待ち人
俺がこうやって小説を書き続けているのは、ある人に読んでもらいたいからだ。あちらは俺のことなんてあまたいる知り合いの一人くらいにしか思っていない気がする。それどころか、俺のことを考えたことなんて、一度もないんじゃないだろうか。一方で俺は毎日その人のことを考えていて、なぜ急にいなくなったのか想像を巡らしている。
健康上の理由か。
家庭の事情か。
残念ながら手がかりがない。
俺は朝起きると、今日は何を書こうかと考える。ぼんやりと。でも、真剣に。
あの人が好きそうなテーマ、登場人物を設定する。自分の頭の中で勝手に浮かんで来ることもあれば、テレビやネット、SNSからヒントをもらうこともある。俺はオカルトやホラーが好きだけど、あの人はそうじゃない。きっと普通の恋愛小説なんかが好きだろうと思う。あの人が前に読んでいた物を見ると、ストレートな恋愛、友情、家族の物語なんかが並んでいた。俺にはどうしてもそうした普通の話がかけなくて、感想を聞かせてほしいといつも訴えていた。
あの人ならきっと「良く書けてる」とか「面白い」とか俺が傷つかないことを言うだろう。優しい人だからきっとそうに違いない。何でもいいから俺は反応が欲しい。あの人は俺の作品を気に入ってくれていたと自負している。反応を見たらわかる。
俺の場合、テーマを設定するのに大体一時間くらいかかる。
登場人物を選ぶのにさらに一時間。
書き始めて筆が乗るまで三時間くらいかかる。
最後に誤字がないか見直しをする。
それで俺の作品が一個出来上がる。
俺の人生を削って書いたものだ。
俺はそれを毎日やっている。
俺は消しゴムの消しカスみたいな存在で、テーブルの上にただ汚く散らばっているに過ぎない。だけど、その黒く灰色の模様を見たら何かが見えてくるかもしれない。消しては書いて、書いては消して。俺の作品の一部でもあり、消しカスを含めて俺の作品なのだと思う。
小説ってのはみなそういうもんだろう?
この時間。
俺の独白を読んでいる間に、君の人生から数分かが失われている。
これって、静かな殺人じゃないか?
いい作品は心を豊かにするけど、そうでないものは全く人生にとっての無駄なのだし、むしろマイナスだ。君の人生がこうしてちょっと終わりに向かっていく。最後の時に、あの時あんな物を読まなければよかったと思い出して欲しい。俺はそういう存在でありたい。
あの人にも俺は書いた。
「あなたの部屋の窓からあなたの私生活が丸見えですよ」って。
それから、あなたはカーテンを閉めるようになっただろう。
その後、俺はまた書いた。
あなたの部屋の天井裏を探してごらんなさい。
そこに私の巣がありますって。
私はあなたに差し上げる卵をそこで温めているんです。
いつか一緒に食べられるように。
昔の家の天井は板張りで割と開けやすかったかもしれないけど、今はクロスを張っているから難しいだろう。だから嘘だと思うだろう。でも、時々、天井がミシミシときしむはずだ。がさがさと音がする気がすることもある。
あなたは俺のことが気になって仕方がない。だんだん家にいるのが嫌になって来る。
そしたら、俺はこう送る。
「今は部屋の片隅にいます。あなたからは見えないかもしれないけど。私を恐れなくなったら、すぐに私の姿が見えますよ。私を見たら、ちょっとびっくりするかもしれません。私はあなたのことをずっと昔から知ってるんです。実家に帰ったら、卒業アルバムを見て私を探してください。あなたにはきっと私が誰かわかるでしょう」
俺はまた送る。
「あなたは卒業アルバムを家に持って帰って来たでしょうね。卒業アルバムって言ったって、幼稚園からあるんだから、どれかわからないかもしれませんよね。
全部のアルバムに出ている子。
それが私です」
俺はまた送る。
「あなたはずっと考えているでしょう。私が誰かって。あなたは別学の学校に行きましたよね。だからがっかりしたでしょう。私が同性愛者かもしくは恋愛目的でないことを知って。私がテレビにでるような、モデルみたいな人物であることを期待しませんでしたか?世の中そんなにうまく行きませんよ。ネットで知り合ってリアルで人に会ったら、大体は真逆の結果になるものです。私の姿はまるでモンスターです」
俺はまた送る。
「あなたはこれがいたずらだと思うでしょう」
「ずっと同じクラスだったやつなんていないって」
「でも、一人だけいるでしょう」
「やっとわかりましたか?」
「お疲れ様でした。長いことお付き合いいただき感謝申し上げます」
俺はまた送る。
「いつ頃返事をもらえますか?」
「いつでも待っていますから」
ホラー・ショート・ストーリーズ 連喜 @toushikibu
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