九、初夏、凛々
第三十一話
こうして小学生最後の夏休みが始まった。わたしとなぎさは大きいリュックを背負ってフェリー乗り場へと向かう。約束どおり、家族旅行をするためだ。
「お父さん休み延長できてよかったね」
「まゆこが死にかけたんから当然でしょ」
祭事の日の事件については、あの後お父さんと三郎さんが汐野家に乗り込んで反あやかし派を一掃してしまったらしい。
反あやかし派の人達は京くんと同じように汐野の呪いが鼬のせいだと思い込んでいたようで、呪いから解放されたお父さんの存在に仰天し、考えを改めたそうだ。
舳さんは当主とお父さんにこっぴどく叱られた後、本州の病院に入院することになったと京くんに聞いた。汐野の呪い、という名の治せる病気の治療のためだ。
京くんについても反あやかし派からの干渉があったことから次期当主の座を奪われることはないと聞いた。
今のところ祭事の日にわたし達と大げんかをして、わたしが怪我をしたということになっている。そこで問題なのが、鉾で刺されたことを説明するとあやかしのことを言わないといけなくなるということ。
お父さんと三郎さんと話し合った結果、わたしが鉾で貫かれ、六郎くんが命を賭して助けてくれたことは伏せられることになった。
誰にも語られなくても、蛇ノ六郎はちゃんとわたしと一緒に生きている。同じ空気を吸って、同じものを見聞きしている。だからわたしが幸せを感じる時、六郎くんも同じ気持ちであってほしいと思う。
「六郎に止められたのにお神楽に行ったこと後悔してる?」
潮風に吹かれながら渚が問う。わたしは少し考えた後、首を振った。
「あの日お神楽に行かなければ渚を守れなかった。京くんを犯罪者にしてしまうところだった。後悔はしてない。でも六郎くんのことは忘れない。ずっと一緒に生きていく」
「そっか」
「なぎさこそ、あちら側に行かなくてよかった? これからどうするの?」
鼬の道を繋いだ時、渚は確かに狭間の王だった。渚と王、半々だった意識が今は混ざっているような印象だ。考えたくはないけれど、いつかいなくなってしまうのは嫌だ。
「お役目はこちら側からでもできる。それに僕がこちら側にいたいから」
「そっか」
フェリーを待ちながら、渚とふたりで海を見る。海岸線にこちらに向かってくる自転車を見つけ、わたしは立ち上がって手を振った。
「京くん!」
とんでもない勢いで迫ってくる自転車に驚きながら、わたし達は京くんに駆け寄った。京くんは自転車を乗り捨ててずんずんとこちらに進んでくる。
「まゆ! お父さんのとこ行くって本当か……!?」
「え? うん」
よほど急いだのだろう、ゼーハーと荒い呼吸をして、京くんはわたしの両肩を掴む。その気迫に押されながら、必死なところもやっぱり好きだななんて思うのはもうわたしが手遅れであることの証拠だ。
「島にはいつ戻ってくる?」
「んーまだ決めてない」
お父さんと一緒に遊園地に行けるのがいつになるか分からないため、島に戻る日も未定だ。京くんは大きなショックを受けた表情をして、それから気を持ち直してわたしを見つめて言った。
「まゆには許されないことをしたと思ってる。洗脳されてたとはいえ、一生かけても償えない。でも、それでも俺はまゆがこの島に帰ってくるのをいつまでも待ってるから!」
下手したらまるでプロポーズのような言葉にぽかんとしていると、渚が京くんのすねを蹴り飛ばした。
「いって! なにすんだよなぎさ」
「僕にはごめんの一言もないのかよ。一応いとこだぞい・と・こ」
「なぎささん大変申し訳ございませんでした! クッソー、勘当されてるクセに……」
「だいたいいつまでも待ってる、なんて大げさなんだよ。新学期には戻ってくるのに」
「え!?」
話の流れからして、もしかしたら京くんはなにか勘違いをしているかもとは思った。やはりわたし達がこの島から引っ越すと思っていたらしい。
耳まで真っ赤にしてうずくまる京くんを見て、渚とふたりで笑い合う。
「すぐに戻ってくるから、自転車の練習付き合ってね」
「おー」
「まゆこ、フェリーきたよ」
渚が先に進むのを見て、すすっと京くんのそばに寄る。
「あのね京くん」
「なに?」
内緒話をしたくて、京くんの耳元に唇を寄せた。
「京くんが島から出られないって言うなら、いつかわたしが京くんをさらってもいい?」
「な……」
真っ赤になった京くんを見て、いたずらが成功した時のように満足したわたしは、駆け足でフェリーに乗り込んだ。きっと今わたしだって顔が赤い。
汐野家の当主だとか、島のしきたりだとか、そういうのから全部わたしがさらっていってあげる。
死にかけて思ったことは、やりたい事はやってしまえということ。
なにをしてでも京くんと一緒に島の外で生きたいなんて、やっぱりわたしは根っからの鼬なのかもしれない。
潮風が髪を揺らす。わたしの黒髪と、渚の色素の薄い髪。鼻ぺちゃと美少年。並んでいても家族ですって今なら胸を張って言える。
「ねえなぎさ、遊園地に行ったらなにしよっか」
「まゆことお父さんとジェットコースターにのって、一番高いところからお母さんにてをふる」
「それ最高。大賛成!」
わたし達を乗せた船が出る。ふと足元を見ると、甲板に並ぶ二つの影の間には、細長い蛇のような影が寄り添うように揺らめいていた。
(了)
あやかし島のイタチの子 三ツ沢ひらく @orange-peco
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます