから、いくら顔が良くとも評判は下がるはずだ。
「結愛、俺の背中に隠れてて」
「は、はい……」
男もそれを察知したのかもしれない。周りから白い目を向けられている彼は、せめて結愛だけでも手に入れようと、また腕を伸ばす。
まあ、今度は近くにいた莉音に塞がれるのだが。
男の手は莉音によってはじかれ、結愛に届く事はなかった。結愛はすぐに莉音の背中に行き、震える手で莉音の服を掴む。
莉音と結愛の体格差では、結愛は莉音の体の後ろにしっかりと隠れた。
やはり男からの強い力を見せられては、ある程度は恐怖が残るのだろう。
服を掴んだ結愛は、同時に顔も莉音の体にうずめていた。
「結愛に触るな」
「どけよ。俺は白咲さんと後夜祭に行くんだよ」
「さっき振られただろ。結愛と参加するのは俺だ」
「何だと」
莉音が彼にそんな事を言えば、男は手に拳を握った。
「殴りたきゃ殴れよ。それで気が済むならな」
莉音はその拳を見てから、そう煽るようにして言った。
正直、自分が殴られて済むのならそれで良いと思った。結愛に被害が出ないなら、少しでも筋トレをして自分を磨けたと実感出来る気がしたから。
それでも彼が莉音を殴らずにそこで止めたのは、少し冷静になった頭を良く回したからかもしれない。
あるいは意外とあった莉音との体格差に、恐れをなしたのか。
「…………くそ、もういい。正直白咲さんよりも良い女はたくさんいるからな」
「なら最初からそうしろ」
「黙れ」
もうこれ以上自分の浅さを露わにするのは分が悪いと感じたのだろう。今更遅いようにも感じるが、まだ手は出していないので、マシではある。
結局男は最後まで結愛に謝る事もなく、そして自分がフラれたということも認めずに、教室から去っていった。
挙句には結愛すら見下すような発言を残すのだから、とことんタチが悪い。
教室を出た後も、彼はしばらく周囲からの視線を集めていた。
「…………私は、ずっとこの背中に守られてきたんですね」
「何言ってんだ。これからも守られていくんだよ」
「そ、そうされます……」
男が去っていったのを莉音の後ろからちょこんと顔を出して確認した結愛は、今度は服を掴むのではなく、後ろからそっと抱きしめた。
当然それは他の生徒からも見られているが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
結愛が頬を緩め、莉音だけを頼っている。気にするのはそれだけで良かった。
「大きくて、広くて、温かい背中……」
「俺だって男だからな。結愛の細くて小さな体とは訳が違うんだよ」
「そう、ですね」
結愛の細く華奢で、それでいて柔らかくて温かい体が、莉音との隙間を埋めた。
結愛も周囲からの視線なんて気にしていなかった。…………いや、正確には気付いていないと言った方が良いのかもしれない。
ただいつも家にいる時のように甘えて、うりうりと顔を莉音の背中に擦り付けていた。
まあ、そんなものまで見せられては、外野がいつまでも黙っているわけがなく。
「や、八幡くん!カッコよかったね!」
「凄い!1人の女の子を守るためにそこまでするなんて!!!」
「俺は別に……」
次に莉音が結愛から目を離した時には、周囲にいたクラスメイトや廊下にいた女子達が、目を輝かせていた。
男子達からは「白咲さんベタ惚れじゃん」やら「道理で俺らに靡かないわけだ」なんて声が聞こえてきて、すぐに噂になるのを察した。
「ところで八幡くんと白咲さんって、どんな関係なの?学校ではあんまり話していなかったような気がするけど」
「え、えっと……それは、、」
そしてその話題が出ることも、少なからず想定はしていた。これまで学校でほとんど接点のなかった2人が、抱き合ってお互いを見つめ合っている。
そんなやり取りを見られては、隠し事なんて出来ないだろう。
結愛からは「莉音くんどうしましょう」なんて、未だに抱き付かれたまま見上げるようにしてそう尋ねられる。
「言うしかないよな」莉音にはそれしか方法がなかった。もしかしたら他にも誤魔化し方はあったかもしれない。
でも、結愛との出会い方に嘘はつきたくなかった。
