第39話 第一の騎士

 降り注ぐ太陽の光の中で、魔王の身体が、ぐずり、と崩れた。

 アーガが切り飛ばした、目を見開いたままの首も同様だった。

 光に晒され、魔王“詩人”は黒い靄のようになって消えた。

 ユリウスは、その身体が最後のひとかけらまで消えてなくなるのを、騎士として見守った。


 汝は、天に愛されてなどいなかった。


 ユリウスは思った。

 魔王よ。汝が聞いていた言葉は、天の言葉ではない。もっと別の何かだ。

 それからユリウスは身を翻す。

「……アーガ」

 ユリウスは地面に横たわるアーガの傍らにひざまずいた。

 一行の最年長にしてナーセリ第一の騎士、アーガはすでに死の縁にあった。

「……魔王は」

 それでもアーガは、騎士としての役目を果たそうとしていた。うっすらと目を開けてユリウスを見る。

「魔王は、滅びたのか」

「うむ」

 ユリウスは頷く。

「滅びた。貴公が首を飛ばしてくれたおかげだ」

「そうか、滅びたか」

 アーガは、深い息を吐いた。

「最後まで騎士として生きられて、良かった」

 その目が光を失いかけていることは、ユリウスにも分かった。

「アーガ」

「私の次は、貴公がこの国第一の騎士だ。ユリウス」

 アーガは穏やかな声で言った。

「いや、本来はとうの昔に貴公が第一の騎士であるべきであった。力及ばぬ私を今日まで盛り立ててくれたこと、礼を言う」

「ばかな」

 ユリウスは首を振る。

「アーガ。貴公こそ紛うことなきナーセリ第一の騎士だ。貴公だからこそ、皆が従い、死地にも赴いた。魔王とて討ち果たすことができた」

「もはや貴公の声も聞こえぬ」

 アーガは微笑んだ。

「だが、惜しんでくれていることは分かる。先に行くぞ、ユリウス」

 それが最期の言葉だった。ナーセリ第一の騎士アーガは、死んだ。

 ユリウスはその胸に手を置き、目を閉じた。

 すまぬ、アーガ。いずれ、また会おう。

 しばしの瞑目の後、ユリウスは立ち上がる。

 岩に胸を打ち砕かれたラザも、全身を刃で切り刻まれたテンバーもだめだった。

 ラザの遺体に近寄ると、赤い目をしたロイドが顔を上げた。

「ラザは」

 ユリウスは尋ねた。

「最期に何と」

「泣くな、騎士ともあろう者が。次の戦いが待っているのだぞ」

 ロイドはそう言って、泣き笑いを浮かべた。

「そう言っていました」

「そうか」

 ユリウスは頷く。

 ラザらしい言葉だった。

 ラザ。胸が潰れていたにもかかわらず、貴公は立ち上がってくれた。あの時、魔王をたじろがせたのは、貴公のその強い意志だ。

 ユリウスはラザのためにしばし祈った。

 テンバーの遺体の傍らでは、ゴーシュが泣き崩れていた。

「ばか野郎。これからだったのに。王都に帰れば、今度こそ貴公が宴の中心となったであろうに」

 常に明るく飄々としていた、テンバー。だが、最後の魔王の肩への一撃には紛れもなく彼の騎士としての誇りが込められていた。

 あの一撃がなければ、ユリウスも魔王の放った光の槍に胸を貫かれて死んでいたであろう。

 礼を言うぞ、テンバー。

 ユリウスはそっとひざまずく。

 貴公のおかげで、この国は救われたのだ。

 目を閉じたテンバーの表情は、穏やかだった。

「ゴーシュ。これよりは、我らがテンバーの分まで笑わねばならぬ。明るく生きねばならぬ」

 その言葉に、ゴーシュは号泣で答えた。

 さらば、テンバー。貴公は誰よりも明るく勇敢であった。

 ユリウスは立ち上がる。

 瘴気が晴れればすぐに、瘴気の外で待機している救援の部隊が駆けつけてくる手はずになっていた。

