拝啓
深雪 了
Ⅰ
僕の彼女はとても可愛らしい。
名前を大崎亜衣といい、僕が通う高校に在籍している後輩だった。
髪が黒くて長く、愛らしい大きな瞳をもち、性格は少々わがままだが、彼女のもつ愛嬌もあってそれさえも長所になってしまっていた。
僕が二年生になった時に亜衣は入学してきて、一目見た時から僕は亜衣を自分の彼女にしたいと思ってしまった。
彼女の愛らしさは人目をひいたので、他の奴に取られないよう次の日すぐにアプローチをかけた。当然彼女は驚いていたけど、僕の申し出を受け入れてくれた。
僕は平凡で取り立てて目立つわけではなかったので不安はあったが、彼女は高校に入ったら恋人が欲しいという願望があったらしく、早速それがかなうということでこんな僕でも付き合うことができたのだ。
ある休日の朝、僕と亜衣は県端にある山間部に向かっていた。僕達は付き合って二ヶ月ほど経っていたが、いつも市街地でデートをしているので、たまにはキャンプでもしないかという僕からの誘いだった。
動くのが嫌いな亜衣は最初は少し渋ったものの、昨今は女子の間でもキャンプが流行っていると僕が言うと、流行に乗るのが好きな亜衣は首を縦に振ってくれた。
山間部に向かう私鉄の中で、僕達はそれぞれが持ってきたお菓子を交換したり、とりとめもない話をしたりして過ごした。途中亜衣があまりにもはしゃぐので、周りの迷惑になると僕がたしなめると、「大して人なんていないんだからいいじゃない」と彼女は顔をしかめた。亜衣の良くないところだ。少し前まで中学生だった彼女は、子供っぽい部分を見せることがよくあった。
キャンプといっても、テントを張ったりなどという大がかりなことはしなかった。亜衣が嫌がるだろうと思ったし、僕も僕で山に来たいという目的が達成できれば良かったからだ。
適当なところでシートを広げ、持ってきた昼食をそれぞれ食べた。
「もう六月だから暑いかと思ったけど、意外と涼しいんだね」
小洒落たサンドイッチを頬張りながら、亜衣がもごもごと言った。今日の彼女は白っぽいTシャツに黒いショートパンツといった恰好で、動きやすい服装で来るようにと言った僕の忠告をちゃんと守ってきたようだった。
「緑が多いからね。夏のデートにうってつけだろ?」
それみたかといった感じで言った僕に対し、
「でもいつも山は嫌」
と亜衣が返した。彼女はどちらかといったら今どきの高校生なので、やはり派手な遊びの方が好きなのだろうと思った。
「せっかくだから、もう少し奥の方まで歩いてみないかい」
昼食を食べ終わると僕は提案した。亜衣は案の定疲れた、と愚痴をこぼしたが、せっかくここまで来たのに何もしていない、と僕が返すと、まあ確かにそうだけど、口の端に付いたパンのかけらを拭いながら、彼女は渋々了承してくれた。
それから僕達は二人で山を奥の方へと歩いて行った。途中まではたまに他人を見掛けることもあったが、段々と人とも会わなくなった。木も生繁ってきて、あたりは薄暗くなっていた。心細くなってきたらしい亜衣が、
「ねえ、もう結構歩いたけど、来た道、覚えてるの・・・?」
と漏らした。
「大丈夫。男性の方が地理には強いって言うだろ。ちゃんと分かってるよ」
と言って、更に僕は歩き続けた。亜衣はいよいよ不安になってきたらしかった。
「ねえ、もう戻ろうよ。だいぶ山の中の方まで来ちゃってるよ」
ぐずる亜衣をたしなめようとしたその時、僕は地面に落ちている一枚の紙きれを見つけた。風に飛ばされないようにか、大きな石で固定してある。亜衣に「何だろうあれ?」と指し示すと、僕は近付いてその紙を拾い上げた。
広げてみると、そこには手書きで文章が書いてあった。それを僕は声に出して読んでみた。
『・・・ここには、過去に大きな罪を犯した一人が眠っている。私達の
「・・・・・・」
読み終わった僕は、ふーっと息を吐いた。
「これ、気味悪いね。いたずらかな?」
そう言って横にいる亜衣を見ると、彼女はあまり顔色が良くなかった。あまりにも気味が悪い文章だったから、年端のいかない少女には衝撃的な内容だったのかもしれない。
「一応警察に通報した方がいいかな?」
僕が言うと、亜衣は首を横に振った。
「・・・きっと、いたずらだよ。それに、もし書いてあることが本当だったら、ここに死体が埋まってるんでしょ・・・?私、関わりたくない」
そして気分が悪くなったからもう帰りたいと亜衣が言ったので、当然僕もそうすることにした。しかし書き置きの内容が気になった僕はそれを回収し、ズボンのポケットに仕舞うともう一度手紙のあった場所を振り返り、暗い山道を後にした。
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