第19話 人員不足

「どうもよろしく」


 そう言うと、目の前の男はにこやかに握手を求めてきた。だが、柔和な表情に反して両目は全く笑っていない。罪なき市民がテロの犠牲になっているのだから、当然と言えば当然だろう。ただ、男の目から感じるのはそれだけではない。


「ああ、こちらこそよろしく頼む」


 夜泣市長、望月明は僅かばかり遅れて、その手を握った。すると、男が力強く望月明の手を握り返してくる。これは応援か、それとも敵意なのか。


「さてと。早速ですが、無差別テロの詳細はご存じで?」

「いや、それがまだ知らないんだ」

「有馬さん、手短に説明を」


 男に前触れなく、話を振られた有馬宏は、面倒だという顔をしながら、丁寧に事件の中身について分かる事を語り出した。


「夜泣市の雲涼地区にて、犯人不明の無差別テロが発生しています。先ほどまでの情報によると死亡者は35名。負傷者は推定100人以上との事。なお、通報者からの証言では黒の車が複数台、同時多発的にテロを引き起こしてるらしいのですが、こちらではまだ調査中で、事実確認が出来ておりません」


 ただ、と付け加えた有馬宏が、更なる絶望を望月明に叩きつける。


「テロ実行犯たちの乗る車を何とかして全て止めない限り、今後も犠牲者が増え続けるのは確実です」

「民の盾の派遣は済ませたのか?」

「はい。初期段階で、数十人の派遣を緊急要請しました」


 望月明はそれを聞いた途端、急速な危機的意識の高まりを感じた。もし、民の盾が数十人単位での派遣しか行っていないのなら、無差別テロ包囲網を構築するのは最初から不可能。だが逆に追加要請もしている場合は、人数次第ではあるものの、無差別テロの無力化も現実的な選択肢となり得る。


「では現段階における派遣人数を、具体的数値で教えてくれ」

「そうですね……、様津ようつさん。電話で今の状況を聞いてもらえますか?」

「良いでしょう。数分だけお待ちください」


 様津と言われた男は、内ポケットから携帯を取り出すと、背中を向けて遠ざかった。誰に電話を掛けるというのか。それは様津のみが知り得る事だろう。


「様津です。急にすみません。すぐにでもお尋ねしたいのですが、これまでに何名の人員を雲涼地区のテロ現場周辺に投入しましたか?民の盾に限定した数です。はい、間違いないですね?ありがとうございます。では、失礼いたします」


 すぐに電話を切った様津が、有馬宏と望月明に向き直った。


「今の時点での派遣人数は、200人ほどだそうです」

「たった200人。それしかいないのか……」


 望月明は考え込んだ。夜泣市民を守るために送り込まれたのは200人。多少の誤差があるとしても、この人数で無差別テロ包囲網を敷くのは難しい。そして何よりも警戒すべきなのは、潜伏しているかもしれないテロリスト。これを気づかれる前に、捕まえられないか。


「民の盾や、市民から不審人物に関する報告は上がっているのか?」

「ええ。ですが、テロとは無関係のものばかりですよ」

「例えばどんなものがある?」

「強盗、置き引き、引ったくり、万引き。盗みに関連した犯罪が多いですね」


 携帯をしまいながら答える様津は、呆れたような顔をしていた。互いに助け合うべき深刻な状況で、自分の事しか考えていない。そんな人々を、心底嫌っているのであろう。だが、だからと言って彼らが完全に悪いと言えるのか。その原因、その責任の一部は疑いようもなく、政治にある。


「分かった。そういった犯罪は後回しで良い」

「それなら盗みは、民間の警備会社に対応させましょう」


 ただ、民間の警備会社と言っても、人員の量と質に差があるはずだ。果たして、対応しきれるだろうか。


「心配には及びません。民間でも高度な訓練を実施している所は、小さな会社も含めて警備員のレベルが高い傾向にあります」

「よし。各警備会社に、窃盗抑止の協力通達を出してきてくれ」


 民間会社への対応を提案し、促した有馬宏は、望月明からの通達願いに、無言で首を縦に振ると、議場から駆けるように姿を消した。


「私たちだけになりましたね」

「うむ。だが、これより迅速な人員招集と、適性配置を行うつもりだ」

「それには賛同します。ですが、当てはあるのですか?」

「何人かだけな。ただ、頼んでみない事には」

「結果は分からないと」


 様津の発言に、望月明はおもむろに頷いた。実際、望月明は以前から、人脈形成に取り組んでいる。それが功を奏して、何十人もの人間と密に連絡を取り合っているが、その関係性が親密であるかは怪しい。したがって、無差別テロ真相究明チームをはじめとする各行政組織に、彼らが加わるかどうかは正直、賭けだ。


