G山での事件から亜衣は明らかに体調を崩し、会ってもいつも元気が無く、学校を休むこともあった。彼女が休んだ時は、僕はなるべく見舞いに行くようにしていた。


その日僕が見舞いに行くと、亜衣は自室のベッドに横になっていた。挨拶をすると、弱々しく返してきた。調子はどうだと聞くと、首を横に振るだけだった。


亜衣のために買ってきた菓子を並べていると、半身を起こしてぼうっとしていた亜衣が口を開いた。

「・・・やっぱり、警察に通報しようよ。本当に死体が埋まってたんだから、また誰か殺されるよ」

僕は亜衣を振り返った。

「・・・でも、ここで通報したら、何で一人目の時にしなかったんだって疑われるよ。二人目にしたって、何で勝手なことをしたんだって咎められる。僕らはもう十分すぎるほど関わってしまったから、変にここで通報したら僕たちにも疑いの目が向けられるかもしれない」

「うん、まあ・・・」

相変わらず沈んだ顔で、亜衣は納得しきっていない表情だった。そして僕が持ってきた菓子にも手をつけず、横になってしまった。僕には謝ることしかできなかった。



 それから一週間後の休日、僕は一人でS山に行ってきた。やはり書き置きがあって、死体が埋まっていた。


僕は犯人について考えた。S山での書き置きには、最後の四人目を埋める場所が書いていなかった。今までの二人はいずれも殺害方法は違えど、殺して山に埋め、次のターゲットの遺棄の場所を書き置きに残していた。最後の一人は、やはり最後というだけあって特別な方法で殺すのだろうか。

〝私達の華絵を私達から奪った者だ〟というくらいだから、今回のターゲット達が華絵という人物を殺害した、または死に追いやったという見方ができる。となると最後のターゲットが最も華絵の死の原因に近いのだろう。

いずれにしても、四人目を埋める場所が書いてない以上、僕一人ではどうしようもなかった。

机で頬杖を付いていた僕はふーっと息を吐き出し、今後のことについて考えを巡らせた。



 それから何日も経たないうちに、僕は亜衣を自宅へと招いた。亜衣がずっと塞ぎ込んでいるので、僕の家でお茶でもしないかという提案だった。

「お邪魔します・・・・・・」

彼女を家にあげたのは初めてだった。お互いの家は電車に乗らないと行けない距離だったので、なかなか呼ぶ機会がなかったのだ。


「どうぞ、ここに座って」

亜衣を食卓の、僕の向かいの席に座らせた。それから僕はすぐにお茶の準備にとりかかった。


紅茶を淹れて、用意しておいたケーキやらクッキーやらを並べた。相変わらず顔色の良くない亜衣だったが、テーブルに並べられた菓子を見ると顔を輝かせた。


僕も砂糖の入っていない紅茶を飲みながら、あまり学校に行けていない亜衣のために最近あったことを色々と話して聞かせた。僕のクラスでは九月におこなわれる文化祭についての話し合いがもう始まっていること、体育教師の男性と現代文担当の女性教師が実は交際しているのではないかとの噂がたっていることなど。それらを聞いた亜衣は久々にけらけらと腹を抱えて笑っていた。



ひとしきり話した後、ケーキを食べ終わって、クッキーを3枚ほど食べた彼女を見た僕は、


「さて、大崎亜衣さん」


と言って紅茶のカップをことりと置いた。


僕が急にかしこまったのと、フルネームで彼女を呼んだため、彼女は動きを止めて怪訝そうに僕を見た。


「今からあなたに大切な話をしなければならないのですが、聞いていただけますか。少し長くはなりますが」

明らかに雰囲気が変わった僕を見て、彼女は何かの冗談だと思ったらしく、

「なーに?急に変な態度になっちゃって」

と笑いながらまたクッキーに手を伸ばした。しかし、変わらずに顔の前で手を組み、にこりともしない僕を見て、彼女は伸ばした手を止めた。


「・・・僕たちが山で遭遇した一連の殺人事件、その被害者達に貴方は覚えがありますね?」

僕が問い掛けると、彼女はびくっと肩を震わせた。

「そして最初の手紙に書いてあった『華絵』という名前。・・・その子は、僕の妹です。六つ下の」

「え・・・」

「そして手紙を書いた人物、またターゲット達を殺害して埋めたのは僕の父です。・・・これで、〝私達の華絵〟という言葉の意味が分かっていただけましたね?」

彼女は青い顔をして僕の話を聞いていた。クッキーを持った手が震えている。


「・・・華絵は僕にとって、とても可愛い妹でした。両親にしても同じです。それを、四年前のあの日・・・殺されました。同じ小学校の通学班だったあなたたちに」

亜衣はすかさず反論した。

「・・・あれは、事故で・・・!」

「確かに直接の死因は車による交通事故です。でも、車にはねられる原因はあなたたちにあった・・・・・・僕は事故後調査したのですが、事故当時たまたま近くにいた他の通学班の生徒によると、あなたたちの通学班では日頃から華絵に対するいじめが行われていたそうですね。・・・それに僕達が気づけなかったのは本当に悔やまれます。しかし、小学校一年生の華絵に対してあなたは六年生。妹は本当に恐かったでしょうね。・・・・・・そして、あの日、あなたに突き飛ばされた華絵は車にはねられた」

「それは・・・」

「きっとあなたも事故に遭うとは思っていなかったのでしょう。でもそれによって妹が命を落としたのは事実ですし、それまでのいじめも華絵に多大な精神的苦痛を与えていたことでしょうね」


そこで僕は飲みかけの紅茶のカップを手に取り、静かにすすった。


「そして、ただでさえ僕達の家族は華絵を失った悲しみにくれていたのに、あろうことかその事件は揉み消されました。・・・あなたのお父様が校長先生だったからです。・・・僕達の気持ちがわかりますか?この悔しさが。・・・・・・この憎しみが」


目の前の少女はもはや口を挟んでくることもなくなった。ただ、恐怖と混乱が混じった表情で、僕の話をちゃんと聞いているのかさえわからない。


「事件後、僕の両親は離婚し、僕と父はこの家に引っ越しました。四年間、二人とも失意の中で生活していましたが、奇跡的なことが起こりました。あなたが僕の高校に入学してきたことです。

すぐに僕は父と相談し、あなたに近づくことにしました。四年経っているとはいえ昔は近所に住んでいましたから、気づかれないかという不安はありました。

・・・しかし、佐藤というありふれた名字のおかげもあってか、無事気づかれませんでした。あとは、あなたのご存じの通りです。

あの時の通学班だった生徒達を殺害し、またそれによってあなたに自分も殺されるかもしれないという恐怖感を与えた・・・。あなたが四年前の事件の発覚をおそれて通報を渋るだろうということも予想済みでした。


・・・僕達のことを狂っていると思いますか?・・・ええ、華絵を失ったときから僕達は狂っていました。後悔はしていません」


そこで僕は目の前の少女をじっと見つめた。好きでもない、ましてや憎くて仕方がなかった女の恋人のふりは、心底骨が折れた。でもそれももう、ここまでだ。


「ここまで長々と聞いていただいてありがとうございました。僕もやっと話せてすっきりしています」

僕の彼女だった女の顔は、いつの間にか涙でぐちゃぐちゃになっていた。


それを見た僕は最後の台詞を言った。


「ああ、それと遅くなりましたが、紹介します。僕の父です」


そして、リビングの入口から巨大な剪定鋏を手にした父が入ってきた。

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拝啓 深雪 了 @ryo_naoi

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