咲いたら散ってしまうから

鯛谷木

本編

 「昔読んだ本にあったんだけどね、桜って、死体の養分を吸って咲くらしいんだ。これがうまく花をつけられないのは、きっと誰も殺したことが無いからなんだと思う」

約束の、咲かない桜のある公園で。そう笑っていた君が倒れている。

「でもそれでいいの。散ってしまうのは悲しいことだから」

後頭部から赤い血が流れている。

「私ね、いいことしかわかんないんだ。ダメって言う気持ちも、嫌だなぁって感覚もぜんぜんなくって。おかしいよね?」

開かれた目は虚ろで、あの時の煌めきはどこにもない。

「いつかね、海の綺麗な国に行ってみたいな。こことは違う、広くてきれいな砂浜で眠ってみたいの」

口元はだらしなく、てらてらとわずかに端が光っている。

「わかるよ、君はきっととっても優しい人なんだってこと」

わたしの手には細い首。まるでこれ以上いなくならないで欲しいと叫ぶみたいに、しっかりと両手で握りしめられている。呼吸がうるさい。やめろ。幸福の邪魔をするな。

「それでもごめん。その誘いには乗れない。私はここにいなきゃ」

悲しい言葉が聞こえて、思わず手を離す。くっきりとついた手形。そうか、わたしは君を殺してしまったのか。


 腑に落ちてからは早かった。綺麗なものがない世界など、いる意味がない。だから、一緒に眠ろう。スコップを取りだし、穴を作る。なきがらをやさしく置き、ザクザクと土を盛る。元々芝生のない公園で助かった。

 トランクに乗り、手頃な枝に買ってきた縄を結ぶ。手が汗で滑りそうだったが、こっちはやったことがあるんだ、難なく輪が完成した。何度か引っ張って確かめるのも忘れない。深呼吸をした後、頭をくぐらせ、一気に台を蹴り飛ばす。喉の奥からひしゃげる音がして、視界が真っ暗になった。

 君が言っていた通り、桜は死体を吸って咲き誇るのだとするのなら。ちょうど今は蕾をつける季節だ、この木は綺麗な花を咲かせるだろう。その下で、もしも2人でこの木になれたなら、ずっと一緒にいられるのかな。そうだったら……いいのにな。










 「ねぇ知ってる?あそこの公園の事件」「怖いよねぇ……確か行方不明だった人が死んでたんだっけ」「そう!んで、あのでっかい木も撤去されるらしいってさ」「まぁそんなことになったら仕方ないよな、そもそも前からどこか不気味だったし……」

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咲いたら散ってしまうから 鯛谷木 @tain0tanin0ki

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