人を殺すなら冬がいい

瘴気領域@漫画化決定!

人を殺すなら冬がいい

 やあやあ、わざわざボクの小説を読みに来るなんて、きみも暇人だね。

 まあ、こんな話をせっせと書いているボクもたいがいだけれども。


 Web小説って、良い文化だよね。

 小説が書きたい暇人と、小説を読みたい暇人の双方にとってウィン・ウィンだ。

 一説によると、現在日本でWeb小説を書いている人は30万人から50万人くらいなんだそうだ。いまや、クラスに一人や二人はWeb小説家がいるって計算だね。


 おっと、すっかり話が脱線してしまいそうだったけれども、本題に戻ろう。

 これは友人のKが馴染みの飲み屋で仕入れてきた話だ。

 いわゆる友だちの友だちから聞いた――ってやつだね。

 だから、信じるも信じないもきみ次第だ。


 Kもボクと同じくWeb小説を書く人間だ。

 ミステリのプロットを練っているところで、死体処理の方法をどうするか悩んでいたんだな。

 カウンターで飲みながら、店主(彼もWeb小説家だ)と「山に埋めるのは案外難しいらしい」「細かくバラして海にまこう」「ウナギの養殖場に捨てるんだ」「薬品で溶かすのはどうか」なんて話してたんだね。まったく、物騒な飲み屋だよ。


 そんなとんでもない話題で盛り上がっていると、カウンターにいた別の客が「そんなのじゃダメだよ」とぽつりと洩らした。

 かなりよいアイデアが浮かんだと思っていたKは、ちょっぴりカチンと来てね、聞き返してしまった。


「いったい、何がダメなんですか?」

「細かくバラすって、どうやって?」

「そりゃあ、まず関節から切って、フードプロセッサーにかけて……」


 その客はKの言葉を聞いてくつくつと笑った。


「お兄さん、猪とか、鹿とか、解体したことある?」

「ないですが」

「じゃあ、バラすだけで3日は覚悟した方がいいな。ノコギリも何本か折れるだろう。それからフードプロセッサーも5台は欲しいな。家庭用のものは、生肉の塊を何キロも調理できるようには作られてない」

「時間をかければいけるってことじゃないですか」

「そりゃあ時間をかければできないことはそうそうないさ。だけど、時間をかけるのはマズイ。人間なんてあっという間に腐って臭いはじめるから、その間に通報されないか、部屋に臭いが残らないかも疑問だねえ」


 部屋に入った途端に腐臭がしたのでは、Kが考えているトリックは使えなかった。


「誰にも知られず死体を消すなら、バラバラなんて下の下なんだよ。たいてい、風呂場にビニールシートを敷いて作業するなんてのが定番だけどさ、あちこちに血痕が飛び散って、ルミノール反応で大量の出血があったことがすぐにわかっちゃう。肉片や固まった血で排水口が詰まっちゃったらもう最悪。風呂場を洗うことすらできなくなる」

「それなら薬品はどうですか? 苛性ソーダを使って死体を溶かしていた死体処理屋が実際にいたとか」


 これは本当の話で、興味がある方は「メキシコ シチューメーカー」で検索してみるといい。


「苛性ソーダは劇物扱いだからねえ、素人が大量に買ったらすぐに足がつくよ。仮に秘密裏に手に入れられても、今度は廃液の問題が出てくる。そこらの川にでも流したら、魚が大量に死んであっという間にバレちゃうだろうねえ」


 こんな具合で、Kのアイデアはことごとく否定されていった。

 悔しげなKを見て悪く思ったのか、今度は客がこんなをことを言いはじめた。


「まずね、人を殺すなら冬がいいんだよ」

「なぜですか?」

「気温が1桁以下ならね、何にもしなくたって数日は臭わないんだ」

「その場しのぎじゃないですか」

「うん、そのままじゃね。だから、その数日を使って防腐処理をする」

「防腐処理? やっぱり、何かの薬品を使うんですか?」


 そんな大仰なものじゃないよ、と客はまたくつくつと笑った。


「塩だよ、塩」

「塩?」

「そう、塩。ただの塩。料理に使うやつ。精製塩でも粗塩でも、どこでも売ってる安いやつがいいな。20kgくらい。1箇所で買うと怪しまれるから、あちこちのスーパーでも回って買うといい」

「塩で何をするんです?」

「塩漬けにするんだよ。生ハムとか、ベーコンとか作ったことない? あれと一緒。肉が腐る原因は水分と温度だからね、寒いうちに、水分を抜いちゃえばいいんだ」

「どうやって?」

「まずね、浴槽にブルーシートを敷くでしょ。その上に、塩を1~2センチくらいの厚さになるよう撒く。その上に死体を置くでしょ。あ、服は脱がせてね。そしたら全身に千枚通しで穴を開ける。血抜きの目的もあるから、なるべく深くね。できればひっくり返して反対にも。それが済んだら、残りの塩をかぶせる。それで、お風呂の換気扇を回しっぱなしにして、ひと月も待てばカラッカラの干物の完成よ」

「死体、残っちゃってるじゃないですか」

「1回こうしちゃえば後は簡単なのよ。水分が抜けて3分の1くらいの重さになってるし、ノコギリも引っかかりにくい。何しろ腐る心配がないから、暇なときにちょくちょく解体して、バレないように小分けで捨てるのも簡単ってわけ」

「なるほど、じゃあ塩はどうするんです?」

「血を吸ってるから多少気を使うけど、元は単なる塩だからねえ。釣りに行くふりでもして、海にぶちまけちゃえば綺麗さっぱりよ」


 Kはすっかり感心してしまった。たしかに、これなら特別な用具や薬品も要らず、痕跡も残りづらい。

 これだけ見事な死体処理方法を考えられるとは、さぞ名のあるWeb小説家なのだろうと思ってどんな作品を書いているのか尋ねてみた。


 すると客は、「小説の話だったの?」と一瞬目を丸くして、「いや、俺は単なる会社員だよ」と言い残し、会計を済ませて慌てて店を出ていったんだそうだ。


 * * *


 さて、どうかな? きみの退屈をまぎらわせる手伝いが少しはできただろうか。

 あ、でも真に受けちゃいけないよ。

 本当のところ、ボクにはKなんて友人はいないんだから。


 あはは、そう怒らないでくれよ。

 Web小説家なんて、四六時中こんなろくでもない大嘘を考えているものなんだ。

 最初の話に戻るけど、いまの世の中、数十人に1人はこんなことばかり考えてるってわけ。


 しみじみ思うのだけれど、すごく、いい時代になったよねえ。


(了)

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