第120話 文化祭2日目

「え、じゃあ莉音、白咲さんに告るの?」

「馬鹿!声デケェよ!」

「すまんすまん」


 次の日の午後、莉音と修馬はクラス展示の見張り係をしていた。

 午前中は修馬と共にぶらぶらと学校の中を回り、それなりに楽しんだ。


 結愛と花森さんは午前の担当だったので、会ったりはしていない。まあ自分達のクラスの前を通れば、そっと微笑んだりはしてくれた。


 そんなこんなで莉音と修馬の番が回ってきて、自分達の教室で立っていた。

 莉音達のクラスは学校の歴史についてを調べただけなので、2日目にもなればそこまで集客はなかった。

 

 基本的に修馬と2人だけの時間を過ごし、ちょっとした相談をしたりもした。

 それこそ結愛についての話も。



「いやーそうか。ようやくか」

「何でお前が嬉しそうなんだよ」

「どっからどう見ても両想いなのに、中々くっつこうとしなかったからな。お前ら。だからようやく動き出すのか、と」


 修馬は心底嬉しそうな表情を顔に浮かべ、莉音の背中をバシバシ叩く。



「…………やっぱり、両想いのように見えたのか?」

「そりゃそうだろ。お互いに2人きりで話してる時の顔と言ったらもう、本当に幸せそうだったからな」


 客観的にどう見えてたのかを聞いてみれば、修馬は腕を組み、うんうんと数回頷いてみせる。

 莉音が顔に出したつもりはないが、結愛を見ていると頬が緩まるのも、口調も何もかも柔らかくなる自覚はあった。


 それも結愛が莉音に優しく語りかけてくれるからだが、周りから見たら莉音もそれと同じらしい。



「じゃあ、俺が想いを伝えても、結愛は応えてくれるんだよな」

「何で今更そこで臆病になってんだよ!…………お前も、そう思ったから告白しようとしてんじゃないの?」

「まあ、そうなのかもしれないけど」


 莉音が頭を触れれば、子猫のように心を揺らしてゆるゆるになる所も、隣に座れば莉音を求めるように縋ってくる所も、結愛からの好意がないとは思えない。


 今思い返してみれば、結愛からはそういう好きという事を感じる発言や行動が、結構あった。

 自分しか知らない結愛の表情も、周りが知らない結愛の一面も、莉音だけには見せてくれるし、莉音だけが知っている。 


 だから莉音も、結愛に友達以上の気持ちを抱くようになったし、その気持ちを向こうからも感じていた。



「…………でも、まだ後夜祭には誘えてないんだよな」


 そこまで想いは強まりつつあったが、今になっても行動には移せていなかった。

 移そうとはしたが、やはり緊張して、そして慎重になってしまう。


 許嫁だから焦らなくとも将来的には結婚は出来るのだが、莉音が求めているのはそんなものじゃない。

 相手を尊重したいし、大切にしたいし、ずっと想いを注ぎたい。悲しそうな顔は見たくもないし、悲しい気持ちにも絶対させたくない。

 

 そう思うからこそ、慎重にもなるし臆病にもなる。



「は?お前は馬鹿か?今すぐ誘って来い!」


 だが修馬は、そんな莉音を叱るようにして言った。修馬の表情は極めて真面目で、どこまでも真剣な眼差しだった。


 そしてそれは、莉音が求めていた言葉なのかもしれない。縮こまった小胆な自分を叩き起こすには、これ以上にない言葉だった。


 相手のことを思うからこそ、自分の気持ちは早く伝えないといけない。

 そうしないと、不甲斐ない、頼りない男だと思われてしまう。

 

 まあそれは両想いでないと出来ないことだが、ゆっくりとお互いの距離を縮めた結愛と莉音にとっては、もう十分すぎて余り過ぎているくらいの時間だった。



「そうしたいけど、ここの係があるし……」

「そんなん俺1人で十分だわ。さっさと行って来い!」

「…………ありがと」

「気にすんな!」


 俺はつくづく良い友達を持ったな。莉音はそう胸の中で強く呟きながらも、結愛を探そうと教室を出た。

 

 修馬が折角くれた時間なのだ。のんびりしている暇も、臆病になっている時間もない。


 しかし、それがすぐに止められたのは、後方から見知った声が聞こえてきたからだった。



「あれ?八幡くんじゃない?」

「…………如月さん?」


 莉音が勢いよく教室を飛び出せば、そのすぐ後ろには如月凛花という同じクラスの少女がいた。

 そして大きく手を振って、莉音の足を止める。



「八幡くん、この時間が係だったんだ」

「まあ、そうだな」

「何よその反応」


 莉音に近寄ってきて話を始めた如月さんは、やけに口元を緩めながらどこか企みのある笑みを浮かべる。

 その周りには他のクラスの友人がいて、「凛花の友達?」と聞かれれば、「まあそんな所」と返していた。



「あれれ?もしかしてどこか行こうとしてた?」

「いや、別にそういうわけじゃ……」

「そう?なら良かった。ちょうど八幡くん探してたんだよねぇ〜」

「俺を?」

「そうそう」


 きっと勢いよく教室から出てきた莉音を見たからだろう。如月さんはそう尋ねた。

 だが莉音が本当の事を正直に言えるはずもない。


 これから結愛に想いを伝えるので、今隠した所でいずれはバレるのだが、それでも結愛よりも先に「後夜祭に誘いたい」と伝えるのは、少々気が引けた。


 修馬は勘づいていたし、莉音から相談したのでノーカンだとしても、結愛本人よりも先に他の人に話すのは、どうしても避けたかった。


 なので、予定はないと答えるしか莉音には選択肢がない。



「えっと、この後って時間とかある?」

「…………なくはない、けど」

「後夜祭にも参加する?」

「しようかな?とは思ってる」


 そこだけはあえて濁しつつも、続けた如月さんの話に耳を貸す。



「そっか。じゃあさ、後夜祭の前にちょっとだけ貸してよ」

「…………え?」


 それが莉音を困惑させるには十分過ぎる出来事だという事は、言うまでもないだろう。

 肩よりも少し伸びた髪が、空いた窓から入ってきた風によって靡いていた。

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