第34話 裁可
帰国した翌日にはユリウスは王城に帰還の報告に赴いたのだが、多忙中の王には会えずじまいであった。
それから数日後に召集の命令を受けたユリウスは、なるほど、王のご多忙の理由はこれか、と納得した。
魔王が出たとなれば、十七年前の“片目”以来のことだ。
対応を誤れば国を滅ぼしかねぬ大事件である。
ユリウスは直ちに王城に赴いた。
謁見の間の控室に着いた時には、ユリウスのよく知る騎士のほとんどがすでに顔を揃えていた。
「ユリウス殿、お久しぶりです」
ユリウスが席に着くと、若手の騎士テンバーが元気な声を上げた。
「シエラではご活躍だったそうで」
「テンバーか」
ユリウスは微笑む。
「貴公、また腕を上げたようだな」
「分かりますか」
ユリウスの言葉にテンバーは嬉しそうな顔を見せる。
「うむ、分かる。先年の武術大会の時のことを思い出すと、まとう雰囲気が変わった」
「こう見えて、ずいぶんと魔人どもを討ちましたゆえ」
テンバーが胸を張る。
「次の武術大会ではシエラの騎士などに不覚は取りませぬ」
「シエラの令嬢にも振られましたからな。魔人を討つしかやることがなかったのです」
隣にいたゴーシュというこれも若い騎士がにやにやと笑いながらそう口を挟むと、テンバーは顔を赤くした。
「ゴーシュ。その話はもういいだろう」
「ほら、ユリウス殿も聞いた覚えがおありでしょう。武術大会の宴席で知り合ったという、例のシエラの貴族の令嬢」
「ああ、そういえば」
ゴーシュの言葉にユリウスは頷く。
確かにユリウスも覚えていた。テンバーは武術大会を終えた帰国の日、シエラの令嬢から、かの国では武運長久のお守りだという黄色い羽根飾りをもらって喜んでいたのだ。
テンバーは仕方なさそうに言葉を添える。
「やはりシエラとは距離が遠すぎます。こちらとて頻繁に旅をする身。会いたいときに会えなければ、互いに思いも冷めます」
「そうかもしれぬな」
「でも、もういいのです」
テンバーは屈託のない笑顔を見せる。
「この間の王都での茶会で、実は麗しき女性とお近付きになりまして」
「ほう」
「あれはやめておけ、脈がない」
すかさずゴーシュがそう口を挟むと、テンバーはむきになったようにそちらを睨む。
「何を。まだ分からぬだろう」
「分からぬものか。分からぬのは貴公一人だ。なあ、ハード」
「うむ。盛り上がっていたのは貴公一人に見えたぞ」
ハードという若い騎士まで加わってテンバーをからかい始める。
「そんなことはない。彼女は」
「ユリウス殿」
テンバーが大きな声を上げて反論を始めた時、普段は彼らのじゃれ合いに加わるはずのロイドが、ユリウスに近付いてきてそっと囁いた。
「シエラでは、ありがとうございました」
「うむ。こちらこそ、貴公には世話になった」
ロイドはユリウスとともにシエラに赴き、ラクレウスとともに戦った騎士だった。傷の癒えぬユリウスよりも先にドルメラを発ち、王都に戻っていたのだ。
「テンバーはああ言っておりましたが」
そう言ってロイドは微笑む。
「ユリウス殿には距離は関係なかったようですな」
「む」
ユリウスは難しい顔を作ってみせる。
「ロイド。その話は」
「分かっております」
含み笑いをしたロイドが離れていくと、また別の方向から名を呼ばれた。
「ユリウス」
静かに声をかけてきたのは、最年長のアーガだった。
「シエラでは大変だったそうだな」
ナーセリ第一の騎士らしい落ち着きぶりで、アーガは言った。
「魔騎士の爪を胸に受けたと聞いたが」
「うむ」
ユリウスは頷く。
「何日も生死の境をさまよった。だが、こうして生きて戻った」
ユリウスは己の胸に手を当てた。すでに、痛みは全くない。
カタリーナの献身的な看護の証だ。
「ありがたいことだ」
「貴公には、まだ討つべき敵がいるということだな」
