第21話 新聞

 ディーナとウェルスの密かな交際は続いていた。その事実を知っている者はコリーン……そして、もう一人。


「ディーナ」


 いつものエルフが店に顔を出してくれた。

 ウェルスは店が終わった後、ほぼ毎日顔を出してくれるが、こうして昼間に顔を出すのは珍しい。


「ウェルス、いらっしゃい! ウェルスオリジナルならまだ出来てないんだ、ごめんよ」

「いや、今日はディーナに渡すものがある」


 隣にいたコリーンは遠慮したのか少し離れて行った。何だろうとウェルスを見上げる。


「これを受け取って欲しい」


 そう言って、ウェルスは首に掛けた巾着の中から、ある物を取り出した。ディーナは手を差し出し、それを受け取る。


「何? これ、どこの鍵?」


 手の中にあるのは、どこかの扉であろう鍵。それがどこだか思い当たらず、ディーナは首を傾げた。


「これは、私の家の鍵だ」

「ウェルスの?」


 ディーナはウェルスの家に行ったことがない。ウェルスなら、この店に来ても弓使いのため不自然さはないのだが、ディーナが騎士の家に行くと言い訳のしようがないからだ。


「行きたいけどさ。記者とか張ってたら、何て言い訳しよう?」

「婚約者の家だと言えばいい」

「……へ?」


 何故そういう話になるのか分からず、ディーナはおかしな声を上げた。


「婚約者って、どういう意味だよ?」

「こういうとき、人間の男は指輪を渡すのだと聞いた。しかしディーナの指輪のサイズが分からず、用意出来なかった。後で一緒に宝石店へ行って欲しい」

「ちょっちょっちょ! どういうこと??」


 ウェルスの言っている意味が理解出来ず、ディーナは髪の毛を頭の上でくしゃりと握る。


「今日の新聞を見てはいないか?」

「まだ見てないよ、読むのはお昼休みだもん」


 読みの勉強のために、毎日コリーンが家から持って来てくれている。話を聞いていたコリーンが「これですね」と新聞を渡してくれた。


「ここだ」

「えーと、しんき……かんり……によって……えと、とうろく、の、みなお……」

「要約すると、こうです」


 いつもは何の手助けもしてくれないコリーンが、今日だけは何故か新聞を奪って読んでくれる。


「新しく選出された中央官庁の官吏によって、ファレンテイン人になるための、登録の見直しがされたそうです。理由はファレンテイン国民の人口減退などが挙げられていますが、まぁそれはいいでしょう。つまり、ファレンテイン人になるための規制が緩和されたということですよ」

「つ、つまり、どういうこと? あたし、奴隷だったんだけど……」


 その問いにはウェルスが首肯して答える。


「イオス殿の暗躍……いや、働きかけによって、奴隷も婚姻によってのみ、ファレンテイン人となる事が許された。全くあの方の悪ど……もとい策略には驚かされる。彼に相談して良かった」


 説明を全て聞いても、今一ピンと来なかった。

 つまり。つまり、どういう事だ。


「私と結婚して欲しい。ディーナ」


 コリーンが隣で小さく「キャー」と叫んでいる。

 いきなりのことで、目の前が何だがグラグラする。現実じゃないみたいだ。それともこれは幸せな夢を見ているのだろうか。


「ディーナさん、返事! 返事!」


 あまりに惚けているディーナを見て、コリーンは堪らず助け舟を出す。

 肩を揺すられ、我に返ったようにハッとウェルスを見上げた。


「あたし、ファレンテイン人になれるって事?」

「そうだ」

「ウェルスの、お嫁さんになるって事?」

「そうだ」

「一緒に暮らしていいの?」

「一緒に暮らして欲しい」

「これから毎日?」

「これから毎日」


 降って湧いた話に、ようやく理解が追い付く。

 結婚出来る。ファレンテイン人になれる。一緒に暮らせる。毎日毎日、ウェルスと一緒に。


「あたし、指輪はウェルスと同じ髪の色の宝石が欲しいっ!」

「分かった、今から買いに行こう!」


 体がふわりと浮いたかと思うと、ディーナはウェルスに抱き上げられていた。

 恥ずかしいなどとはちっとも思わなかった。幸せな自分を、皆に見て欲しかった。祝福して欲しかった。


「コリーン、お店お願い!」

「はい、ごゆっくり」


 手を振るコリーンを置いて表に出ると、ミケレという記者が待ち構えていた。ウェルスがディーナをお姫様抱っこしている姿を見て、驚きつつも話しかけてくる。


「お二人の関係を教えて下さい!」


 二人は、顔を見合わせた。そして互いに微笑み、頷き合う。


「「婚約者だ」!」


 同時に声を上げ、そのまま宝石店へと入って行った。





 ウェルス・ラーゼ電撃結婚

 ミハエル騎士団隊長の一人、弓使いのウェルスが、ヴィダル弓具専門店の女主人ディーナと結婚することとなった。

 本紙の記者は二人が指輪を選ぶ際の姿を目撃したが、二人は片時も離れず、終始頬をくっつけ合って指輪を探していた。普段のクールなウェルスからは想像出来ぬほどの笑顔であった。

 わずかその三日後、トレインチェ市内の教会の鐘が鳴った。祝いに訪れたのは僅か数名であったが、二人はこれ以上ない幸せな笑顔を終始辺りに振りまいていた。

 今後の結婚生活を二人に伺ってみた所「ディーナとなら幸せに暮らせられる。辛い思いをさせた分、ディーナも幸せにしてあげるつもり」とウェルスがコメント。これに対しディーナは「ウェルスの方が悲しい思いをしてきてるんだから、私が幸せにしてあげる」と互いを思い遣る言葉の応酬が始まった。

 途中で騎士隊長のスティーグが止めていたが、二人の熱愛は結婚後も変わらず続きそうだ。



「ヴィダル弓具専門店でーす!」

「ああ、ディーナさん、ご苦労様です」

「なぁ、ケビン。この地方新聞、いらなくなったらくれないか?!」

「え? ええ、いいですよ。置いておきますので、また取りに来てください」

「やったーーー!」


 ディーナはルンタルンタと跳ねるようにして帰って行った。

 愛するウェルスの待つ、トレインチェへと。

 その指には、紫がかった綺麗な青い宝石が煌めいていた。

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