1977年

私は、あの日冬留を止めることが出来なかった。

それでも今回は幸運なことに、冬留は助かった。伸ばした手は届かなかったが、木の枝に引っかかっていたのだ。

それでも怪我はしていたし、何より数年経った今でも意識が戻らない。木の枝に引っかかる前に、頭をぶつけてしまったらしい。

私はあの日、間違っていたのだろうか。一体何を間違えたのだろう。あの手紙を渡すタイミング?いや、それはいつ渡してもこうなっていたでしょう。

村人は、誰も私を責めなかった。二人の両親でさえ。むしろ両親は、何処かほっとした表情を浮かべていた。

この村は狂っている。それは、誰でもないこの私が一番わかっている。谷村家の血筋なんてくだらない。いつまでそんなことを続けるのだろう。

私が死ねば、この慣習も無くなるのだろうか?


私に出来る罪滅ぼしと言えば、こうして毎日市部の病院で冬留を見守ることだけだ。時折、親族が見舞いに来る。しかし、それは新屋の双子だけ。冬留の両親ですら、一度顔を出したっきりだ。親とは一体、何なのだろう。親よりも遠縁の私の方が、ずっと冬留のことを見ていた気がする。


「鶴華さん、今日も居るのね」

その声の主は、優衣。高校を卒業した彼女は、既婚者になっていた。妹の方は、今はテーマパークで働いている。市部から車で行けるので、通勤も楽らしい。生き生きとした彼女を見ると、少し心も穏やかになる。

「優衣こそ、今日は来て大丈夫なの?」

「ええ。今日は元々ここに用事があったから」

優衣は、妊婦になっていた。しかも、二児の母親になるらしい。双子が双子を産むとは、何とも不思議な話だ。

「そう。ところで、身体は大丈夫なの?」

膨らんでいる腹は、いかにも辛そうだ。そこに二人分の命が宿っていると考えると、神秘的な何かを感じる。

「大丈夫じゃなかったら、入院してるわよ。……冬留、まだ目を覚まさないのね」

優衣は冬留を一瞥した。冬留は、意識こそ無いけれど身体は成長しきった。身長も伸び、以前の少年らしい面影はなくなっている。

「……鶴華さんのせいじゃないわよ」

黙り込んでいる私を見かねてか、優衣はそう言った。何回もかけてくれた、慰めの言葉だ。

「双子ってね、不思議なのよ。どうしても、二人で一つだと思ってしまうの。私は私っていう夏香の言い分はわかるわ。それでも、心のどこかで依存しているの。私だったら、優美にね。冬留は度が過ぎていたけれど。……鶴華さんはこの話、聞いたことあるかしら」

二人で一つというのは、一人娘である私にはわからない感覚だった。悪いとは思うが、気持ち悪いとさえ思ってしまう。自分は一人でいい。

「何の話?」

優衣は少し間を置いて、語りだした。

「私たちがまだ学校に通っていた頃に流行った話よ。都市伝説とでも言おうかしら。冬留ももしかしたら、聞いたことがあるかもしれないわね。

双子って、もう片方のことを道連れにするそうよ。一人で亡くなるのは、耐えきれないんだって。勿論、こんなの噂よ。だけどね、考えてしまうの」

その先の言葉は、容易に想像できた。

「夏香が冬留のことを道連れにしたって?」

「そう。ありえないとは思うけど、もしかしたら。死人に口なしだから、本当のことはわからないけどね」

本当にそんなことがあってたまるものか。だけど双子の妹が居る彼女の言うことに、重みを感じているのも事実だった。

「じゃあ、私はそろそろ帰るわね。鶴華さんも、あんまり思いつめないでよ」

優衣は立ち上がり、部屋を出ていった。そろそろ、今日の面会時間も終わりだ。私も荷物をまとめ、「また明日」と病院の外へ歩き出した。


毎日、あの山に__夏香が消えた場所に登っている。それが自己満足であることはわかっている。しかし、そうしないと落ち着かないのだ。

二人が好きだった、水仙の花を供える。夏香が亡くなってから、ずっと続けていることだ。

早く冬留が目を覚ましますように、その願いを込めている。


黄色い水仙の花言葉を、夏香は、冬留は受け取ってくれるだろうか。

今はただ、そればかり思っている。

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双子の呪縛 景文日向 @naru39398

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