終章

 さくら公園は、満開の桜で薄ピンク色に染まっていた。

 小さな子供を連れた母親たちが弁当を広げて談笑だんしょうしている。なごやかな花見が行われているようだ。弁当を食べ終えたのか子供たちは楽しそうに公園内をはしゃぎ回っていた。

 白昼に公園のベンチに座るスーツ姿の男二人。どう見ても場違いだ。俺は苦笑くしょうする。

 数週間前までは花見ができるとは思っていなかった。しかも、こんなに静かな花見は初めてかもしれない。

 水島もこの桜を見ただろうか、とふと思った。

 あの日、彼は捜査に非協力的な馨に捜査に協力してもらえるよう頼む為に、彼女の家を訪ねたのだそうだ。その時、家には美和しか居らず、彼女は迷った末に水島を家に入れた。最後の別れを言う為に。

 すべてを知った水島は、これ以上美和に罪を犯させない為に、彼女を救う為に、若林に助けを求めた。

 俺は空を見上げる。頭上では、桜の花が短い人生を謳歌おうかするごとく咲き乱れていた。精一杯今を生きている。桜の花を見ながらそう感じた時、馨の言葉を思い出した。

 桜もまた、いさぎよいという言葉がよく似合う。咲き方も散り際も、いさぎよく美しい。迷いのないその姿に、あこがれる。

 俺は、少し前に別れた馨の淋しげなうしろ姿に山村暮鳥やまむらぼちょうの詩を重ねる。


 ――さくらだといふ 春だといふ 一寸ちょっと、お待ち どこかに 泣いている人もあらうに


「お前と組んで一年になるか。……刑事として、まだまだだな、俺は」

「よく解ってるじゃないか」田村は素っ気ない口調で言うと、スッと立ち上がる。「まぁ、これからもよろしくな」

 背を向けて歩き出す田村に「ふん、こっちこそだ」と答え、俺も立ち上がる。手を伸ばし、桜の枝に軽く触れようとした時、ひらりと一枚の花びらが落ちてきた。その花びらを掌で受け取る。

「……お前も、精一杯咲いたんだな」

 そっとベンチの上に花びらを置き、俺は田村の許へと歩き出す。


                【完】


【引用】

山村暮鳥 「桜」

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囁く者 haruka/杏 @haruka_ombrage

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