 とはいえ、瘴気の外からここまではかなりの距離がある。

 到着まではまだかかるであろう。

 ユリウスは、空を振り仰いだ。

 雲一つない青空であった。

 三人の魂も、これならば迷わず昇ってゆける。

 ユリウスはそう思った。



 騎士ハードを先頭に駆け付けてきた救援部隊にアーガたちの遺体と負傷した二人の騎士を預け、ユリウスは王への報告のため、一人帰路に就いた。

 王都への報告の手紙はすでに出してあったが、王に一刻も早く、勇敢に戦った仲間の騎士たちのことを報告したかった。

 実家にも立ち寄らず王城へと赴いたユリウスを、王は深い憂いの表情で迎えた。

 ユリウスから、魔王との戦いのこと、アーガたち3人の死に様と、ロイド、ゴーシュの負傷の具合についての報告を受けた王は、静かな表情で頷いた。

「ハードを魔王の討手に選んだのは、余の過ちであった。トリーシャにたどり着けなかったのはハードの責にあらず」

 王は言った。

「だが一人欠けたにもかかわらず、皆、勇敢に戦ってくれた。全員が、決して折れぬナーセリの剣であった。命を落とした三人の騎士のために祈ろう」

「はっ」

 謁見の間に、しばしの静寂が訪れる。

 やがて、王は再び口を開いた。

「ユリウスよ」

「は」

「アーガ亡き今、そなたがこの国第一の騎士を務めよ」

 王の言葉に、ユリウスは顔を上げた。

 慣例では、王から第一の騎士に指名された者は、三度辞退する。王がそれでもその者こそが第一の騎士にふさわしいと推し、そこでようやくその騎士は第一の騎士の名誉を受けることになっていた。

 だが。

「お引き受けいたします」

 ユリウスは答えた。

「アーガとも約束いたしましたゆえ。次は、私が第一の騎士を務めると」

 魔王との戦いを、次の世代に引き継いでいかねばならぬ。アーガたちの、騎士としての最後の姿を語り伝えねばならぬ。

「騎士ユリウス、アーガの遺志を継ぎ、この国を護る第一の騎士となります」

「そうか」

 王は頷いた。

「アーガの魂は、そなたの中にも生きておるのだな」

「はい」

 ユリウスは頭を垂れる。だが、次の王の言葉に再び顔を上げた。

「第一の騎士ユリウスよ。まだ負傷も癒えぬそなたに、このような命令をせねばならぬ余を許せ」

「何なりと」

 ユリウスは答える。

「王の騎士であるということ、そしてそのご命令を直接に受けることのできるこの身を誇らしく思っておりますゆえ」

 ユリウスの言葉は明確であった。だが、剛毅を誇るナーセリ王が、それでも一瞬躊躇した。

 しかし、王は王の役目を果たした。

「シエラへ行け、ユリウス」

「シエラへ」

 ユリウスは王の言葉を繰り返す。

「無論、ご命令とあらば」

 そう答え、ユリウスは王の次の言葉を待った。

 だが、王が何も言わぬのを見て、言葉を継ぐ。

「なにゆえ、シエラに」

 うむ、と王は頷き、ユリウスを見た。

「シエラのラクレウスが、魔王に敗れた」

 王の言葉に、ユリウスは言葉を失った。

「シエラにはもはや、魔王を討てる騎士がおらぬと、シエラ王から泣きつかれたのだ」

 王の言葉が、ユリウスの耳を素通りしていく。

「だが我が国の騎士とて、いまや魔王と渡り合えるのは、そなた一人をおいてほかにおらぬ」

 王は、自分を見つめたまま微動だにしないユリウスを悲しそうに見た。しかし、それはごく一瞬のことだった。威厳をまとった王は、きっぱりとした口調で命じた。

「ユリウスよ、シエラの騎士とともに魔王を討て。ナーセリ第一の騎士として」




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