「D」「A」1ー4

 声が震えないようにしながら、私はなんとか口を開いた。


「……自分勝手だ」


「え?」


「私は母の、母さんのことなんて何も考えてなかった」


 ケイトスの自分を見失うなという言葉が蘇る。

 私は考える振りをして、正当化して、それが自分の意志だと言い聞かせていた。罪滅ぼしが、聞いてあきれる。

 

 そこでアイシアはダリア、と優しく名前を呼んでから、さらに強く私の手を握った。


「自分勝手でいいよ。ワガママでいい。でも、それを最後に許し合うのが家族でしょ」


「……」


「お母様は許してくれるんじゃない?」


 考えるまでもなく、許さないと思った。彼女がここにいたならば、私のために目の前の女を殺せとヒステリックに叫ぶに違いない。沈黙の答えの意味がわかったのか、アイシアは続けた。


「なら、これからは私に自分勝手して。私は全部受け止める。喧嘩するだろうし、文句だって言うわ。でも最後には、ね?」


 嗚咽を堪えるに必死だった。涙が止まらない。


 涙は弱い証だ。そう決めつけて、私は幼い時分から泣くことを絶対の禁忌としていた。

 財布を盗むことに失敗して大人に殴られたときも。

 近所に住みついてエサをあげていた猫が傷だらけになって死んでいたときも。

 母に意味も無く暴言を吐かれて叩かれたときも。

 唯一、心を許したケイトスがいなくなったときだって。 

 

 私は泣かなかった。泣いても誰も助けてくれないから。

 私は、ひとりぼっちだったから。


「ねぇダリア。お願いがあるの」


 アイシアを見ると、彼女は笑顔でありながら頬に涙が伝っていた。


「名前を呼んでほしい」


 これはきっと今日初めて会った私たちに必要な儀式だった。彼女なりの私たちを永遠に繋げる約束。

 私は彼女の手を握り返す。剣を握るときよりも強く。それにて、何よりも優しく。


「…………アイシア」


「ダリア」


 私たちは何度も呼び合って、見つめ合った。

 きっとこれは茨の道になる。私たちが姉妹と公にはされないし、認めない者は多いだろう。女の兵士であるというだけで私の存在を許さないとされるかもしれない。


 けれど憂うことはなかった。

 私にはケイトスからもらった剣と姉妹となった王女がいる。一人じゃないというのはこれほどまでに、心強いのだと知った。


「アイシアは、国王になるんだよな」


「譲ろうか?」


「私には無理だ」


「いけると思うけど」


 アイシアに冗談を言っている気配はない。いったいどこまで本気なんだか。彼女の新しい一面を見て私は笑みを零した。けど私が求めるのは国王の座などではない。

 やりたいことが見つかった。

 これは誰のためでもない、私が望む私だけの願望だった。


「王になったら私を、アイシアの騎士にしてほしい」


「……騎士」


「不満か?」


 アイシアはすぐに首を振った。そして迷うように視線をわずかに彷徨わせたあと、決意したように言った。


「ダリア。私ね、いずれスラム街をなくしたいと思ってるの。外も内もなく国を一つにしたい」


「それは、大きく出たな」


「それだけじゃないわ、城下街にはキルギオン出身じゃない外人もいるの。彼らも同様に差別を受けているわ。人権問題は喫緊の課題。それに現状キルギオンは資源だけに頼っての鎖国状態よ。それだけじゃいつか手詰まりになる。もっともっと国交を広げて国を豊かにして、キルギオンが世界で一番暮らしやすい国と呼ばれるようにする。それが、私の夢なの」


「少なくとも、スラムの連中は望んでいないぞ」


「いまはそれでいい。でも必ず認めてもらうわ。私についてくれば、皆が幸せになれるってことをね」


 不敵に、自信に満ちたその顔に少女の持つ可憐さはもうなかった。本当に色んな顔をする子だ。それでも信頼に値すると思ったのは、握られたままの彼女の手から不安と恐れが伝わってきたからかもしれない。


「国内外は敵ばっかで……女であるってだけでなめられっぱなしなの。これからきっと、危ない橋だって何度も渡ると思う。それでもあなたは」


「守るよ、命をかけて」


 もう一度、自分に誓うように続ける。


「それが、騎士になるってことなんだろ」


 アイシアは目を丸くしたあとで微笑んで見せた。


「そうね。でも命はかけなくていい。その代わり、ずっとそばにいて」


「……約束する」


「まぁそれもお父様が死んだあとの話だけどね。短縮するのもアリだけど」


「怖いことをいうな」


「あれは女の敵だから」


「まぁ同感だ」


 私たちは互いに声を出して笑った。

 姉妹というのはこういうものなのだろうか。

 家族というのはこういう温かさなのだろうか。

 正解がわからなかった。わからなくてもいいのだとも思った。


 なぁ、ケイトス。


 あんたは私に自分を見失うなって言ったな。私は今日まで、自分なんてものを持っていなかったんだと思う。

 でも、今日見つけることができたよ。あんたの剣が無ければ、きっとここにはたどり着けなかった。


 あんたはどこかで生きているのだろうか。

 もし会えたなら、感謝を伝えたいな。勝手にいなくなったことも許してやるとしよう。

 ひとりで想うだけの願いは、そう更新することにした。


「ところでダリア。これからのためにはっきりさせたいことがあるの。大切なことよ」


 アイシアは一つ咳払いをしてから聞いてきた。声の調子からなんとなく、ろくでもないことのような気がした。この子は真剣なときとふざけているときの落差が激しい。


「ダリアの誕生日って、いつ?」

 

 一瞬の時間を要して、私はその真意を悟った。やはりろくでもない、いや私にとってはどうでもいいことなだけか。

 ちなみに私はその答えを知っていた。彼女の誕生日の日付はシリスから何度も聞かされていたせいである。

 

 さて、嘘をついてやろうか。

 彼女の真に迫った表情は自分が姉であってほしいという願望がヒシヒシと伝わってきたからだ。

 私は息を吸い込む。

 この第一声をどうするか、まだ決めていない。

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愛をみつけた 名月 遙 @tsukiharu

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