「それでも、やるだけの価値はある」

「言うまでもないことです。だけど応援はしますよ」


 様津は言いながらも、視線を別の方向に飛ばしていた。そのせいで、言葉自体に重みがなくなり、気持ち自体も伝わってこない。まさに悪印象。しかし、様津が敵でないなら心配など不要で、仮に問題が起こったとしてもどうにでもなる。


「まあ、もしダメなときは言ってください。代わりになる人を紹介しますので」

「遠慮なくそうするとしよう。ただ、誰でも良いわけじゃない」

「もちろん。そこは貴方の意思を最大限、尊重するつもりです」

「なるほど。ひとまず感謝しておく。ありがとう」


 笑顔とは反対に、望月明の心境は複雑になっていた。様津の言い方、あるいは言葉の表現が、どこかスッキリとしない。まるで表向きは肯定しつつも、同時に都合の良いような逃げ道を作っている。そんな気がしたからだった。


 とはいえ、常に逃げ道があるとは限らない。敵対勢力の活動により、それが断たれる場合が存在するからだ。


「チッ、前も後ろも塞がっている」

「どうする、ンシェ?アクセル全開で強行突破するか?」

「いいや。したところで成功は保証できない」

「それなら何するって言うんだ?」

「局所聖戦を仕掛けるぞ。弾を装填したら、一斉にドアを開けるんだ。良いな?」


 ンサットの号令に、ンシェ、ンソラシ、ンサダが小さく頷く。最初の難関は、前後に挟まれる形で囲まれた簡易的な包囲網の突破。これを破るには、各人の配置と、銃撃方向がとても重要なカギになってくる。敵が武器を持っていることを想定した場合、前後からの攻撃に対応しつつ、死角も埋めなくてはならない。


「全員終わったな。ンシェは前、ンソラシ、ンサダは後ろ。俺は間でフォロー。作戦は以上だ。1、2の3!」


 ドアが勢いよく開けられ、4人が車外に飛び出る。そうして、敵が反応する前に配置につき、広範囲の銃撃を行う。これによりドアを開けたら死、窓を開けても死という恐怖を与え、敵を動けなくする。ンサットの思惑は作戦としては完璧だった。


「しまった!後方2人は、前面左に集中攻撃しろ!」

「了解。ンソラシ、いくぞ」

「もちろんだ」


 後ろにある程度下がってから、スピードに乗って前へ進もうとする後方車に、ンソラシと、ンサダが運転手が座っているであろう左側に連続発砲する。だが、その銃撃は車を止めるのには至らず、ンサットたちを轢こうと更に加速した。


「避けろ!散れ!」


 ンサットが咄嗟の命令を下した。しかしその声は届かず、ンソラシが断末魔を上げ、轢殺される。とはいえ、悲劇はそこで終わらない。


「ンシェ!」


 ンサダの呼びかけに気づいたンシェが、銃を下ろし、視界右側を確認する。すると、ンソラシを轢殺した車がすぐ目の前に迫っていた。間に合うか。骨折や打撲を覚悟して、ンシェは後ろに飛んだ。


 その直後、勢いに乗った後方車が、前方車を抜かし、駆けていく。そうして、前方車もそのまま去ってくれれば有難かったのだが、それは叶わないらしい。


 この場には自分、ンサダ、そしてどこか痛めたのか動けないンシェ、誰が乗っているか不明な敵対勢力の車、周りを取り囲むように遠目から見守る大勢の民間人。次なる難関は、車を含む敵方の無力化と、民間人の人だかりという無秩序な包囲網の突破。攻略するには、明らかに人数不足という所まできている。


「これは困ったな……。どう対処するか……」


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正義の幻想【不定期更新】 刻堂元記 @wolfstandard

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