第121話 他のどんな人よりも君がいい
「そっかー。結局誘えず終いかぁ〜」
2日目の文化祭も気が付けば終わり、今はすでに片付けを始めていた。
片付けが終われば、自主参加制の後夜祭が開催される事となる。
それもあるからか、周りの人々は文化祭終わりとは思えないほどに躍起になって掃除やら片付けをしていた。
そんな中、莉音だけは落胆した様子を見せる。
「仕方ないだろ。他の人に誘われたし、誘われなかったとしても、そもそも見つからなかったんだから」
「いやそうかもしれないけど、白咲さんからしたら嫌だと思うぞ?自分は誘われなかったのに、他の女子とは遊ぶとか」
如月さんに誘われた後、莉音は結愛を探し回った。一応スマホにも連絡をしたのだが、結愛が学校生活の中でも常時スマホを持ち歩いているわけがない。
その結果、残り少なかった時間では結愛を見つけることが出来ずに、今の時間になっていた。
正直如月さんの誘いは断りたいが、自分で特に用がないと言った手前、断りにくい。
だがまあ、如月さんが莉音を後夜祭自体に誘わないあたり、何かしら企みはありそうだ。
「まあそうだけど、如月さんには別に後夜祭に誘われたわけじゃないから。ただ後夜祭の前に呼び出されただけだし」
「俺はそれも何かあると思ってんだよなぁ。でも普通に考えて、後夜祭の前に呼び出すなんて、誘おうという意志があるとしか考えられないけどな」
「そうだけどよ」
莉音がまた卑屈な態度を見せれば、修馬は呆れたように息を吐く。
「…………もう今からでも誘って来いよ。今は片付け中だけど、あの人もソワソワしてて全然集中出来てないぞ」
「それはまあ、分かるけど……」
修馬に言われて、教室を箒で掃く結愛の姿を見てみる。心無しか視線をチラチラ向けられている気がするし、動きも少しぎこちない。
きっと、莉音からいつになったら誘ってもらえるのかと、少し心配になっているのかもしれない。
同じ場所に留まることをせず、教室内のあちこちを行ったり来たりしていた。
「それにな、今タイミング逃したら想いを伝えるタイミングなんて中々ないぞ?ただでさえ奥手なお前が、日常生活の中で告白出来るとは到底思えない」
「ぐっ……それは、、、そうかもしれない」
そんな結愛を遠くから眺める莉音に、修馬はチクリと痛い所を突くように指摘をする。
確かに、この機を逃せば今後想いを伝えるタイミングなんてほとんどなくなってくる。
それに、この機会を逃した男が何の変哲もない日常生活で告白なんて出来るわけもない。
「ったく、我ながらピュアな友を持ったもんだ」
「別にピュアじゃない」
「じゃあ初心か?」
「それ、ほとんど変わってないからな」
修馬は莉音を揶揄いながらもそう言い、「悪かったな」と口に溢してヘラッと口元を和らげる。
「まあ後夜祭は夜だし、それまでには絶対誘う」
「おう、頑張れよ」
莉音は修馬にそんな意志を見せながらも、掃除に取り掛かった。
まだ時間はある。莉音達の家なら一度帰ってからでも開始時刻までは十分に余裕がある。
それまでには何があっても誘う、そう決意する莉音だった。
が、次の瞬間にその意志は揺らいだ。それは決して悪い意味ではなく、良い意味で。
「白咲さん、俺と後夜祭遊ぼうよ」
莉音が結愛に背中を見せて、持ってきた掲示板でも直しに行こうかと思った時、後方からはそんな声が聞こえてきた。
その声が耳に届いた莉音は、パッとすぐに後ろを振り向く。
そこにいたのは、他のクラスのサッカー部の生徒だった。その彼は2年生ながらにエースだと言われており、他人にそこまで興味がない莉音でも知っていた。
爽やかな風貌で顔立ちも良いので、彼目当てでサッカー部のマネージャーになった人も少なからずいるとか。
そんな人気を誇る彼が、結愛のすぐ目の前に立っていた。
「お誘いは嬉しいですけど、私は他に一緒に
「でも参加したいってことは、まだ誘えてないんでしょ?もしくは断られたとか?まあどちらにせよ、俺と参加した方が絶対楽しいよ?」
結愛は相手を嫌な気にさせないような断り方をするが、彼は下がる気がない。
これまで女子からチヤホヤされたから、きっと手を取ってもらえる自信があったのだろう。
でなければ結愛になんて自ら手を出そうとは思わないはずだ。
すでにこの状況は騒ぎとなり、サッカー部のエースと結愛を眺めるように廊下には、たくさんの人だかりが出来ていた。
こうも注目を集めるのは、流石は文化祭というべきだろう。
「丁寧な心配とお声掛けは本当にありがたいんですけど、今回はすみませんとしかお答え出来ません」
それでも結愛は彼の提案に頷くことはなく、ついにその手を取ることはなかった。
「あー、そういう事言っちゃうんだ」
「は、はい?」
しかし、その男子生徒が諦めた素振りを見せることはなく、結愛の細い腕を無理やり握った。
