Op.1-2 – Will

「うん、少し冷えてた」


 娘はそう言うとローファーに手をかけた。その後、私に背を向けてしゃがみ、靴を綺麗に並べ始める。そのリュックを背負ったままの後ろ姿を眺めながらここ数日、テスト対策の為に勉強机に向かっていた背中とを比べ、連日の疲労に後期末考査が終わった解放感が加わっていることが見て取れる。


 テスト期間であった為か受け取った学生鞄はいつもより軽く感じられ、その軽さですらもテストからの解放感を表現しているように思える。

 娘が通う鶴見高校は県下随一の進学校で、夫が通っていた母校でもある。そんな高校の定期考査が精神的に負担になることは想像に難くない。


「手、洗ってくる」


 靴を並べ終えて不意に発っせられた娘の声が私の思考のに割って入る。


「うん。鞄、部屋に持って行っとくわね。ほらリュックも」

「ありがとう」

「あ、あとお昼ご飯はおうどんで良い?」

「もちろん」


 娘は"うどん"という単語を聞いて少し声を弾ませながら私に応答する。本人は『少し冷えてた』と言ってはいたものの声のトーンの変化からほんの少しだけ強がっていたのかもしれない。


 2ヶ月ほど前の雪が降った日の夜、夫と共に家族3人でいつものように夕飯を囲っていた。夫はテレビで流れていたニュース番組を観ながら不意にアメリカ東海岸の冬の寒さについて話し始めた。九州とは比較にならないほど寒く、積雪量は想像を遥かに超える、といった内容が主だったか。

 それ以来、これまで15℃を下回ると音を上げていた娘は天気に文句を言う回数が減り、それどころか過剰なまでに厚着していた衣服も心無しか少し薄く変化した。


「ねぇ。光、留学したいんじゃないかしら」


 この会話はつい先日、就寝前に夫である結城ゆうき和真かずまと寝室で交わしたものである。


「ん? そうなん?」


 夫はベッドで横になってタブレットでその日にあったプロ野球の結果やハイライト動画を眺めながら私の問いかけに返事をする。


「ほら、あなたがこの間ニューヨークの寒さについて話したじゃない? あれ以来明らかに変わってない?」

「……そんな話したっけ?」


 夫の返答に対して私は呆れてため息をついた後に最近の変化について話した。


「光だってお年頃の女の子だぞ? そりゃあ、お洒落に気を遣い始めたってことじゃないのか? ほら、"オシャレは我慢"って言うだろう?」


 前日に観ていた対談式トーク番組『R-Studio』にゲストとして出演していたファッションデザイナーの安藤あんどう 美由紀みゆきが述べていた言葉をさも自分が言い始めた言葉であるかのように夫は得意気に話す。その様子は私の中での呆れ具合を更に助長する。


 そもそもこの言葉を初めに言った人物は彼女でなかったはずだ。確かタレントとしても活躍しているファッション評論家の誰かだったと記憶している。また、日本で広まっただけで元を辿れば全く違う国の人物の言葉なのかもしれない。

 そして先日、美容院でカラーをしている待ち時間に読んでいた雑誌にフランスかどこかのコラムニストが『オシャレは我慢』という定説からの脱却を提案しており、最早この言葉は死語になりつつあるのかもしれない。


「あなたも本当は気付いてるんでしょう? 山内穂乃果が行ってたアメリカの音大、あそこに行きたいのよ」

「んー? 」


 夫は曖昧な返事をしつつハハハと苦笑いをする。


 光が幼い頃から憧れを抱いているジャズピアニストである山内穂乃果がアメリカのボストンにある名門音楽大学『ベイカー音楽大学』を卒業していたことを知ってから興味を抱いていることに私たちは気付いている。そしてネットでその大学について調べたところ、音楽に造詣ぞうけいが深くない私たちですら1度は聞いたことがあるような錚々そうそうたる面子が卒業生に名を連ねていた。


 光は私たちの大切な1人娘。彼女を1人で音楽留学に行かせることに対して私たちに少しの不安が無いなんてことは有り得ない。けれども小さい頃から一生懸命にピアノと向き合ってきた様子を見ていて彼女の夢を叶える力になってあげたいという思いの方が強い。それに何より光自身がとても楽しそうなのだ。それを応援し、支えてあげることが私たち親の責任だろう。


 和真が苦笑いするほどの問題は別にある、と言うより主に私の方にある。親戚たちの雑音である。鶴見高校に入学してからというもの、私の面倒な親戚、特に父の兄弟・姉妹の中で光に対する期待がそれまで以上に膨れ上がってしまった。

 事あるごとに「いつまでピアノを続けさせるつもりなんだ」「音楽なんかで将来生活できるはずがない」「お父さんのように立派な医者を目指すんだろう?」「何のために鶴見高校に入学させたんだ、音楽をさせるためではないだろう」といった小言を浴びせられている。和真も私の、しかも父の兄弟・姉妹ということであまり強く反論することが出来ずにのらりくらりと躱すことに徹している。


 実のところ私の両親も叔父や叔母ほどではなくてもそれとなく私たちに聞いてきていた。

 光には直接言ってはいなかったものの、彼女も薄々気付いていたのだろう。中学3年生の時に受験勉強を必死に取り組みながらピアノの実力と結果で黙らせる方向にシフトしたことがあった。


 光は4歳の頃から『ハヤマ音楽教室』でピアノを習い始め、7歳の頃から作曲を始めた。その中でハヤマ音楽教室は『HAYAMAオリジナルコンサート(HOC)』を実施している。これは15歳以下の子供たちを対象として彼ら、彼女らが心に感じたことを作曲し、それを自ら演奏するコンサートである。各県で毎年開催され、優秀な演奏に関しては7地区でのハイライトコンサートにて演奏する代表者として選抜される。


 光は先生の指導方針も相まってコンクールに興味が無く、HOCにおいて代表に選抜されることにも例外なく重きを置いていなかった。しかし、最後となった中3時にはハイライトコンサートに出演することを目標に作曲に取り組み、それを達成した。

 そしてその年のハイライトコンサートは翌年、光が高1の夏頃に"福岡国際ホール・メインホール"という収容人数1500人以上を誇るコンサートホールでの演奏だった。更に光は即興演奏者としても選ばれ、正にその年の主役となった。


 これを目の当たりにした私の両親は心打たれ、以来ピアノを辞めさせるような動きをパタリと止め、寧ろ応援する側へと回った。父も兄弟・姉妹に光のピアノについて話すようになり、少しずつ牽制するようになった。それでも周囲の雑音は完全に消えることなく正直、私たち夫婦は辟易へきえきしているところだった。


 娘の夢に沿えるようにしてあげたい。しかし、それに伴う苦労を考えると気が重くなる。


 そんなことを考えながら私は扉を開けて光の部屋へと入った。



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