魔法少女の小名奏は異世界から帰りたい

橡ロマネスコ

第1話

「やだーーーーー!死にたくなーーーーい!!」

突き抜けるように晴れた蒼天の上空で、引きちぎれんばかりに懇願する少女は今真っ逆様に地上に向けて自由落下をしている。

黄色を主体としたリボンやフリルのついた衣装に身を包み、肩まである鮮やかな金髪。日曜日の朝を彷彿とさせるその出で立ちは魔法少女のそれと思わせる彼女だったが、抗う術も無さそうに咽び泣いている。


「ステッキも出せないマジカルシューズも出なかったらただの小名奏なんですけど!!!ねええええポンタロー何が起きてるの!?何が起きてるのーーーー!!」

「分からないと言うかボキも通信が出来ないポン!アクセスのアの気配も感じないポン!!」

「アの気配って何それってあああああんまり時間無い時間無いうわああああああああああああああああん!!」

命の危機に見舞われている割には余裕のあるツッコミを一瞬かまそうとしたがそうそう上手くはいかないものですぐにパニック状態になってしまう。

傍らで短い足をばたばたさせているパステルイエローのタヌキのような生物と一緒に見知らぬ土地が眼下に広がる中、少女――小名奏おなかなでの脳裏にはつい30分前までの光景がフラッシュバックしていた。


                ◇◇◇


木之花町。首都に近く人口も3万程度あるこの町は数ヶ月前に謎の宇宙人によって危機に瀕していた。

彼らは自分たちのことを『マッドサイドダークネス』と名乗り、その名の通りなんだかどろどろした辛うじて顔と手の形が分かる得体の知れない地球外の生命のようで、目的は手始めに木之花町の支配、ゆくゆくは国ごと乗っ取ろうとする恐ろしいもののようだ、と奏達は聞かされている。

彼女達のサポートを行っているのはマッドサイドダークネスを地球から撤退させるべく構成された、『キラピカ☆アニマルズ』。ファンシーな見た目の彼らはウサギ、キツネ、タヌキ、イヌ、ハシビロコウをそれぞれ模していてタヌキのような黄色い生物は奏のサポートをしている。

彼らの手によって不思議な力を与えられた15歳の少女達――それが奏達魔法少女だった。


「今日も撃破数が一番多いのはハシビーさんと灰音はいねちゃん。…というかもしや魔法少女5人もいらなかったのでは?」

下校しながらのんびりと彼女は空中を指でスライドさせる。常人には見えないが特別な力を与えられた奏には日々の敵の発生数と場所、それに撃破数、倒した時のプレイバックなどがご丁寧に観れる映像ツールがテレビ画面だけ切り取ったように鮮明に映し出されている。

そこには一人の魔法少女――艶やかな紫色の長髪に同色の衣装を身に纏う凛とした姿の、灰音と呼ばれた少女と、通常のハシビロコウを5分の1程度縮めた、だがやたらと眼光の鋭いクールな灰色のハシビロコウのような生き物が映されている。

「まあまあそう言うなポン。今は雑魚のマッドヌタヌタしか出てきていないけど確実に奴らはそれより上の存在を作り出しているポン。一網打尽するその日には絶対絶対5人の力が必要ポン!」

どこからともなくふよふよと奏の元に寄り付くポンタローはぐっと小さく拳を握って力強く言った。奏はそれを横目に観ながら少し肩を竦める。

「まだ実感沸かないって言うか、実際雑魚狩りしかしてないからなあ…大体5人で顔合わせたのって最初だけで退治だってやっても二人でとかじゃん?」

「カナデはああ言えばこう言うポン…あ、そうだポン!」

不服そうな奏に困った様子のポンタローは足をばたばたさせて奏が出しっぱなしにしていた映像の近くに移動する。

「きっと、きっと敵にも見慣れちゃって刺激が足りないみたいなやつポンね!そんな奏にはボキだけのとっておきを見せちゃうポン!」

あるかないかくらいの指先で器用に2本指を立てながら黄色いタヌキっぽいのは映像にその指先を向ける。そして肉眼では見えない速度で映像を何度も何度もスワイプしていった。

「こっちにやってあっちにやってここをこうしたら~~~~ええいっ!ここだポン~~~っ!」

ようやく止まった先はモノクロの砂嵐が移る画面だった――が、そこから徐々に色を持ち、誰かが中に移っているように見えてくる。


「…?こんなの誰の映像でも見たことないけど。なにこれ?」

「フフン、アニマルズには色んな力を授けられるポン。これはボキだけが扱える力で、別の世界とチャンネルを繋いでお話できるというものポン!」

「へー。…え、退治に関係あるのこれ?」

「宇宙規模の戦いポンからね~!色んな世界の知見を得てマッドサイドダークネスに対抗し得る画期的な手段を日々ボキらは練り練りするためにはこういうのも必要ポン。…ポン?」

ふと、画面を見るポンタローは不思議そうにしたので奏も釣られるようにそちらに目を向ける。

見るとそこには鼻から下だけ映された黒い長い髪の、体躯を見る限り痩せた男が移されている。

真っ黒い服を着て、余裕のある笑みを口元に浮かべている様なその風貌を視認するのも束の間の事だった。

ヌッ――を青白い二本の腕が伸びて画面から奏達の方に伸びてきた。

映像を越えて腕は確りとした肉体の形をして、奏の腕と、ポンタローの胴体を的確にがちりと不意をつく形で掴んできた。


「え。」

「ポン???」


間の抜けた声を出すのも束の間に、腕は恐ろしい力で映像の中に一人と一匹を飲み込んだ。開きっぱなしの映像からは声が聞こえる。連絡ツールからの通話が開き、のんびりとした少女の声が響く。


『こちら吹恋すいれんでぇす…奏ちゃんーー?アイス食べに行きませんか~~?灰音ちゃんも一緒だよ~~。…奏ちゃん~~?』

声も、身体も、一瞬にして彼女は木之花町から消え去ってしまったその事実に魔法少女たちが気付くのはもう少し後の事になるのだろう。


かくして、魔法少女は現在――能力を行使できないまま、現在に至る。

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