2025/09/08

 最近、母の親戚の息子3人が全員戦場に出ていることを知り、愕然とした。今のところ無事と聞いたが、とても心配だ。

 どうやらお金のために戦場に行く人が国内、海外に多くいるらしい。


 さて、戦争とは関係ない話になるが、最近世の中に対する意見が自分の大学にまあまあいる「知識を広く持つ一部エリート」と私の地元にいる「普通の人々」でだいぶ乖離しているなと感じた。


 これは私の生活圏だけではなく、日本全体、海外でも言えることだ。


 現在、世界にはナショナリズムの高揚、外国人嫌悪、ワクチン反対派だの様々な「問題」としてみなされている意見を述べる人々がいる。

 もちろん例外もあるが、だいたいこのような人たちは郊外や地方にいる「普通の人」に多く、それを「知識を持つエリート」が批判することが多い。


 こういう意見は偽物だの切り取って歪まれた情報だので煽られることがあり、それを知識人たちは「なぜそんな意見を持つ? あんたらは人種差別主義者で陰謀論者だ!」と叫んで一蹴する。


 例をあげるとしたら、前に千葉にある木更津をナイジェリアのホームタウンにするというデマ?誤情報?が広がり、それで(まだ誤情報だと知らされてなかった時に)私の大学の同級生がその決定を下したJICAを激しく非難するという事があった。(まあ、彼女はインドに幼少期住んでいた超英語得意な帰国子女なので一般人とは言えないが)


 それから数日たったあとに、別の私の先輩が(彼女はクルド人やアフリカ人を支援するキャンペーンに積極的に参加するような人だったが)自分の知り合いの外国人高校生が日本が怖いと言ったことに関し、「こういう外国人嫌悪をする日本人がいるせいで、子供たちが怖がっている」と逆にとても強く批判した。


 その両方を見て、私は「うーん」となったわけである。


 確かに外国人嫌悪は全くいいことではない。私も半分外国人だが、YouTubeの極右動画を見ると「うわぁ……」と感じるし、極端な日本人上げとか嫌韓とかにはもはやアレルギー反応がでる。日本には第二次世界大戦といった暗い歴史(どこの国にも暗い歴史はあるけども)があるので、人一倍気をつけなければいけないと個人的に思っている。


 しかし、外国人に懐疑的な意見を持つ人に「てめえはどうせ馬鹿で、フェイクニュース見て煽られたんだろ? 人種差別主義者は黙ってろ」とも言うような意見を知識人が出すことは、だと考えている。


 そもそも知識人は恵まれている。ある程度金がないと知識人にはなれないし、知識人になれば出会う日本人も外国人も自然と教養のある豊かな人物ばかりになる。住んでいるところも高級街で、治安の心配もしなくていい。

 そんなある意味バラ色な生活をずっと過ごした人には現実がわからない。知識人は日本のリアルを知らないのだ。


 実際には物事のしわ寄せは全部一般人が住む郊外や地方に行く。一般人が出会うのは一般的な人、もしくはそれ以下だ。

 私は嫌悪がぽんと突然生まれることなどないと思う。現象には必ず原因、理由がある。ロシア嫌いも北方領土だったりソ連とのいざこざだったりがあるからこそ昔から存在するのであって、いきなり出てきたわけではない。


 一般人にはきっとなにかしら、外国人嫌悪に繋がる嫌な経験がある。どこかの国の人が、バスでデカい声で話していたかもしれないし、ごみを散らかしているのを見たかもしれないし、電車で思いっきり鼻をすすっていたかもしれないし、外国人が起こした犯罪をニュースで聞いたのかもしれない。

 それかなぜ豚肉や牛肉を宗教上の理由で食べられない人がいるのか、なぜ毎日祈らなきゃいけないのか、なぜ欧米にベジタリアンがいっぱいいるのか理解できなくて、その不安が嫌悪に繋がっているのかもしれない。

 小さなことかもしれないが、感情は容易に勢いを増すものだ。


 知識人には、我々が馬鹿でアホですぐにインターネットに流される愚か者にしか見えないかもしれない。実際、そのとおりかもしれない。

 だが、それでもそういう人たちの意見を断固拒否し単純に陰謀論者と呼んで、理想主義の世界に走ることはすべきではない。一度は彼らの言うことにも耳を傾けるべきだ。

 でないと、人々は自分たちがないがしろにされていると思い、今度は知識人とエリート自身が攻撃対象となる。


 私は幸運なことに一般人、知識人どちらの世界も見る機会に巡り合った。だからこそ、両方の意見を理解する。


 とりあえず私が思うことはどっちの陣営も学ばなければならないということだ。地方にいる人々はもっと広い視野で世界を見るべきで、知識人は頭がよく余裕があるからこそ自ら足を運んで郊外などに行って現実をみつつ、決して自分に知識があるから正しいなどとは思わずに人々の考えを思いやりをもって一度は聞き入れることが大事なのではないかと思う。


 いずれにしろ、結局すべての人の見るもの聞くもの全部がフィルターに包まれていて、真実など見えてこない。全員が都合のいい幻想の中に生きているのだ。

 それをこの戦争が起こってから、はっきりと理解することができた。


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