第12話『告白』

 箱根慰安旅行から数日が経過した。姉も俺も、あの日のことは一切触れることなく、いつも通りの生活を送っていた。時期は10月も後半に差し掛かり、定期試験終わりの学校はとある一大イベントを迎える雰囲気になっていた。

「それじゃ、文化祭の出し物決めろよ。俺は一切関与しないから、学級委員長が指揮とって進めてくれよ。」

 HRの時間。担任はそう言い放つと、そそくさと教室を後にした。代わりに委員長が前に出て、黒板に議題を書き始める。やれなんの食い物を出したいだの、やれお化け屋敷をやりたいだの。クラスの意見はまちまちだった。

「正直、俺たちみたいなモブにこの空気は辛いよな。」

 唐突に後ろを振り返った横山はそう言い放つ。そう、俺たちにこの会議への発言資格は一切ないのだ。何を言っても的外れな、そんな気がして意見なんか出せっこない。俺は先程まで読んでいた文庫本を開きなおし、続きを探す。横耳で、彩乃が元気よく意見交換しているのを聞く。まさに理想のムーブだった。

「やっぱ屋台が盛り上がるだろ。」

「いや、お化け屋敷の方がいいって。」

「私コンカフェやりたい。」

「いや仮装するのはさすがに恥ずかしいだろ。」

「文化祭じゃなきゃ、みんなでそんなことできないじゃん。」

 とまぁ、多種多様な考えが、俺の上を飛び交っていく。正直どれでもいいし、なんならやんなくてもいい。俺はもう人前に立つのはごめんだ。

「実行委員長は栗原さんでいいよね。生徒会だし、みんなの意見まとめるのも得意でしょ。」

 会議に収集がつかなくなった頃、とある男子生徒が声を上げた。多分これは、話し合いが面倒になって、彩乃に全部一任しようとしているやつだな。

「異論なし。」

「私も!」

 そんな感じで、半ば押しつけのようにクラスの実行委員長は彩乃が引き受けることになった。

「わかった。実行委員長やらせてもらうね。その代わり、今日の会議で出た意見は持ち帰って考えさせてもらってもいいかな。生徒会で審議しなきゃいけない問題もたくさんあるだろうし。」

 クラスメイト隊は次々に賛同していく。「栗原に任せるなら文句は言わねぇ」とまで言い切るやつもいた。


「大変な役割を押し付けられたな。大丈夫か?」

 帰り道、俺は彩乃にそう聞いた。多分クラスでがやがやしていた時に、彩乃の苦笑いを見ていたものはいないだろうし、多分いうだけ言って自ら手伝うやつもいないだろう。

「うん、大丈夫だよ……生徒会としては文化祭全体を取りまとめなきゃいけないことも多少はあるけど、でも私ならなんとかできるよ。クラスのみんなにも学校全体にも文化祭は楽しんで欲しいしね。」

 彩乃はそう言って首をこてん、と傾げて上目遣いにこちらを見てくる。これは多分、

「わかった、俺も出来る限りは協力するよ。ただ、人前に出るのだけはごめんだからな。」

 助けを求めているんだろう。乗り気ではないが、彩乃が一人でつぶれていくのを俺も見捨てることはしたくない。出来る範囲で手伝おう。

「へへ、悠君ならそう言ってくれると思った。」

 どうやら、彩乃にはバレていたらしい。彩乃に隠し事はできないな。


「えー、このクラスの文化祭の出し物は、喫茶店になりました。在り来たりかもしれないけど、生徒会会議も頑張って通してきたので、これで妥協してね。ごめんね。」

 週明けの帰りのHR、彩乃の口からは謝罪の声と共に出し物が発表された。

「そして、文化祭まで期間がそんなにないので、喫茶店の制服はレンタルで。メニューは氷川君に考えてもらいます。よろしくね。」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんで俺が……」

 いきなり振られた責任的立場に困惑が隠せない。

「いいじゃんいつも私にご馳走してくれるご飯美味しいし。あ、みんなには言い忘れていたけど私と悠君、付き合っているから、よろしくね。」

 彩乃のウィンクと同時に、クラスが今年一番の悲鳴に包まれたのは言うまでもないだろう。

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彼女にバレなければ浮気じゃないよね? 暁 久高 @Yue_Yaminoyo

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