おそらく周りからの視線に耐えられなくなったのだろう。
「サッカー部のエースも白咲さんにフラれたって」なんて噂する声も聞こえたので、彼のプライドが許さなかったに違いない。
「ごめんね。どうしても諦めきれないんだよ」
「あ、あの……い、痛いです、、、」
「大丈夫。絶対楽しませるから」
もうなりふり構ってられない彼は、男の力に頼って結愛の手を握る。
結愛の顔には恐怖心や嫌悪感が隠れることなく出てきていて、周囲も不穏な気配を察知した。
こういう男を結愛が好きになるはずがなかった。そしてこういう人がいるからこそ、結愛はこれまで悲しい思いをしたのだろうとも思った。
相手のことを考えず、自分のことだけを考えて、私利私欲を満たそうとする人がいるから。
気が付けば莉音は足を前に出していた。勝手に結愛に触れるなと、少しの苛立ちも感じながら。
「…………あの、嫌がってると思うけど?」
男の前に行った莉音は、結愛を自分の方へと寄せた。
両肩にしっかりと手を当てて、これは俺のだと言わんばかりの表情で。
結愛の肩は震えていて、莉音ははらわたが煮えくりかえりそうな気分だった。
「は?何お前、関係ないだろ」
辺りではまた騒ぎを起こしていた。廊下からは色んな声が混じり合っていて、教室からでは聞き取れそうにはない。
ただ一つだけ分かることといえば、男の表情は随分と不満げの苛立ちに満ち溢れていた。
「白咲さんとあんたには、俺なんて確かに関係ないな」
「そうだろ。だったら早くどっか行けよ陰キャ」
陰キャ、か。莉音の態度と雰囲気を見た男は、そう口にした。
その言葉を聞いた結愛は、ほんの少し肩をぴくりと動かした。
確かに莉音は、世間から見て陽キャと言われるような性格でも明るい雰囲気もない。なのでどちらかと言われれば、陰キャと呼ばれる部類に属するのかもしれない。
だがこの際それはどうだって良かった。別にそう言われたからと言って心理的ダメージを受けるわけでも、周囲からの反応が変わるわけではない。
そもそも、人を想うことに対して、性格が明るいか暗いかなんて関係ないのだ。
だからどう思われても、別に良かった。
まあ一応は結愛の隣に立とうと思っているので、周りからの評価に一概に興味がないというわけではないが。
「でも俺には止める義務と責任はある」
「何でだよ」
周りからどう評価されても特に気にしない莉音だが、結愛が悲しそうな顔をするのは許せなかった。
そう約束したというのもあるが、自分の好きな女の子が目の前で嫌な顔をしているのを、見過ごせるはずがない。
莉音は未だにナメた表情をしている男に、喧嘩を売るようにして勇気を振り絞った。
「…………俺は白咲さん、、、結愛と後夜祭に参加したいから」
その言葉を口にしたら、廊下からは「きゃー!」という黄色い声が聞こえて来る。
それは一つだけではなく、幾つにも重なって鳴り響く。
「ぷっ!お前が?見るからに陰キャなのに?」
「悪かったな陰キャで」
莉音の言葉を聞いた男は、勝ち誇ったような顔をして莉音を馬鹿にした。いや、見下していると言ってもいいのかもしれない。
顔にはヘラヘラも笑みを浮かべ、心から侮辱するようにして莉音のことを
「じゃあ白咲さんに聞いてみようか。白咲さんは俺とコイツ、どっちと参加したい?こんな暗いやつより、俺の方がいいよね?」
きっと男からしたら莉音なんて眼中にないのだろう。自分は女子からモテ、そしてリアルも何もかもが上手くいっているのだから。
だから男からは、莉音には負ける気がしないというオーラが滲み出ていた。
だが、莉音も莉音でこんな男に負けるつもりも負けてやるつもりもなかった。
そして同時に負ける気もしなかった。だって自分は結愛が自分にしか見せない表情や仕草を、たくさん知っているのだから。
本当は弱くて、寂しがりやで、頑張り屋な所も、誰よりも知っているから。
まあ男も莉音と結愛の関係性を知っていたら、もしかしたら莉音への見方を変えたかもしれない。
だが知っていたからといって、何が変わるわけでもない。
何しろ答えは、火を見るよりも明らかだった。
「…………八幡さん」
「え?」
結愛の口から出てきた名前に、男は呆気に取られたようにそんな情けない声を口に出した。
「私がずっと一緒に参加したいと思ってた人は、八幡莉音くん、です。…………決して貴方なんかじゃない、」
結愛は莉音の腕をぎゅっと胸に押し寄せるように抱き寄せ、心から軽蔑するかのような眼差しと声色を男に向ける。
突然過ぎる出来事に、教室、廊下にはしばらく無音の時間が流れた。
【あとがき】
・今回は莉音くんも男らしかったのでは!?
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