第11.5話『栗原彩乃の見るシルエット』

「彩乃ちゃん。3人分のお茶買って、あとで悠の部屋で今日のお話聞かせてよ。」と、美鈴さんに頼まれて飲み物を買いに行った帰り、私は兄に呼び止められた。

「彩乃、ちょっと待って。」

「どうしたのお兄ちゃん。頼まれた飲み物届けなきゃいけないから早く戻らないと。」

「今は戻っちゃいけない。」

「何でよ、意味わかんないよ。何をそんなに隠したがっているの?」

 兄はそれでも、と私が部屋に向かうのを阻止する。私は私で、それをどうにかかいくぐろうと試行錯誤を繰り返し、いよいよ抜けられたところで兄に手を捕まれる。

「何でよ、放してよ。早く悠君のところに行きたいんだけど。」

 私の懇願に兄も折れたのか、渋々だが手を放してくれた。しかし私は、この時兄のいうことに従っておけばということに後で気付くのだ。


 悠君と私の部屋の前に着くと中からは悠君だけでなく、お姉さんの美鈴さんの声も聞こえてきた。驚かしてあげようと静かにドアを開けると、月光に照らされて、障子には悠君と思わしき影が映っている。障子に背中をもたれているのだろうか。

 しかしその影は、悠君1人の物ではなかった。1つだと思った影が2つに分かれると、美鈴さんの激しい息遣いが聞こえてくる。まさかと思った。私は最悪の状況に直面し、足の力が抜けてその場にへたり込む。完全に嵌められた。きっとあの時の復讐だ。私が悠君と一緒にいる姿を見せつけたから、その復讐をされているんだ。

「そんなことで納得できるわけないでしょ。」

 2人に聞こえないように、私は呟く。後悔と、呆れと、怒りと嫉妬とすべての感情を込めて、息を吐く。

 美鈴さんの喘ぎ声は時間を追うごとに、徐々に湿気を帯びてくる。上の影の髪がはらりと舞うと同時に、もう1つの影を貪りつくす勢いで再び重なる。数秒にも永遠にも感じられる時間が経った後、再び影は離れる。それと同時に、上の影は大きく体を仰け反らせた。甲高い喘ぎ声が響き、若干の水音も含まれる。影が重なり離れを繰り返すたびに、その回数に比例するように、行為は激しさを共なった。私はその光景から目が離せない。ただに影のはずなのに、そこには色があった。肌色と肌色が重なり、一部は紅くなっている。糸を引く雫が2人の間をつなぎ、決して途切れることがないように思わせる。

 ――吐き気がするのに、胸が苦しいはずなのに、その光景に視線は釘付けにされた。

「そっか、悠君。また私のいないところで私を裏切るんだね。」

「氷川美鈴、絶対あなたに悠君は渡さない。悠君は私の物。誰にもあげはしない。」

 あの夕焼けの日、悠君の言葉を聞いてしまったとき。私が彼に嫌われた日。全てはあの日から始まった。

 そしてまた私は、夜が明けるまで、そのシルエットを追い続けるのだった。

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