元新米お巡りの嘆息

 やけにあっさりと通話を切られてしまったので、思わず深々と溜息をついた。

 いつも通り「またこいつか、毎度毎度過保護だなあ」という感じの声色だったが、自分はまだ放置している方だった。

 むしろ放置しすぎて度々上からドヤされているのを、干渉しすぎると逆に何をしでかすかわかったものではないと説得するのが常だった。

 この国程度なら容易に破壊できる能力者の保護者代わりに自分がなってしまったのは、完全に貧乏くじを引かされてしまったせいだった。

 おかげでただの新米お巡りだった自分はこの十年数年で随分と出世した、平穏と引き換えの出世だったので嬉しくもなんともないが。

『あの日』のことを思い出すと今でも血の気が引く、こちらをバケモノでも見るような目で見上げる少女と、そんな少女に抱きつかれ殺意をこちらに向ける血塗れの少年。

 真昼間なのに路地裏は暗くて、少年が纏う血の臭いと酔っ払いがそこらへんにあちこち吐き捨てたと思しき嘔吐物の臭いが混じった悪臭があたりに充満していて、悪夢が具現化したらきっとこういう光景になるのだろうと思った覚えがある。

 それでも自分が二人を『保護』できたのはひとえに自分がピカピカのド新米で、たいして強くなかったからだろう。

 それと、怯え切った少女とそれを守ろうとしているであろう少年にむやみやたらと敵意や悪意を向けるべきではないという良心が自分にあったのも理由の一つだったのだと思う。

 これでつい最近パワハラでクビになったという噂を聞いたばかりの当時の自分の上司があの二人と対峙していたら、この国は滅んでいたかもしれない。

 だけどそうならずに済む対応をできた自分を誇らしいとは思わない、きっと自分は運が良かっただけなのだから。

 いや、あれは自分の運ではなくこの国とか世界の運が良かっただけなのだろう、むしろ自分は最悪に運が悪かったのかもしれない。

 あの二人をどうにか『保護』して、二人まとめて病院に叩き込んで一息ついていたら、あの二人は互いと何故か自分以外には口を開かず、おまけに迎えにきた善良そうな親のことを二人とも強く拒絶した。

 少年の方は能力の暴発で家族を傷付けてしまった恐怖と罪悪感、これ以上傷付けたくなかったが故の拒絶だったが、少女の方はよくよく調べてみればかなりエグい虐待を受けていたことがわかってさあ大変。

 少女の両親をぶち殺そうとしていたあの少年を何故あの時の自分が止められたのか今でもよくわからない、そもそも必死すぎたせいで記憶が抜け落ちている。

 それでもなんとか落ち着かせて、少女の両親を牢屋の中にぶち込んでこれで終いだ、と思っていたら少年を落ち着けさせた功績を認められて監視係というか保護者の真似事をするように命じられたのでぶっ倒れた、マジで気絶した。

 それでも自分以外の大人には話もしようとしない少年とついでに少女の相手ができるのはどうやら自分だけであることは理解できてしまったので、仕方なく。

 少年の方は少女以外に心を開くことはなかったが、少女の方は元々人間辞めてるレベルに図太い性格だったので、それほど時間をかけずに心を回復させていった。

 少女の方が思いの外早くメンタルを回復してくれた影響で少年の方も病んだり危険な思想になったりせず、怒らせたら危ない程度の性格に育ってくれたのはよかったが、少女関係で何かあれば確実にブチ切れる立派な過保護に成長させてしまったのはちょっと失敗したと思っている。

 けど自分は悪くない、あれは少女がフリーダム過ぎるのが悪い。

 自分だってあの子が実子だったら絶対に過保護になると思う、というか多分今の時点で結構な過保護だとは自分でも思う。

 なんであの子は平然と危険なところに足を踏み入れるんだろうか、どうしてあからさまに危険な人間相手に平然としているのだろうか。

 恐れ知らずというよりもあれはおそらくただの捨て身だ、多分あの子は自分よりもよほど死ぬ覚悟ができている。

 いつだったか、何かあったら真っ先に死ぬのは自分だからそう思うと怖くもなんともなくなっちゃったんだよね、とか言っていた。

 それを聞かされた自分は大人のくせにみっともなくメソメソと泣いた、君が死んだらその次に自分を含めた全国民、ついで全世界の人間が滅ぼさられるだろうから絶対に死んだりしないで欲しいと言ったら、大袈裟だなあと笑われた。

 大袈裟でも冗談でもなく本当のことなのだ、あの少年はあの子に何かあればその程度のことは簡単にしでかすだろう。

 少年の方には非常にありがたいことにその自覚があるようで、そうならないようにちゃんと少女のことを守ろうとしてくれている。すごく偉い、おばさんは君がいい子に育ってくれてとてもうれしい。

 でもあの子の方は何度言っても自覚してくれない、いつもいつも大袈裟だなあと笑うだけ。

 だから最近、本当に怖いのは少年ではなくてあの子の方だと思うようになってきた。

 あの子は自分が一体何を抱えているのかわかっていないのだ、だから世界を一つ壊せる爆弾を平然とその細い両腕で抱えて、あろうことかぺしぺしと叩いたりもする。

 無知というのはあまりにも恐ろしいが、もしもあの子が自分が抱えているものの本当の恐ろしさを知って悪用しようとでも思ったら本当にどうしようもなくなるので、現状はきっとまだマシなのだろう。

 まだマシとは思いつつ、気苦労は増えるばかり。

 もう少しあの子には自分が世界の命運を握っていることを理解してほしいなぁと思いつつも、きっと無理何だろうと深々と溜息をついた。

 それでも今のところ世界はまだ平和なので、よしとしよう。

 そうとでも思わなければ、そのうち胃にでかい穴が開くので。

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少女は今日も、世界を壊す爆弾を抱えている 朝霧 @asagiri

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