Op.1-48 – Bento Time
鶴見高校の授業時間は50分、休み時間は10分となっており、9時から1時間目が開始され、4時間目の授業終了後 (12時50分) から昼休み時間が50分間設けられ、生徒たちはこの時間に昼食を摂って午後の授業に向けて身体を休める。
13時40分から15分間の掃除時間をこなした後に5分間のインターバルを置いて14時から5時間目の授業が開始される。
昼休み時間になると自分の席に着いたまま静かに昼食を摂り始める生徒や席を移動して (中には教室から移動する生徒も見られる) 友人たちと食事を共にする生徒、学食へと向かう生徒、購買部でパンや軽食を買い求めに行く生徒など様々である。
また、明里のように学級委員や学校行事に応じて企画・運営を行う委員会 (文化祭実行委員、正確には『鶴見祭実行委員』など) を務める生徒は時々、昼休み時間に委員会が開かれ、各々弁当箱を持ってそれぞれの会議室へと移動し、昼食を摂りながら話し合いに参加する。
光と明里も例外ではなく、席を移動して共に昼食を摂る。移動と言っても明里が光の席へと向かうだけで、光は自分の席から離れない。光は基本的に1人で行動することを苦にしないタイプで明かりがいなければずっと1人で昼食を摂っていたことは間違いない。
高校に入学してから2年連続で光は明里と同じクラスであるため、明里に委員会がある時以外は1人になることは無かったものの、中学時代には1人であることが多かった。
また、光に興味のある女子生徒たちと食べることがあったにしても、自分の席から動かないことで食べる相手がよく替わっていた。
「光ちゃん、お弁当小さくない?」
光の弁当箱を見て沙耶が尋ねる。
「あんまりいっぱい食べれなくて」
「いや、私や沙耶のも多くないよ」
光の言葉に対して明里は光の弁当箱が小さいということを強調する。
光の弁当箱は2つあり、1つは細長い楕円型の箱、もう1つは円形の更に小さい弁当箱である。前者の箱にはメインのおかずが入っており、後者の箱には野菜や果物が入っている。
光が楕円型の弁当箱の蓋を開けると、今日の光の弁当のメニューは鶏そぼろ丼。光は鶏そぼろ丼が大好物でそれを知っている明里は光の顔がほころぶのに気付く。
「光ちゃん、鶏そぼろご飯好きと?」
光の顔が嬉しそうに変化したのを沙耶もまた気付いており、思わず聞いてしまう。
光は分かりやすく表情に出てしまったといった感じで一瞬、「しまった」という表情を浮かべて少し顔を赤くしながら答える。
「うん」
そう短く答えた後に、箸入れから水色基調の箸を取り出して弁当箱の中身に目を向ける。
鶏そぼろ丼は綺麗に3色に分けられ、左から鶏そぼろ、スクランブルエッグ、ほうれん草と鮮やかである。鶏そぼろの上には花の形に飾り切りされた人参が2つ添えられて見た目にワンポイントの工夫がこしらえられている。
光は鶏そぼろ丼に手を付ける前にもう1つの小さな弁当箱を開ける。その中には2つに分けられたゆで卵にキャベツと2つのプチトマトをそれぞれ半分に切ったもの、キュウリが入ったサラダが用意されている。
「いただきます」
光は小さく呟くと箸で鶏そぼろが乗ったご飯を口へと運んだ。
「美味しい!」
口の中に入れた食べ物をしっかりと噛んで飲み込んだ後に光が嬉しそうに呟く。沙耶はしっかり食べ終わった後に言葉を発する光に「お行儀良いな」と感心する。
食べ物を口に入れながら話すなというのは小さい頃からよく言われることであるが、それが守れない人は大人であっても多く見受けられる。
沙耶と兄・裕一郎は小さい頃から両親に口酸っぱく言いつけられており、気を付ける習慣できている。それでも時折、裕一郎はついつい食べながら話してしまい、「汚い」と妹の沙耶や母から注意されている。
光も明里もその辺りの常識的なマナーは小さい頃から厳しく躾られており、沙耶も含めた彼女らの育ちの良さ、両親の子供たちに対する教育方針が一貫していることが
「おー! 森野ー!」
窓際で食事をしている光たちとは正反対、廊下側で食事を摂っている、中野、西野、
口に食べ物が入ったまま頰をハムスターのように膨らませながら声をかける騒がしい男子グループに対して沙耶と明里は明らかに不快感を示した表情で溜め息をつく一方で、光は鶏そぼろ丼に夢中で2人は対照的にニコニコしながら食べている。
「(気にしていない、と言うよりかは眼中にないって感じやね)」
恐らく今の男子たちの行いが目の前でされれば光も不愉快な表情を浮かべるだろうが、大して興味のない男子たちよりも今は鶏そぼろご飯にしか注意を向けておらず、何かと目立ちたがり屋な彼らは全くもって光の眼中にないといった様子に沙耶は少しだけ笑ってしまう。
「(それにしても光ちゃんってこんなに表情豊かやったっけ?)」
沙耶は今日、しかも午前中だけでこれまで知らなかった光の表情を一気に沢山見られたことに驚くと同時に勇気を出してもっと前から仲良くすれば良かったという後悔の気持ちが押し寄せる。
これまで沙耶が見てきた光は明里や廊下ですれ違う仲の良い女子生徒との会話でこそ笑顔を見せていたものの、明里と席が離れている殆どの時間では物静かにしており、また、その容姿も相まって話しかけ辛い雰囲気を漂わせていた。
いわゆる『可愛い系』と『美人系』の違いであるが、前者は比較的話しかけ易さを感じさせるが、後者は高嶺の花感が出て話しかけ辛いといった印象を持たせてしまうことがある。
光は正に後者のタイプで相手が同じ高校生であっても少し緊張感を持たせてしまうのだ。また、光自身も慣れるまでは人見知りを発揮する性格であるためにぎこちない雰囲気がお互いに流れてしまう。
そのため、明里はその緩衝材の役割を果たすのだが、沙耶はこれまで打ち解けることができずに光の本質まで触れることができないでいた。
「広瀬、あのさ……」
さっきまで廊下側で騒いでいた西野がいつの間にか明里の側まで来て突然話しかける。明里も沙耶も少し驚いて肩が一瞬浮き上がるものの、光は我関せずといった感じでマイペースに弁当を食べ続け、校庭の方を眺めてサッカーゴールのゴールポストに留まる小鳥たちを見つめている。
「何?」
明里は西野の方を振り向いて尋ねる。彼の表情は、先ほどまで馬鹿笑いしていた様子が嘘のように神妙な面持ちである。
「あ、えっと……、何もないわ」
西野はそのまま何も告げずに元の場所へと戻っていく。
「どうしたとやっか?」
明里は光と沙耶に不思議そうに尋ね、2人とも少し困惑した表情で「さぁ?」とリアクションする。
明里はその時、西野が漂わせていた空気感に引っかかりを感じいたものの、そのまま談笑を再開し、時間が経つとその違和感は消えていってしまった。
「掃除行ってくる」
楽しい昼休み時間は終わりを迎え、掃除時間が近付いたために光は教室に、明里は昇降口、沙耶は中庭とそれぞれの掃除の持ち場へと向かっていった。
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