「D」「A」1ー3

 私はアイシアと、未知の自分から逃げるように、天井窓から見える星空へと視線を移した。


 最後に空を見上げたのはいつだっただろう。

 いつだって上空にあったはずなのに、まともに向き合うことがなかった。毎日、下ばかり見ていた気がする。


 気付けば、アイシアも天井窓を見上げていた。私は横目で彼女を一瞥する。それは素朴で純粋で、何色にも染まっていない年頃の少女に見えた。色んな顔をする子だなと思った。


「私ね、ずっとあなたを探していたのよ。ダリア」


 星を見上げながら、アイシアは呟いた。

 アイシアはもう何年も前からそう呼んでいるように、何度も私の名を口にする。

 自然に、それにて大切に。不思議と私はそれに違和感を持たず、当たり前のように受け入れていた。


「噂話を聞いて、城中を探し回ったわ。まさか国家軍にいるなんて思わなかった」


「また噂話か」


「え?」


「スラムでもいつもコソコソ言われてた。国王の妾とそのガキって」


「苦労したんだ」


「全然。言ってきたやつは次の日から歩けないようにしてやった」


 ときに私と母を使って国王をゆすろうなんて考えるやつもいた。

 無論、そういう手前は説得や痛めつけるなどではなく容赦なく斬り捨てた。それが身を守るということだったから。だが、そこまではアイシアには伝えなかった。彼女が暴力に対して抵抗があるのは顔をみてすぐにわかったからだ。


 無意識に、聞いていた。


「どうして私を、探したんだ」


「どうしてって。たった一人の姉妹に会いたいって思わないわけないでしょ」


「私は思わなかった」


「でも、会いに来た」


「理由が最悪だ」


「それでも、会いに来てくれた」


 そこで、アイシアに手を握られた。

 生まれて初めて触る他人の掌は、火傷するかと思うくらい熱くて、咄嗟に振り払ってしまいたくなった。けれど徐々に浸透していくように熱は自分の体温と同化していった。

 私はこのとき、人の温もりを初めて知った。

 結局、母は一度も私の手を握ってくれなかったから。

 アイシアの手を握り返すことができないまま、私は涙を流していた。


「……どうして泣くの?」


 問われても応えられず、私は両目を掌で覆った。


 どこかでわかっていたんだ。

 母のために王に復讐すると決めたなら、真っ直ぐに進むだけだ。今までそうやって生きてきたんだ。母と自分の身を護るためだったら誰であろうと斬っていた。けれど、今回の私はどうだ。

 アイシアの命を奪えば王は絶望する。ああ、その通りだろう。だが本当にそれは必要だっただろうか。

 どうして、シリスにアイシアのことを聞いた。そんなこと知る必要なんてなかったのに。

 ユーラスとの試合でどうして私は勝てた勝負を捨てた。アイシアが私を呼んだ声が聞こえたからだ。私のことを知っているのかと、期待した。

 

 最初からだ。全部最初からおかしかった。

 

 本当に母のためだというなら一番最初に、刺し違えてでもストヘルムを斬るのが正しかったんだ。なのに私はしなかった。王のもとへと下った。


 ただ、会いたかったから。

 たった一人の、血のつながった姉妹に。

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