アーガは微笑んだ。
「それまでは死ぬな、と神が仰せだ」
「この世にまだ私の役割があるのであれば、ありがたい」
ユリウスがそう言ったとき、王の侍臣が姿を見せた。
「ユリウスさま」
侍臣は彼の名だけを呼んだ。
「どうぞ、謁見の間へ」
「ユリウスのみか」
アーガが不審そうな顔をする。
「我らはどうする」
「ほかの皆さまは、お待ちするようにと」
侍臣が答える。
「なに」
「実は、まだシエラからの帰還の報告ができておらぬのだ」
ユリウスはそう言って立ち上がった。
「先にそれをせよとのことだろう」
「ああ」
アーガは頷いて椅子の背もたれに身体を預けた。
「そういうことか。それでは待とう」
「すまぬ」
ユリウスは侍臣の方へと足を向けた。
「ユリウス。遠征、大儀であった」
ナーセリ王の言葉に、ユリウスは膝をつき深く頭を垂れる。
「よくぞ、国境の魔人どもを討ち果たして戻った」
「王、申し訳ありませぬ」
そのままの姿勢で、ユリウスは言った。
「魔人との戦いで不覚を取りました。そのせいでナーセリへの帰還もままならず、ドルメラにおいて療養することとなりました。長き不在をどうかお許しあれ」
「聞き及んでおる。身体をなげうってシエラのラクレウスの命を救ったそうだな」
玉座から聞こえる王の威厳ある声には、そのことを楽しむような気配があった。
「これで武術大会の無念も多少は晴れたか?」
「いえ、畏れながら」
ユリウスは答える。
「それとこれとは話が別でございます」
王は、声を上げて笑った。
「ユリウス。剣のこととなるとそちは執念深いな」
それから、笑いを含んだ声のままで続ける。
「見事な戦いであった。しかも自前で遠征の褒美まで用意する抜け目なさもまた見事」
「褒美、でございますか」
ユリウスは思わず顔を上げかけて、それからまた頭を垂れる。
「良い。堅苦しい話は終わりだ。顔を上げよ」
王の言葉に従いユリウスが顔を上げると、玉座から笑顔の王が彼を見下ろしていた。
「余も聞いておるぞ。ラクレウスの妹との話を」
あ、とユリウスは声を上げ、それから慌てて再び頭を下げる。
「王、報告が遅れまして申し訳ございませぬ。ことは他国の貴族とのことゆえ、王のご裁可を仰がねばと」
「官吏より耳には入っておる」
王は言った。
「顔を上げよと言ったであろう」
「は」
ユリウスが顔を上げると、王はゆっくりと玉座から立ち上がった。
「ラクレウスの妹がそちに嫁いでくるのであれば、ナーセリとシエラとの繋がりはさらに深くなろう。魔人との戦いにおいて、シエラとは今後も連携していかねばならぬ」
王はユリウスに歩み寄ると、立つがよい、と言った。
立ち上がったユリウスの肩を、王の手が掴んだ。
その意外なほどの力強さに、ユリウスははっとする。
若き日、魔王“片目”をその手で討ちとった王の膂力は健在だった。
「というのは、建前だ」
王はまるで若手の騎士のようににやりと笑った。
「ユリウス。そちほどの男が妻にと望んだ女に、余が首を振ると思ったか」
「王」
「シエラのカタリーナ・ダンタリアとの結婚を許可する」
王はそう言ってユリウスの両肩を叩くと、身を翻した。
「だがまずは騎士としての役目を果たしてからだ。魔王を早々に討ち果たして、そちの結婚を祝おうぞ」
「御意」
ユリウスは感激と安堵のないまぜになった、昂った気持ちで王の背中を見た。
「この命に代えても、魔王は討ち果たします」
「馬鹿者が。命に代えてどうする、そちはこれから夫になるのであろう」
王は玉座に腰を下ろすと、大きな声で侍臣を呼ぶ。
「控室の騎士たちを、これへ」
王は侍臣に告げた。
「魔王“詩人”退治の作戦会議だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます