山での出来事がショックだったのか、キャンプの日から亜衣にあまり元気が無いように見えたので、翌週僕は亜衣を遊園地に連れ出した。彼女はこういう今どきの女の子が好みそうな場所が好きだった。


 集合した時は少し沈んだ様子の亜衣だったが、乗り物を3つ楽しんだ頃にはすっかりいつもの彼女に戻っていた。


「ねえ侑季也、次あれ乗ろうよ」

指し示したのは大きな船のアトラクションだった。十人ほどで一つの船に乗り、進みながら周りに出てくるキャラクターの動きや演出なんかを楽しむ乗り物だった。


二人で船の椅子部分に腰掛けると、しばらくして船は動き出した。最初はジャングルの中という設定のようで、岸辺に出てきた虎がこちらを威嚇してきたり、色とりどりの羽をもつ大きな鳥がその羽を広げたりしていた。


しばらく進むと景色が変わり、海賊のようないで立ちの人形が何体も出てきた。中には船にかなり近い場所にいる人形もあり、ちょうど亜衣が通り過ぎる際に剣を振りかざし怒声のようなものをあげた。それに対し亜衣は歓声をあげ、驚きながらも突然の演出を楽しんでいた。



そんな風にしてアトラクションを満喫したり、出店で買い食いをしたりしていると、少しずつ空が夕焼けに染まってきた。そろそろ帰り時か、と思っていると、亜衣が観覧車に乗りたいと言い出した。

遊園地でのデートではお決まりのコースなのでなんとなく予想はしていたが、

「もう暗くなるよ」

と僕が言うと、どうしても乗りたいと亜衣は駄々をこねた。こうなると彼女の性格上何を言っても無駄なのはわかっていたので、仕方なく僕達は観覧車乗り場へと足を向けた。


 観覧車では亜衣と隣どうしで座った。徐々に登っていく途中で、今日乗った乗り物や昼食のレストランの感想を言い合った。鮭のムニエルに骨が入ってたのはひどかったよね、と僕が亜衣を振り向くと、ちょうど亜衣もこちらを向いた。照れた僕はすぐに顔をそむけたが、亜衣は僕の腕にしがみついてきた。


「・・・ねえ、観覧車でカップルがすることっていったら、わかるよね?」

少し緊張して、でも楽しそうに亜衣は僕に言ったが、僕は彼女の方を向けずにいた。


もちろん彼女のしてほしいことは分かってはいるが、僕は亜衣が初めての彼女だったので、彼女の要望にこたえる勇気がなかなか出なかった。

しかし付き合ってから手をつなぐ以上のことをしてこなかったので、ここで意気地のないやつと思われて亜衣に嫌われたくなかった。

振り返った僕は亜衣の瞳を見つめると、彼女と初めてのキスをした。



 その翌週の放課後、いつも通り僕と亜衣は学校の最寄り駅まで一緒に帰っていた。その日は途中にあるクレープ屋で二人ともクレープを買って、食べながら駅まで歩いていた。亜衣は苺と生クリームのクレープを、僕は鶏肉とレタスが入ったやつをむしゃむしゃと食べていた。


亜衣は終始楽しそうに色々なことを喋っていて、僕はそれに相槌を打ちながらクレープにかみついた。

「クレープ、早く食べないと駅に着いちゃうよ。それとも僕が手伝ってあげようか」

まだ半分以上残っている亜衣のクレープを指して言うと、亜衣は顔をしかめた。

「それ、嘘でしょ。侑季也甘いもの食べないじゃん」

「そうだけど、食べきれないから捨てるなんて言われたら勿体ないから」

「ちゃんと食べますー。食べ終わるまで待っててね?」

そして先ほどよりも急いでクレープを食べる彼女を見ながら、僕は口を開いた。


「・・・・・・G山、行ってみようかと思うんだ」

途端、亜衣の食べる手が止まった。先ほどまでの楽しそうな表情とは一変して、真顔になっている。

「なんで・・・?」

「あの書き置きに書いてあることが本当なのか確かめたい」

すると亜衣は首をぶんぶんと横に振った。

「やめておこうよ・・・、あんなの、関わらない方がいいって・・・!」

「・・・あの紙に書いてあった大岩玄太君。行方不明だってテレビでやってるよね。そうなると、単なるいたずらじゃない可能性が高い。どうしても確かめたいんだ。今週末に行こうと思う」

「・・・・・・」

亜衣は不安そうな顔をして黙り込んだ。そして食べ終わったクレープの包み紙をぐしゃぐしゃと指で弄んだ。

「・・・じゃあ、あたしも行く。あたしも、気になるから・・・」

意外な答えに、僕は亜衣を振り返った。

「一緒に来てくれるなら心強いけど、でも大丈夫?」

僕が聞くと、亜衣は頷いた。僕は彼女の頭をぽんぽんと撫でた。

「何か起きたら、絶対に守るから」

すると亜衣は不安そうな顔をくしゃっと笑顔にして、僕の腕に縋り付いてきた。



 G山は薄暗く、夏にしてはひんやりとしていた。前回僕らが行った山よりも僻地にあり、人が立ち入ることはほとんど無さそうだった。

「とりあえず、書き置きに書いてあったとおりに西部に向かおうか。また前みたいに紙が置いてあるといいんだけど」

方位磁石を持った僕は亜衣にそう話しかけた。集合した時から亜衣はずっと緊張した面持ちで、普段のおしゃべりな彼女はどこかにいってしまっていた。


 目的のものを探しながら、僕はなるべく亜衣の緊張をほぐそうと、無難な話題を何度か彼女に振った。彼女も彼女で元々が明るい性格なので、それで少し元気を出してくれたようだった。


「何かあった時のために、スタンガンと催涙スプレーを持ってきたよ。まあ、犯人も自分が死体を埋めた場所にやってくるなんてリスクのあること、しないと思うけど。

でも念のためにね」

僕は荷物をガサガサとやって防犯グッズの一式を取り出して見せた。

「さすが、頼りになる彼氏さんです」

軽口をたたいた亜衣だったが、笑った顔は少しひきつっていた。


そんなやりとりをしながら、僕達は小一時間ほど書き置きを探し回った。

さすがに疲れてきたな、と思った時、視界に白いものが目に入った。

あった。紙きれが前回と同じように大きな石で固定されていた。

僕はすぐに駆け寄って、紙切れを拾い上げた。亜衣は少し後ろに下がって様子を窺っている。またしても僕は紙切れの文章を読み上げた。


『——山内健介。彼もまた、華絵を奪った咎人の一人だ。彼は鈍器で殴りつけて殺害した。何度も何度も、憎しみを込めて殴った。・・・あと二人。次は、S山の北部に埋めることにする』


読み終わった僕達の間を冷たい風が通り抜けた。


問題はここからだ。これが単なるいたずらなのか、それとも本当に一つの復讐劇の一部なのか。僕達はそれを確かめなければいけない。

「・・・・・・じゃあ、この辺りを掘るよ」

宣言した僕は持ってきた折り畳みスコップを取り出し、書き置きのあった周囲を掘り始めた。しばらく掘ると、亜衣が交代してくれた。しかし僕より力が無いのと、恐怖心とでペースはあまり早くなかった。


2,3分程掘った時、僕は茶色い土の中に白っぽいものを発見した。

ん、と声を出すと亜衣が寄ってきたが、僕はそれを制してから慎重に掘り進めた。


出てきたのは人間の腕だった。学校の制服のような白い半袖シャツから出ている、おそらく男子のものと思われる腕が見える。

いたずらではなかったのか。

僕が固まっていると、迂闊なことに亜衣に注意を払うのを忘れていて、僕の背後から亜衣が地面を覗き込んでしまった。すぐに、ひっ、という悲鳴があがる。はっとした僕はすぐに亜衣を後ろに押しやると、再び砂を戻し始めた。今度は亜衣は加わってこようとはしなかった。僕は黙々と、地面に砂を被せた。そんな僕を亜衣は青ざめた顔で見つめていた。


下山の道中は、二人ともほとんど口をきかなかった。ただ僕は何度も亜衣にごめん、と謝った。亜衣は無言でこくこくと頷くだけだった。二人の間の空気と、先ほど見たものが目に焼き付いて、薄暗い山道がより一層仄暗く見えた。



 テレビではやはり山内健介の行方不明の事件がニュースで取りざたされていた。

彼はG山の西部に埋まっているので当然のことだった。


警察に通報するべきなのかもしれないが、亜衣が関わりたくないと言ったので、それを尊重することにした。僕自身、捜査に協力することよりも、この復讐劇の全容を紐解いていく方に関心があった。

犯人は何故、単に復讐を行うだけではなく、一人一人順番に手にかけて、しかもわざわざ書き置きなど残したのか。そのことについて僕は目を瞑りながら思いを巡らせていた。

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