第2話「霞の紹介」

「大旦那様!…と、誰だ」


番頭。宿屋の顔ともいえるだろう。何故なら最初に客たちはここで宿泊の

手続きをするからだ。人間であろうと妖怪であろうと恐らく第一印象が大切。

霞は会釈する。


「栗花落 霞。元の世界に戻るまでは、ここで世話になるから。大旦那と

私の間で互いに了承したことで結んだ契約よ」

「はぁ!?ち、ちょっと待ってくださいよ。本気ですか、人間ですよ?」

「本気さ。皆にも顔つなぎをしたい。営業時間が終わり次第、全員を大広間へ

集めてくれ。さぁ、霞はこっちだ」


番頭は呆けた顔で刹那に連れられる霞を眺めていた。その目には憎悪もあるように

感じるが霞はそれをものともしない。



刹那はこの宿の女将に霞の着付けを任せた。


「え、良いんですか?袴で…だって、着物の方が良いんじゃ」

「良いんですよ、霞さん。貴方は少し特殊な立ち位置となる故、お客様にも

それを理解していただくためです。この袴は旦那様が用意してくださったのですよ」


鮮やかな青が上、そして紺色の下。青系統でまとめられた服装だ。好きな色なのは

偶然なのか、それとも狙ってなのか。それは分からない。袴を着るのは初めて。

女将、時子は霞の長い黒髪を一つに結った。

着替えを完了させた霞と手伝った時子が部屋から出て来た。霞を見て刹那が顔を

綻ばせた。


「似合っているぞ、霞」

「選んだのは貴方でしょ。好みにドストライクよ!」


霞は親指を立て、歯を見せて笑った。

そして時が進み、この宿屋で働く職員が大広間に集まった。刹那は上座で説明する。


「もう何人かは見ただろうが、どうか僕の我が儘を聞いておくれ。人間がここに迷い込むことは無い。これが件目。僕は彼女に衣食住を約束する代わりに

ここで働くことを約束させた。人間を良く思っていない者もいるだろうけど、どうか

彼女を受け入れてくれ。さぁ、入っておいで」


霞は襖を開いて大広間に足を踏み入れた。やはり周りが騒めきだした。


「栗花落 霞です。私、人間だけど妖怪大好きなんで、これから暫く否が応でも

よろしくお願いします!」


普通でいいのよ、普通で。下手に猫を被ったら、素に戻った時が困るし。静まり

返っていた。滑った…。これから幸先不安である。数人は彼女を認め、数人はまだ

彼女を疑っている。

霞の紹介を終えてからゾロゾロと宿屋で働く妖怪たちはこの部屋を後にする。


「初めまして、霞さん。白夜と申します。この宿屋では若旦那をさせて

貰っております。よろしくお願いします」

「お願いするのはこっちだよ。よろしく、白夜さん。因みに白夜さんはもしかして

九尾ですか!?」


ぐいぐいと来る霞に驚きつつ彼は頷いた。フワフワとした九つの白い尾、そして

耳。間違いなく彼は九尾だ。鬼、雪女に並んで良く知られている妖怪の一種だろう。

見た目通り温厚な性格をしている。


「白夜、悪いが彼女を案内してやってくれ。僕は少し用事が出来た」


刹那は白夜に霞を任せる。白夜もそれを受けて、彼女を案内する。ある程度彼は話を

聞いているらしく、霞がこれから頼まれるであろう仕事について言及する。


「基本的には雑務になることが多いと思います。従業員の数は充分足りていますし、

でも広報部というのはありませんね」

「なら、広報部を設立することは出来るかも…ちょっとだけ具体的にやることが

見えた気がする!」

「現世でも宿屋があるのですよね?」

「うん。宿屋、ホテル…ぶっちゃけどっちも変わらないけど。一番やりたいのは

この宿屋の看板とビラの作り直し、リメイクね」


白夜はピンと来ていないようだ。看板に何か問題はあっただろうか。


「看板って大事よ。客の印象に残っていれば、また来る。記憶に長く残る。

大きく変えるつもりは無いけどね。もっと綺麗で力強い印象にしても

良いと思ってる。ビラなんて以ての外。私が客人だったら、売れてない店だと

思っちゃうから」

「確かに…記憶に残れば、また来てくれる客も増えるかもしれませんね」

「そう。料理と同じ。料理は見た目が八割って言われてる。妖怪と人間を同じにして

良いか分からないけど、視覚で最も多くの情報を得るからなんだけど、やっぱり

インパクトがあるとそれが消えないんだよ」


外装にも気を配る必要がある。客は汚いボロボロの場所には行きたがらない。

綺麗な場所、そこに魅力を感じる。内装は従業員たちが一生懸命ピカピカにするが

外装となると難しいのだ。

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令和版かくりよ絵巻 花道優曇華 @snow1comer

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