Op.1-33 – Like Guardian
––––3月1日 (水) 午前8時20分頃
いつものように光と明里は一緒に登校し、昇降口でローファーを脱いで室内履きに履き替える。2人が通っていた小学校・中学校では上履きであったものの、高校に入ってからはサンダル指定となった。
サンダル指定の理由は「汚れにくい」からで、これは高校生は活動の幅が広がり、足元が比較的に汚れやすくなる可能性が高いことに起因する。
鶴見高校では学年ごとに赤、青、緑の学年色が割り振られ、それがその学年のイメージカラーとして設定される。この順番は、例えばある年に1年生が赤、2年生が緑、3年生が青なら、翌年は1年生が青、2年生が赤、3年生が緑……というように、1つの学年は3年間を通して同じ色を使う。
光たち2年生が割り振られている学年色は赤色。よって2年生のサンダルはボルドー色 (濃い赤紫色) を基調としたデザインとなっている。
ちなみに1年生の学年色は青色でサンダルは
また、体育服の短パンも学年色で分けられ、現2年生が着用する赤色のデザインが1番格好良いと言われ、他学年から羨ましがられることが多い。
「おい、中野! お前、学年章は!」
光と明里がサンダルに履き替え、教室へ行くための階段へ向かう途中、その上方から2年生の学年主任・
光は突然聞こえてきたその怒鳴り声に驚いて少し後ずさりし、それまで明里と横に並んでいた状態から明里を盾にして一歩後ろを歩くようになる。
「(あ、ビビっとる)」
明里はそんな光の様子を見て少し笑う。光は幼い頃から人に怒鳴られることが苦手である。また、他人がそうした状況に陥っている場面に遭遇することも同じように嫌っている。
そもそも光は小さい頃から要領が良く、していい事とよくない事の分別をつけて(抜け道を探しながら) 行動してきた。また、ずっと一緒にいる明里も面倒見の良い優等生タイプで基本的に怒鳴られることには無縁だった。
それもあって学校でこうした場面に出くわすと光は驚いて硬直してしまうことが多い。そうした時には大抵、明里や友人の後ろに隠れ、1人の場合にはわざわざ遠回りしてその道を避けるといった行動を取る。
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「結城さん少し遅刻したけどどうしたの?」
「怒られとる人がいたので、西階段の方から回ってきました」
これは中学2年の時、遅刻したことに対する光の返答である。さも当たり前のように堂々と答える光を見て当時の担任も困惑し、「次から気を付けるんだよ」と言うに留まったらしい。
この時、光と明里はクラスが別々でお互い登校時間が違っていた。明里は光のクラスの友人からこの一件を聞いて以来、なるべく一緒に登校するようになった。
光と明里のことをよく知る一部の友人たちは、明里のことを『光の保護者』と呼び、クラスメイトたちは『光のボディーガード』と言いう。(一部の特殊な者たちは『キマシタワー』などと呼称して喜んでいるらしい)
そのため、光に気がある男子たちは明里の防御網を突破するためにまず明里と親密になろうと躍起になっている。
光はそのような者たちを「馬鹿な連中だ」と心底呆れている。
明里は光の恋愛模様に関して基本的に口を出すべきではないというスタンスでいる。しかし、光のことを心配に思ってお節介を焼いてしまいそうだとも感じている。
それ以前に光を相手できるような男性は現れるのだろうか?
後ろ目に光を見ながら明里は疑問を呈する。勿論、その容姿から高嶺の花に見られがちな光だが、それ以上に彼女の自由人っぷりに耐えられる者を想像できない。
前にベースの師である石屋が「瀧野ちゃんは変わってるからなぁ」とぼやいていたのを聞いたことがあり、案にそれが原因で彼女に合う相手がなかなか現れないことを冗談交じりに言っていた。
その瀧野ですらも光の奔放さに振り回されていることを間接的に聞いている明里は「光の将来がやばいかもしれん……」と余計なことを考えてしまうのである。
2人が階段に足をかけて上り始めると、踊り場の死角から中野と小池の姿が露わとなる。
2年生の学年主任の小池は60を超えるベテラン教師であるが、背筋はピンと張って姿勢が良く、身長は180cm以上と威圧感がある。彼は英語を担当し、光たち25
「中野! 学年章のことは先週も注意したろーも」
「いや先生、あれ付け忘れちゃうんすよ〜」
「何ば言いよっとかって! 学ランの襟に付けとくだけやないか!」
鶴見高校は制服に学年章と校章を付けるように生徒たちは指示されている。男子生徒の場合は正面から見て左に学年章、右に校章を、女子生徒の場合は胸ポケットの位置にフェルトを安全ピンで留めて校章、学年章の順に取り付ける。
殆どの男子生徒は学生服をクリーニングに出す以外は襟に校章と学年章を付けたままにしているが、中野は学年章を取り外して投げるなどして遊んでいるうちに付け忘れることが多く、その度に担任の
「あ、結城さん、おはよう!」
光と明里はクラスメイトが説教されている場面に出くわし、気まずい思いをしながらも存在感を消しつつ通り過ぎようとする。それを視界に捉えた中野は2人とは対照的に元気良く光に話しかける。
「え……、あ、おはよう」
光は突然声をかけられたことに動揺するも、消え入りそうな声で挨拶を返す。中野が小さい声で「かーわいっ」と呟いたのを明里は聞き逃さなかった。
「広瀬! お前も学級委員としてこいつにちゃんと言い聞かせんか」
小池が明里と光に気付き、声をかける。
「え、すみません」
突然飛び火したそれに明里は驚きながら小池に返事をする。その後、中野を厳しい眼差しで睨み、迷惑であることを訴えかける。
「結城。ワーク、もうチェック終わっとるけん、後で職員室に来て持って行っとって。3限の授業前までに皆んなに返しとってね」
「はい」
"ワーク"とは英語の授業や課題で使用される問題集で、25Rの生徒たちは月曜日に提出していた。ちなみに光は英語の教科連絡員で次の授業で必要なものを小池に聞きに行ったり、授業前に必要な道具 (プリントや問題集など) を運んだりする役割を担っている。
「先生、自分でやり〜よ」
「せからしかっ! 大体お前は……」
中野はまたしても余計な一言を発し、小池の説教が再開される。光と明里は小池がもうこちらを見ていないことを確認し、足早にその場を離れた。
「
「ね」
2人は2階に到着し、左に曲がって女子トイレの前を通り過ぎる最中、言葉少なに今あった出来事の不満をぶつけ合う。
「朝から大きな声出すと、丈一郎おじいちゃん、血圧大変なことになりそう」
「いや、そっち?」
「え?」
光は小池に対しての不満を、明里は中野の馬鹿さ加減に対しての不満を言っており、会話が噛み合わない。
「どう考えても中野、あいつ面倒くさ過ぎやろ」
「あぁ、そっちね。何て言うか……どうでもいいというか、気にしてないというか」
「光、結構いい性格しとーよね」
「そ?」
2人はそのまま25Rの後方の引き戸を開き、教室へと入っていき、クラスメイトたちに「おはよう」と言いながら自分の席へと着いた。
そうして8時半からの朝読書に備えるのだった。
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