少女は今日も、世界を壊す爆弾を抱えている
朝霧
とある少女の日常
いくら追い詰められていたとはいえ、いかにもな路地裏をうろいていた全身血塗れの子供に抱きついて助けを乞うのはどうかと思う。
というのはその全身血塗れだった子供からちょっとメンタルが弱いだけの極々普通の青年に成長したヤツに何年も言われ続けている言葉だった。
私としては何度も何度も蒸し返して欲しくないのだけど、私がやらかした問題のある行動ランキングで堂々の一位を誇るそのエピソードはなにかと引きかえに出されることが多い。
けれど仕方がなかったのである、あの時私が助けを求められたのはヤツだけだったし、ヤツだって私のことを助けてくれたので私の選択はなに一つ間違っていなかったのだ。
そう主張するといつも「俺が怖くなかったのか?」と問われる、面倒な時は「今も俺が怖くないのか?」が追加する。
今日はさらに拗らせてきたらしく「なんで怖がらないの」だの「なんでそんな隙だらけなの、馬鹿なの」とかなんとかぶつくさ言いながら抱き締めてくる。
あの時一番怖くなかったのは自分と同じ子供だったヤツだけだったし、ヤツのことは今でも別に怖いとは思ったことがない、といつものように繰り返して、怖くない原因を話すことにした。
「まず、この世界がゲームだとする」
「は?」
「それで、無能力者の私のHPと攻撃力が30だとする。それでオマエのHPが1000で攻撃力が999999999、世界的な平均であるレベル4の能力者のHPと攻撃力が100だとする」
「だからなに?」
「HP30の身からしたら相手の攻撃力が100だろうが999999999だろうが一撃で瞬殺されるのなんかわかりきってんので、その差でわざわざ対応変えるのって馬鹿馬鹿しいんだよ。それでもって平均値である攻撃力100にいちいち恐れ慄いてたら生活すら成り立たない。つまり、そういうこと。私からすればこの世の人間殆どが自分を一撃で倒せるやべぇ奴らだけど、逆にほとんどの人間がそれだから別に怖くもなんともない。いちいち怖がってたらやってらんないから」
「…………俺がそこいらの有象無象と変わらないっていってる?」
「私からすればね。最底辺のザコからみりゃこの世界の人間は誰だってバケモノだよ。そして、残念ながら私はそれにいちいち怯えていられるような可愛らしくて慎重な性格をしていない」
そうじゃなきゃお前の幼馴染なんて続けてられないしそもそもこの世界で息をしているだけでメンタルがごりっごりに削れてとっくに病んでるわ、と言いながらヤツの頭を撫でてやる。
艶々でさらさらなそれは手触りがとてもいい、私が知っている限りこれに触れるのはヤツ本人か私だけであるっぽいので、実は密かに全人類に対して謎の優越感に浸っていたりする。
「ご理解できた? どこの誰になに言われたのかは知らないけど、私はオマエが意図的に私を傷付けようとさえしなければお前のことを怖がることはないよ。オマエだけじゃなく全人類にそれと同じ接し方をしてるし、そのスタイルを崩すつもりは今のところないから安心して欲しい」
私にされるがままになっているヤツはそれでも不満らしく、腕に力を込めてくる。
地味に痛いのでやめていただきたいのだけど、こうなるともう何を言っても無駄なので放置することにした。
それからしばらく経って、ポケット中のスマホが鳴り出した。
十年以上前に流行った曲のオルゴール版、この着信音の時は極力出た方がいいので「電話出るね」とだけ言って、不満げに顔を胸元に押し付けてくるヤツの頭を撫でつつ電話に出る。
「お疲れ様です。…………あー、問題ないっすよ、いつも通り。……ちょっとメンタルやられてるっぽいっすけど、いつも通りなんでご心配なさらず。ええ、なんもないっす、はーい、では」
いつも通りヤツの保護者代わりからの生存確認だったので、テキトーに対応して早々に通話を切った。
ついでにSNSでゲームの最新情報でも調べておこうか、と思ったらヤツにスマホを取られてベッドの上に放り投げられた。
手を伸ばしても届かない、というか壊れたらどうしてくれるんだ買い換えたばっかりなのに。
「ちょっと」
「またあいつ?」
「そーだけど。オマエさあ、あんまり保護者の方を心配させんなよー。まああの人もちょっと大袈裟だけどさ」
でもヤツは傷付きやすい繊細なガラスハートの持ち主なので、大袈裟になってしまうのも無理はないのかもしれない。
実際、ヤツはやろうと思えばこの国程度だったらわりかし簡単にぶっ壊せてしまうらしいので、メンタルブレイクしたときに何しでかすか心配なのだろう。
とはいってもこの国程度だったら簡単に壊せるっていうのは流石に大仰すぎるので冗談か誇張の入った脅し文句だと思うけど。
「……さっきの話だけど」
「んー? 何?」
「俺にはその対応でいいけど、それ以外の奴にはもっと警戒して、ちゃんと怖がって」
ぎゅうぎゅうと縋るように抱き締めてきやがった、ほんとに痛いのでちょっと緩めてほしい。
「えー、やだよめんどいもん」
そんなところに気を使う余裕があるんだったら別のことに思考をさいた方がよほど有意義なのでそう答えたら、ご不満だったのか首筋に噛みつかれた。
いてぇなと頭をぺしぺしと叩いてやるがあんまりダメージは与えられていなそうだった、なんせ自分は攻撃力30のゴミ性能ですので。
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