第8話

「弐沙はアタシのことを便利屋だと勘違いしてないでしょうね?」

 とある喫茶店で、弐沙をそうやって怒るのは、真っ白い髪の毛と真っ赤な眼でまるでウサギのような色合いの女。

「えっ。違うのか、竹子」

 弐沙はさも彼女から驚愕の事実を聞かされたかのように驚く。拭いていたお手拭をテーブルに落とすくらいだ。

「全く違うし、それにアンタの場合わざとやっているでしょ。何年も弐沙のこと見ていると思っているのすぐ分かるわよ!」

「何だ、バレたか」

 弐沙はいつもの真顔に戻り、アイスコーヒーを飲み始める。

「で、早く頼まれたもの出してくれないのか?」

 弐沙が右手で催促をする。

「それが欲しい人の態度なの、全く」

 竹子はそう怒りながらも、バッグから大きい封筒を取り出した。

「これよ。全く、いきなり調べて欲しいものがあるって連絡来たときは何事かと思ったわよ」

 竹子から渡された封筒を受け取る弐沙。開封すると、其処にはクリップで留められた数十枚の文書が出てきた。

「何に使うつもり? こんな、ココ最近の失踪者リストなんて」

「ちょっと人探しの依頼があって、それに関連するものだからな。それにしても、担当部署ではないハズなのによく入手できたな。取り寄せたのか?」

 弐沙の問いに、竹子はホットコーヒーを一口飲んだ後、胸を張って答える。

「報道部に殴りこんできたのよ」

「報道部に……殴りこむ……?」

 トンでもないパワーワードに弐沙の眼が点になった。

「そういう情報は報道部にしかないから、殴りこんで出しなさいって言ってきたのよ。最初はゴネてたけど、分かるまで説得したら出してくれたわ」

「……話し合いじゃなくて、ソレは強奪では……?」

「失礼ね、ちゃんと平和的解決よ。それに、報道部って明らかに自分たちが一番頭が良くって優れているんでーってひけらかすタイプの人間が多くてすぐに部署以外の人間を馬鹿にするから気に食わなかったのよね。当然の報いなんじゃない?」

「……さようか」

 もはや弐沙はツッコミをいれる元気すらなく、竹子には目も合わさず、渡された資料に目を通していた。

「……なるほどな」

「何がなるほどなのよ。資料は入手できたけど中身まではアタシ見てないから弐沙が何を把握できたのかさっぱりなのよ」

「なら、見てみるか?」

「いいの? やった」

 弐沙はテーブルの上に資料を広げる。其処には失踪者の名前と軽い経歴、そして何時頃居なくなったのかが記されていた。

「このリストに記載されている失踪者は合計十一人。こんな短期間にしては結構居るわね、こりゃテレビにも結構取り上げられるハズだわ」

「警察も結構総動員で捜しているみたいだが、跡形も残っていない怖い事件だからな」

「このリストの中に弐沙たちが探している人も居るわけね、誰なの?」

「……依頼者の情報は秘匿事項だからな。教えられない」

「ですよねー」

 竹子は口直しにコーヒーを飲む。

「でだ。竹子はこのリストを見て何か共通点に気付かないか?」

 共通点? と首をかしげながらも、竹子は弐沙からリストを受け取って、パラパラと読み進める。

「えー、名前とかいう単純な話じゃないし……。出身地に共通項はなさそうね。んー、職業とかは……、消防士、柔道の選手、大工、水泳のインストラクター、自衛官、なんか体が屈強そうなヤツばかりね。ってか、そんなヤツばかりいなくなっているのおかしいじゃない!?」

「そう。明らかに体が強そうな奴等ばかり失踪している。変だろ?」

「一番早く失踪したやつが居なくなってもう二ヶ月くらいね。家出ならそろそろ何かアクション起こっても不思議ではないけれど、無いというのなら何か事件に巻き込まれているっていうのが妥当ね」

 リストを読みながら竹子は自分なりの推理をしてみる。

「それにしてもだ。こんな普通は犯罪にあわなそうなメンツがどうして失踪しているのか」

「そうねぇ……、犯人が肉体労働とかさせているのかしら? 何か大きな石を運ばせたりしているとか」

「現代にピラミッドの類でも建設する気か?」

「それはなさそうよねぇ……。何か強そうな奴じゃないと無理なことが他にあるのかしら?」

 リストを弐沙に返して、うーんと悩む竹子。

「そうだ。話題が大きく変わるが、古屋乃助のことどう思うか?」

「いきなり話題をガラッと変えてきたわね。古屋乃助ってあの今人気の講談師のこと?」

「そうだ。あの古屋について竹子の意見を聞きたい」

「それも依頼か何か?」

 竹子はセットで付いてきた、ロールケーキをフォークでつつきながら訊く。

「まぁ、そんなところだ」

「そうねぇ。創作講談の得意な人でテレビとかで引っ張りだこのおかげか知らないけど、講談イベントのチケットはあっという間に売り切れるし、彼の載っている雑誌は結構売り上げが良いって雑誌社も一生懸命オファーしているって感じよね。元々、あそこの一家は講談している一派だけど、今は古屋乃助しか継承者が居ないから、そりゃウハウハでしょうねぇ。弟子も居ないみたいだし」

 小さく切り分けられたロールケーキを口にポイっと入れる竹子。

「アイツも芸能人だからゴシップ記事の一つや二つあるだろ?」

「ゴシップねぇ。アタシはそういう記事は好きじゃないけれども、確かに乃助には悪い噂がチラホラある印象ねぇ。でも、それは一派を継承する前にヤンチャだったとか、襲名披露前にドンちゃん騒ぎしていたとかそういうのばかりで、正式に古屋乃助と名乗り始めてからはパッタリとそんな噂がなくなったから逆に怖いくらいだわ。それに、アタシはああいう食えない性格の男は好きじゃない」

 スイーツの二口目を放り込む竹子を何やら考え事をしながら弐沙が見つめていた。

「乃助を名乗りだしてから全く噂が立ってないのも妙だな。よし、竹子。そこらへんもう一回調べてくれ!」

「はぁ!? またアタシに調べさせる気なの? 何度も言っているけど、アタシは便利屋ではないんですけど?」

「え、ちがうn」

「そのやり取りはもう二回目だから聞き飽きた! 全く……、今度アタシが考えた記事に付き合ってもらうんだからね! あと今日の食事代ももちろん弐沙の奢りだから」

「はいはい、分かった。竹子くらいだからな、有益なものを迅速に持ってくる奴は」

「本当に感謝しなさいよね! ……ってか、薄々気になっていたんだけど、今日はあの怜を連れてきてないじゃない」

「……」

 怜の話題になって弐沙は口をつぐんだ。

「どうしたのよ、急に黙って。もしかして、別行動なの?」

「……怜は……プチ家出中だ」

「プチ家出。何よそれ。アンタたちケンカでもしたの?」

「そんなところだな。なので、別行動というのも正解だ」

「ふーん。珍しいこともあるのね。あっ、会社に戻って明日締め切りの最終稿のチェックをしなきゃ。それじゃ、行くわね! ごちそうさま」

 竹子は着ていた服のフードを目深に被り、まるで脱兎のごとく喫茶店から飛び出していった。

「全く慌しいヤツだ。まぁ、竹子に頼んだものが入手できるまでは、暫く別の方向でも当たってみるか、行くぞ、怜」

 弐沙は右を振り返るが、其処には誰も居ない。

「……ハァ」

 弐沙は重いため息をつく。


「……一体何をやっているんだ。私は」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忌れ物 黒幕横丁 @kuromaku125

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画