だってこれは運命で、幸運で、幸福な2人の出会いだ。そんな奇跡を誤魔化す必要も、嘘をつく必要も、ないと思った。
「…………言った所で信じてもらえるかは分からないけど、俺と結愛は許嫁、だ」
思い切って結愛と決断してその事を打ち明ければ、周りはまた騒ぎを起こした。
今の時代に許嫁、なんて事を言われては、誰だって困惑するし驚くだろう。
むしろ初手で理解して納得した修馬が異常なのだ。
「じゃ、じゃあ勝手に結婚させられるの?」
「もしかしてお互いに好きではないの?」
「それはそれだとしても、八幡くんは白咲さんのことどう思ってるの!」
再び質問攻めの嵐が始まり、莉音はどれに答えれば良いのか迷う。女子達の目はより一層輝かしさをましており、文化祭ならではのワクワクすらも莉音に感じさせた。
こんなのを1日中相手にしていた結愛を、莉音は心から凄いと思った。
「え、いや、、俺は……」
「ふふ。皆さん、莉音くんが困ってますよ?」
莉音が困ったような対応を見せれば、結愛は可笑しそうにクスリとはにかんで笑う。
もう、その笑みはいつも学校で浮かべているような形だけものではなく、莉音と2人きりの時に見せるような、柔らかな笑みだった。
「でも、私達は白咲さんが心配で……」
「何かあったらいつでも相談乗るからね!」
結愛の周りには、たくさん結愛を見てくれる人がいた。
莉音が少し獣扱いされてる気がしなくもないが、結愛が色々な人に見守られている、そう実感出来たので、莉音は嬉しかった。
「…………み、皆さんそんなに心配しなくてもいいんですよ?許嫁と言っても、私はもう……莉音くんのもの、なので、、、」
結愛はきっと莉音への誤解やら認識を正そうと思ったのだろう。だが発言した言葉の内容は、自分は莉音の所有物だと、そんなものだった。
それを自覚した本人は、周りからの視線もあり、顔を尋常じゃないくらいに赤らめている。
カァと音を立てて羞恥心と共に染まった顔は、多分その場にいた全員が見惚れた。
結愛はまた莉音の体に顔をうずめ、恥ずかしさからなのか、照れ隠しのように莉音に頭突きをしてみせる。
だが、今度は背中ではなく莉音の胸に顔を預けていた。
染まった赤みは止まる事を知らず、耳にまで影響を及ぼす。
それでいてふと見上げたりする顔には、潤んだ瞳に上気した頬。嬉しさも混じっているのか、ほんのりと緩んだ口元。
それでいて瑞々しさのある唇が、莉音の心臓の鼓動を上げた。
周りからは「きゃー!!!」と、今日で数回目の黄色い声を集める。そこには一部男子の声も含まれており、男女問わず注目を集めていた。
(………この子は本当に)
変わらず莉音の胸元に顔を埋めている結愛は、きゅっと可愛い音を立てて莉音の服を握る。
そんな結愛の頭を莉音が優しく撫でてみれば、また周囲からの歓声が上がるのだった。
「り、莉音くん、あっちの片付け、2人でやりましょうか」
「え、うん。そうだな、」
その後しばらくは質問攻めを受け、必要最低限の事を答えたら、莉音と結愛は逃げるように空いた作業場へと向かう。
周囲も色々と察したのか、2人で教室を抜け出しても、後をつけたりはしなかった。
「…………ん」
「何ですか?それ、」
「手、繋いどけよ。また声掛けられても困るし」
「………はい、」
そんな廊下の中で、莉音は結愛にそう言って手を差し出す。
追いかけて問い詰められたりはしないものの、廊下にはまだ人が多数いるので、人の目を集めた。
莉音から伸ばされた手を、結愛は嬉しそうに顔全てをゆるゆるにしながら取る。
「私、莉音くんのそういう所が大好きですっ」
目を細め、長い睫毛と綺麗なロングヘアーの髪を揺らし、口一杯に笑みを浮かべる。
その時に浮かんでいた結愛の笑顔は、これまで見た笑顔の中で、1番可愛いらしいものだった。
【あとがき】
・さてさて、何かいい感じの雰囲気ですけど、まだ告白したわけではないんですよね。まあ似たようなことはしてますけど。
じゃあな!当て馬A!
てかもうイチャついてるような……。
次話は後夜祭です。応援よろしくお願いします!
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