第22話 後日談

「おめでとうございます! 男の子と女の子の双子ちゃんですよ!」


 助産師がそう言って、二人の赤ん坊をディーナの隣に置いてくれた。一人は赤みがかった茶色い髪の男の子。もう一人は綺麗な深みのある青い髪をした女の子だ。

 ほにゃあほにゃあと泣く二重奏が、耳に心地いい。


「ウェルス! 生まれたよ! ウェルスとあたしの子供だ!」

「ありがとう、ディーナ。大変だったな」

「一人目が生まれた後に、また陣痛が来るんだもん。参ったよ。なぁ、名前は何にする?!」

「そうだな、名前は……」


 ウェルスは青い髪の女の子を撫で、次に赤茶色い髪の男の子を撫でようとして、手が止まった。

 そのウェルスの顔が険しくなっていて、ディーナは訝る。


「どうしたんだい、ウェルス……?」

「……いや」


 そしてウェルスは言った。男をアハト、女をセリンと名付けようと。ディーナは二つ返事で承諾した。


 アハトの様子がおかしいと気付いたのは、子供が生まれて一年が経った時の事だった。セリンはもう歩き始めているというのに、アハトはようやく這い出した程度。小さなうちは女の子の方が成長が早いのかもしれないと思って、大して気に留めていなかった。歩き始めるのだって、個人差があるだろう。

 しかし一年たってようやく這い始めた息子を見て、さすがにおかしいと首を捻らせた。


「なあ、ウェルス。アハトって、どこか病気なのかな……」

「……どうしてそう思う?」

「だって、成長速度が遅すぎないか?」

「それは、ハーフエルフの特性だ」

「ハーフエルフ? だったらセリンだってハーフエルフじゃないか」

「違う。セリンは、人間だ」


 ウェルスの言い分に、ディーナは首を傾げた。確かにアハトは耳がほんの少しとんがっているのに対し、セリンは普通の人間と同じ耳だ。しかしディーナはそれも特に気にした事はなかった。目の大きな子もいれば、小さな子もいる。それと同じ、ただの個性だろうと思っていた。


「エルフと人間が交われば、子供の多くは人間が生まれる。エルフが生まれる確率は低く、ハーフエルフが生まれる率はもっと低い。……普通はハーフエルフは生まれない」

「へーえ、そうなんだ」


 ディーナはここまで聞いても、さして気に止めなかった。滅多に生まれないはずのハーフエルフが、自分のお腹から生まれた。ただそれだけの事である。


「ディーナ、よく聞いて欲しい。ハーフエルフは多分に、差別の対象となる」

「……さ、べつ?」


 差別。それはディーナの最も嫌いな言葉だ。人は身分で差別し、見かけで差別し、種族で差別する。ディーナもウェルスも、何度その差別に遭ったかしれない。その差別が、愛する息子にも向けられる。そう思うと胸が張り裂けそうだった。


「アハト、差別されちゃうのか!? 何で!?」

「人間とエルフの中間の存在であるハーフエルフは、どの種族とも時間軸が違う。エルフは十五歳くらいまでは人間と同じ成長スピードで、そこから時間の流れがゆっくりに変わる。人間の寿命が七十年から八十年なのに対して、エルフは三百年以上生きる」

「……ハーフエルフは?」

「ハーフエルフは、最初から時間がゆっくりと流れる。平均寿命は分からない。ハーフエルフが極端に少なすぎて、統計が取れないんだろう」


 アハトの時間はゆっくりと流れる。ゆっくりと、のんびりと、少しづつ成長していく。他のどの種族とも違うスピードで。


「同い年の友達が出来ても、すぐに抜かされちゃうってことか……」

「ああ。そういう意味でハーフエルフは孤独で……差別の対象となりやすい」

「……」


 アハトを思うと胸が痛んだ。このハーフエルフとして生まれてきた息子は、周りに置いていかれる宿命にある。

 しかし、それは……


「ウェルス、大丈夫だよ!」

「……?」


 ディーナは、ウェルスと初めて出会った時の事を思い出した。

 ウェルスが初めてヴィダル弓具専門店にやって来た時。ディーナは二十歳で、ウェルスは人間の年齢に換算すると同い年だった。

 そして今、ディーナは二十八歳、ウェルスは二十三歳ほどである。


「あたし達も流れる時間は違うけど、こうやって一緒にいるだろ? 大丈夫! アハトにだって、良い友達や恋人が出来るよ! あたし達の子供なんだから!」


 ディーナの言葉にウェルスは目を広げ、そしてゆっくりと首肯した。


「そう、だな。ディーナの血が流れているのだ。きっと、そう考える事の出来る子に育つ」

「そうだよ! きっとあたしはウェルスより先に逝っちゃうんだろうけどさ、今を一緒に生きてることには変わりないんだから。生きてる間は、皆で助け合って、一生懸命生きようよ!」


 ディーナがそう言うと、何故かウェルスは感極まった様に目元を隠し、もう一度「そうだな」と呟いた。


「ウェルス……? ど、どうしたんだ?」

「いや……私はディーナと一緒になれて、幸せ者だ」

「えへへ、そう? あたしもだよ!」


 ディーナが飛びついてウェルスにチュっとキスをする。その瞬間、彼の目から宝石のような美しい涙が、ころりと落ちて散った。

 ディーナにはその涙のわけが分からなかったが、そのウェルスの顔を見て、アハトも必ず幸せになれると確信した。

 人間と流れる時間が違うエルフの、その幸せそうな表情を見て。



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元奴隷とエルフの恋物語 長岡更紗 @tukimisounohana

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